■Social Security(社会保障)
前回のシンガポール通信にてお伝えしました「2012年度シンガポール政府予算案」におきましては、「Inclusive Society(包括的社会)」がそのテーマとなっていました。
ターマン財務相兼副首相は新年度予算案説明において「より公正な社会を構築するため、中・低所得層に対し雇用、老後の生活支援をこの先5年間にわたり行う。貧困家庭には、子どもの学業、技能習得を支援する。 こうした措置を講じるため社会保障支出は増加する。しかし、財政力以上に社会保障、医療、失業対策支出を拡大し続け、財政危機、さらには社会危機に直面している多くの先進国の轍を踏まないよう、支出は収入以下に抑える」としています。
これだけ読んでも、一体何を言いたいのやらよくわからないかと思いますが、要はシンガポールの社会保障制度の根幹となっているCPF制度(後述)だけでは社会全体はカバーできないので、社会保障の政府支出(所得移転)をある程度増やしていくということです。
さて、Social Security(社会保障)というのは、その言葉(SocietyのSecurity)からして極めて広範囲な観点から議論すべきものでありますが、いずれにせよ社会(制度的には国家)そのものの存立・存続の基盤に関わるものです。
今、日本に限らず他の多くの国も同様にSocial Securityが揺らいでいる、つまり言い換えますと、社会の存立基盤自体が揺らいでおり、いろんな議論があちこちでなされているのですが、ややもすると社会保障制度の技術論議論に陥りがちです。
どんな社会制度も、まずはその「理念」についての社会合意なくしては、(対処療法はできても)持続的ではありません。
とはいえ「理念」について考えるにしても、具体的に如何なる制度が(その「理念」達成の)選択肢としてあるのか示されないと判断できないのも又現実かとは思います。
そこで、今回はシンガポールの社会保障制度の根幹を担っているCPF制度についてお伝えいたします。
尤も、社会が違えば社会制度も違うように、シンガポール国のCPF制度がそのままどこか他の社会に適用可能なはずはなく、ましてやシンガポール国のCPF制度自体の是非について問うものでもありません。
社会保障制度を考えるにあたっての一つの参考事例としてお伝えいたします。
■CPF
1955年より導入されましたシンガポールのCPF制度を日本語として翻訳する場合は、「個人別強制積立貯蓄制度」とでも訳すとといいのでしょうか。国家機関であるCentral Provident Fund Boardでの使途制限がかかった非課税の個人別の強制貯蓄制度です。各人の口座残高には付利され、現在Ordinary Account(後述)が 2.5%pa、 Special&Medisave Accounts(後述)が 4%paとなっています。
シンガポール国民(2011年現在約3.2百万人)及び永住権保有外国人(同約0.5百万人)を加入対象とする制度でシンガポール国社会保障のベースとなっているものです。
CPFをキーワードにネット検索していきますと結構いろんな記事に行き着くのですが、「シンガポール日本人会」のHPで丁度いい分かりやすい説明記事がありましたので、以下引用させて頂きます。
執筆時点が2009年10月とやや古く数値情報が現在とは若干違ったりしていますが、制度自体のイメージを捉えるには丁度いいかと思います。やや長いのですが御一読頂ければと思います。
又、より詳しくお知りになりたい方はCPF BoardのHP http://mycpf.cpf.gov.sg/Members/Gen-Info/mbr-Gen-info.htmを一度ご覧になるとよろしいかと思います。CPF加入者は自分の勘定残高をID、PWD入力でオンライン確認することができ、E政府化が進んでいるシンガポール国の一端を垣間見ることもできると同時に、行政電子化における日本国の後進性に愕然といたします。
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October 2009
CPF シンガポール福祉制度の礎
杉野 一夫
シンガポールの福祉は自分の身は自分で守るという自立の考えに基づかれています。この考えを具現化したのがCPF(Central Provident Fund=中央積立基金)制度です。この制度は次世代に負担をかけることはなく、それぞれの世代が自分のために将来に備えて貯蓄するというある意味、筋の通った、公平な仕組みです。シンガポールの福祉はCPF制度が礎になっています。
CPFは強制積立制度です。労働者は一人ひとりCPF局に自身の口座を持っています。この積立金は全額自分に所属するもので、他人と共有するものではありません。家族の者が病気で入院をした時、或いは子供の教育に資金が必要とされる時を除いて本人以外の者がCPFの貯蓄を使用することはできません。
ーエピソード1ー
「英国とスウェーデンの福祉コストを見て、我々は、政府を弱体化するシステムを避けなければならないと思った。福祉は自助の精神をひそかに害する」リー・クアンユー顧問相は回顧録の中でこのように述べています。福祉国家の手本とされている両国を顧問相はこのように捉え、矮小な天然資源の皆無なシンガポールは大きな税収が必要とされる福祉国家になり得る環境にはないと結論付けました。当国の経済発展は海外からの投資、技術、人材に頼らなければならず、そのためには所得税、法人税を低率に抑え、投資環境を整える必要があります。国による手厚い福祉はシンガポール経済を破綻させてしまうと考え、政府は警戒をしています。
拠出額は給与の20%が従業員本人の負担、14.5%(筆者注:現在は16%)が会社の負担になります。55歳以上になりますと、雇用主、従業員共に年齢に応じて拠出金の割合は軽減します。
CPFは3つの口座があり、使用目的が定められています。
1) Ordinary Account -住宅の購入、投資、子供の教育など
2) Special Account -老後の年金、緊急事態など
3) Medisave Account -入院費、医療保険など
Ordinary Accountの使い方
Ordinary Accountの資金はHDB住宅の購入に使用することが可能です。頭金としても使用することが出来ますし、また月々の支払いにも使用することもできます。HDB住宅は低所得者、中間所得者を対象にしたアパートです。月額の家族収入が8000ドルを超える家族は対象にはなりません。また配偶者の他に稼ぎのある婚姻者が同居する場合には住居者全員の月額総収入が1万2千ドル以下でなければなりません。民間住宅を既に持っている者も対象から外れます。HDB住宅を申請するには21歳以上のシンガポール市民権保有者で結婚していることを条件とします。独身者は35歳になるまで待たなければなりません。
ーエピソード2ー
シンガポールでは国民の85%がHDB住宅に住んでいます。その約90%は持ち家です。シンガポールの持ち家率は世界一だといわれています。シンガポールの優れた住宅政策は国民に近代的で、快適な生活環境を提供するために作られたものです。一方で別の理由もありました。1965年マレーシアから分離独立した後、有権者が政府に反対投票する傾向があるのを見て、リー・クアンユー元首相は世帯主をマイホーム所有者にしなければならないと思ったと述べています。さもなければ政治の安定は保障されない。更にもうひとつの動機は、徴兵される息子を持ったすべての親に「子どもが守るべきシンガポール」に投資させることでした。もし兵士の家族が自分の家を所有していなければ、彼は裕福な人々を守るために戦っていると思い込むことになります。資産を持つと、人は愛国心、帰属意識が生まれます。
HDB住宅購入のほかにもOrdinary Accountを利用して、政府が認定する政府関連企業(電話会社、バス会社、港湾会社、電力会社など)に投資することも可能です。また子供の高等教育の授業料にも使用が可能です。
Special Accountの使い方
CPFは元来退職後の生活を保障するためのものです。55歳になるとSpecial Accountの最低必要額(Minimum Sum)とMedisave Accountを残して全額引き出すことが出来ます。最低必要額は現在11万7,000ドルと決められており、2013年までにはこの額が12万ドルに引き上げられることになっています。Special Accountの最低必要額は62歳になると月々決まった額を引き出すことが出来ます。しかし最低必要額は退職後20年間の生活費保証を想定しているもので、CPF局に預けているだけですと、その金額が枯渇してしまえば月々の収入はなくなります。そこでCPF局は最低必要額を利用して、認められた保険会社から生涯年金保険を買うことを国民に奨励しています。この保険に加入すると、一生涯生活費をもらうことが可能になり、最低必要な生活費が保証されるからです。
また2009年9月にはCPF LIFEという新しいプランが導入されました。このプランは存命中ずっと年金が貰えるというものです。65歳から年金が受けられ、受給金額はどのプランを選ぶかによりますが、$530から$700までです。シンガポール人の平均寿命が80歳になり、今後更に寿命の延びがが予想されます。社会の高齢化も急速に進んでいます。老後の生活を如何守るのか、Special Accountの使い方は今後も検討が進められていくと思われます。
Medisave Accountの使い方
メディセーブは入院費用を賄うために作られた制度で、CPFの一部に組み込まれています。シンガポールの労働者には毎月給料の6%から8%まで、年令によって率が変りますが、メディセーブ積立が義務付けられています。
もともとは政府系病院での入院費を対象としていましたが、後に上限価格を設けたうえで、メディセーブを民間病院の支払いにも適用することができるようになりました。これによって民間病院との競争原理が生じ、政府系病院にプレッシャーを与え、サービスの質の向上につながりました。しかし外来専門クリニックや一般開業医にかかる際、メディセーブ使用は認められていません。
ーエピソード3ー
1980年代初頭、日本から健康保険組合の理事がやって来られました。理事は保健省に出向き、アンドリュー・チュー(当時の)次官と面談しました。私は同席し、不慣れながらチュー次官と理事との通訳を務めました。次官は熱心に日本の健康保険制度について質問しました。理事はシンガポールの医療事情を調べるために訪問したのですが、面談は専ら日本の健康保険制度の説明に時間が費やされました。一通り質問が終わった後、日本の保険制度はシンガポールには適用できないとチュー次官はつぶやきました。この時の情報がシンガポールの医療制度を作り上げる上でどれだけ参考になったかは不明ですが、数年してシンガポール政府はメディセーブ(Medisave)制度導入を発表しました。
労働者が全員、入院費用全額を賄うのに十分なメディセーブ積立金を持っているわけではありません。低所得者は積立額が小さく、大病をして入院したら、積立金は忽ちの内に枯渇してしまいます。そこで政府は90年、大病や難病の治療費を賄うために任意保険のメディシールド(Medi Shield)を導入しました。この保険料はメディセーブ積立口座から支払うことが出来ます。さらに93年には、メディセーブやメディシールドを使い果たしてしまった人々や頼れる近親の家族がいない人々を対象として政府出資によるメディファンド(Medifund)が発足しました。そのような人々は治療費が払えない旨の申請をすればメディファンドが入院費を代行します。こうして国民一人ひとりが必要な医療を享受し、同時に国の医療関係投資の無駄を省ける仕組みを作り上げました。個人個人で出来ることは全て行ない、政府の援助は最後のリソースというわけです。」