去る2月18日にシンガポール国会に上程されました2011年度シンガポール政府予算案の歳出規模は、
471億Sドル(約3兆円)となっています。
昨年2010年度が464億Sドルでしたので、+1.5%程度の増加と、予算規模自体には大した変化はありません。
さて、昨年(2010年)実施されました国勢調査によりますと、シンガポール国の総人口は、5,077千人であり、その内訳は
シンガポール国民 3,231千人(64%)
永住権保有外国人 541千人(10%)
他居住外国人 1,305千人(26%)
となっています。
つまり、シンガポール居住者の内、4割近くは外国人で占められているということ、
又恒久的な居住者とみなされる人口は74%であって、人口の4人に1人以上が恒久的ではない居住者である、ということです。
因みにシンガポール国の過去10年毎の人口推移をみてみますと以下のとおりとなっています。
1965年の独立後間もない1970年の総人口は2百万人でその大半はシンガポール人でした。
それが1990年に3百万人と20年で1百万人増え、それからは、2000年に4百万人、そして2010年には5百万人と10年毎に100万人ずつ総人口が増えてきて、今や独立当時に比べ総人口は2.5倍の3百万人増となったのですが、その内、シンガポール国民の増加数は1.7倍の1.3百万人増に過ぎず増加分人口の過半数1.7百万人は外国人の流入によるものということです。
シンガポール国を考える際には、まずはこの人口構成を知っておく事が大事です。
およそ国家の役割とはなにかという(深遠な)テーマを考えますと、第一義的な「国民の生命と財産を守る」というところからスタートして、その枠組みの中での所得再分配機能に思い至るかと思うのですが、
シンガポールに住んでおりますと、そのスタート台となる「国民とは誰か」という問題意識がいやでも喚起されます。
よく大きな政府か小さな政府かとかいった議論がなされるのですが、例えば「一人当たり国家歳出規模」を計算しますと、シンガポールの場合総人口5,077千人で471億Sドルを割りますと一人当たり9千Sドル(約60万円)ですが、シンガポール人3,231千人のみを頭数と考えますと、一人当たり15千ドル(約100万円)になります。
因みに日本の平成23年度一般会計・特別会計の歳出規模は220兆円です。
国民人口128百万人で割りますと一人当たり170万円ほどになります。
更に日本の場合は国家歳出に加え地方歳出もありますので一人当たり公的歳出規模という数字ではもっと膨らみます。
尤も220兆円の内、国債費用が82兆円(37%)、社会保障費が75兆円(34%)とシンガポール予算項目とは比べようもない歳出項目費用が大半を占めますので全体の単純比較をしてもあまり意味はありません。
そこで、シンガポール予算を歳出項目毎に調べてみますと、
1位、Defence(国防)が121億Sドル(約8千億円)で歳出全体の26%
2位、Education(教育)が109億Sドル(約7千億円)で歳出全体の23%
と、この2つで全歳出のほぼ半分を占めていることがわかります。
因みに上記の一人当たり歳出金額は、
1)Defense(国防):
・総人口5.1百万人で割返すと、一人当たり約16万円。
・シンガポール国民のみの3.2百万人で割ると、一人当たり約24万円。
2)Education(教育):
・総人口で割返すと、一人当たり約14万円。
・シンガポール国民数で割返すと一人当たり約23万円。
となります。
日本の防衛予算は4兆8千億円と金額は巨額ですが、128百万人の人口で割返しますと、一人当たりは4万円弱と計算されます。
又、文部科学省の予算は5兆5千億円ですが、これも総人口128百万人で割返しますと、一人当たりは4万円強といったところです。
いずれの歳出項目もシンガポール国民一人あたり対比では1/6といったところです。
①さて、前回お伝えしましたように、2011年度シンガポール予算の第一の特徴は、低中所得層への
「所得移転」にあります。
2月18日の政府予算発表翌日の当地新聞Straits Timesの一面見出しは、大々的に
「$6.6 BILLION BONANZA」!(大当たり!66億ドル)
となっていました。
66億Sドルの内訳は33億Sドルの家計への直接的な一時的便益(Grow & Share Package)となる部分と34億Sドルの長期的な社会便益投資部分とに分けられますが、
Grow & Share Packageの内、20%の税還付(但し上限2千Sドル)は、国籍問わず全ての納税義務者に適用されるものの、税還付では対象にならない低所得者への給付金、高齢低所得者への医療費援助、低所得世帯の子女教育費援助、等々についての対象者はあくまでもシンガポール国民のみですし、Growth Dividendsと銘打った一時給付金(一人当たり$3百~$8百=2万円~5万円)も対象はシンガポール国民(海外在住も含む)のみです。
一般の居住外国人が対象外とされるのはともかく、永住権保有外国人につきましても(その2世男子についてはシンガポール人男子同様に兵役義務が課せられ、後述するCPF積立義務があるにも関わらず)対象外になっています。
(*因みに2009年に日本で行われた給付金(一人当たり1万2千円~2万円)の対象者は日本居住日本人と日本居住外国人も含むものの、私のような海外居住日本人は含まないという取り扱いでした。)
今回の各種給付、援助等の措置は、シンガポールの経済成長の果実をシンガポール国民皆で分かち合う、あるいはインフレに対する低所得層への援助等といった理由付けがなされてはいますが、まあなんやかんや言っても、今年予定されている総選挙にあたっての与党PAP(人民行動党)の「選挙対策」という側面は否定出来ないものかと思います。
国会議席84議席中82議席を有する与党PAPですが、前回2006年選挙での得票率は67%で前々回2001年時よりも9%低下していました。
今年の選挙結果が注目されます。
②2011年度シンガポール政府予算案でのもう一つの特徴は「雇用コストの上昇」です。
具体的には、
1)中央積立基金(CPF)に対する雇用者負担の引き上げ(対象者:シンガポール人、永住権保有外国人)と、
2)外国人雇用税の引き上げ(対象者:Work Pass、S-Pass対象外国人非熟練労働者)
です。
シンガポールの社会保障制度は、CPF(中央積立基金)制度と呼ばれ、CPFにおける各個人別の勘定に各人が毎月所得の一定割合(原則20%)を強制的に貯蓄する制度が柱になっています。
「個人勘定別強制貯蓄制度」と理解すると分かりやすいです。
資金使途が住宅購入、医療費、年金、学費等ということを考えると「財形貯蓄」のようなものとも言えます。
又政府が一定の利回りを保証しています。
雇用者側は被雇用者給与の一定割合を負担することが義務付けられており、この負担率が9月より16%となる(現行15.5%)と共に、上限のThreshhold給与額が現行の月4,500Sドルから5,000Sドルに引き上げられます。
尤も、雇用者負担率については、そもそも2003年までは16%であったものが、その後の経済環境悪化に対応した企業負担低減目的もあり、13%から16%の間という範囲が示されていたものですから、今回目標拠出率範囲の上限に回復したという言い方もできます。
従って、本件での雇用コストの影響はそれほど(?)大きくはない、とも言えるのですが、問題は、「外国人雇用税の大幅な引き上げ」です。
外国人雇用税というのは低賃金外国人労働者の流入を制限する目的で1980年から導入されているもので、対象者は建設業、飲食業などに従事する未熟練外国人労働者(Work-Passホルダー)と(2004年から導入された)未熟練と熟練の中間域に属するS-Passホルダーです。
MOM(人材開発省)は2月21日に外国人労働者雇用税の引き上げに関する詳細を発表しましたが、それによりますと、
「雇用税は毎年1月と7月に段階的に引き上げる。
建設業の場合、2013年7月までの期間、Work-Pass査証の労働者1人当たり、雇用主の税負担が月に320Sドル(約2万900円)増える。
サービス業の企業の場合、Work-Passの労働者1人当たりの負担増は月260Sドル(約1万7,000円)。
製造業の場合は同様に、130Sドル(約8,500円)の負担増になる。
未熟練労働者の査証、Sパスの保持者を雇用する事業主の場合、同240Sドル(約1万5,600円)の負担増になる。
従業員に占める外国人労働者の割合が高いほど雇用税は高くなる。また技術水準が低い外国人労働者の雇用税は、技術力が高い労働者より高くなる。」
としています。又、
「雇用税引き上げは外国人労働者への依存軽減、生産性引き上げが狙いで、サービス、建設業は生産性改善の余地があると判断し、雇用税の引き上げ幅を大きくした」としています。
大きな影響が予想されるのは建設業で、5~10%の経費増が予想されています。
シンガポール建設業協会(SCA)のクン会長はさっそく「建設業者、特に小規模業者にとり税負担増は吸収できない」とコメントしています。
さて、シンガポール政府が昨年2010年度より打ち出した向こう10年間の国家目標が、「生産性の向上」であり、その結果としての「所得の向上」です。
とりわけくBOP(ボトム・オブ・ピラミッド)層の所得水準の引き上げがかかせません。
ただ、その場合に、「BOPとは誰?」をさすのでしょうか。シンガポール国民のみが対象なのか、シンガポール居住外国人は対象ではないのか。
普通に考えますと、外国人雇用税の引き上げは、同一労働に対するシンガポール国民への雇用選好と、外国人労働者については雇用税増加分の調整が報酬引き下げによりなされることでの所得の実質減少が考えられます。
シンガポールのこれまでの経済発展は、先に見ましたように、「外国人労働者の受け入れ」によってなされてきたことは明白な事実です。又、歳入にあたっては国籍問わず居住者全てを対象にしつつ、歳出に当たってはその受益者を国民にのみ限定するということも可能でした。
確かに、淡路島の大きさ程度しかない無資源小国のシンガポールが、今後も過去と同様に、人口拡大を維持していく事での経済成長を図る事には、どこかで物理的な制約がかかり、無理がありそうです。
従って、「生産性の向上」でしかない、というのは理屈としてはわかるのですが、果たしてそううまく物事が進むのか甚だ疑問であります。
シンガポールは今、大きな岐路に差し掛かっているような気がしています。
