○公用語(Official Language)
ちょっと古い話しですが、2006年3月にブリュッセルで行われたEU(欧州連合)の首脳会議の席上、当時のフランスのシラク大統領が憤然と退席したという事件がありました。
報道によりますと、
“この会議では各国の経済ナショナリズムが問題となっていたが、シラク氏の退席は、同席したフランスの経済界の代表が「ボルテールの言葉でなくシェークスピアの言葉」を使ってスピーチをしたことに対しての反発であったという。
シラク氏はフランス経済界を代表するセリエール氏に、どうして英語を使うのかとスピーチを遮って問いただしたというが、同氏の答えは「私は英語で話す。それがビジネスの言語だからだ。」というものであった。シラク氏に同調して財務相や外相も席を立ったとのことだが、シラク氏はフランスがいかに自国の言語を大切にし、旧フランス語圏を中心にサミットを開いたりして国家をあげてその普及に努力しているにもかかわらず、またEUや国連やオリンピックでも公用語として使用されているのに、どうしてなのかと深いショックを受けたとのことである。”
(「インターナショナル・ヘラルド・トリビューン」06年3月25・26日号)
シラク氏自身は米国留学(ハーバード大)の経験もあり英語は流暢に話します。しかし、フランス語が公用語として認められているEU会議での公式発言で英語とは何事か、というわけなのでしょう。
いかにもシラク氏らしい話しで、まあ気持ちは判らなくもありませんが、逆に言うと英語もEUの公用言語の1つなのですから、少なくともセリエール氏は会議のルールを侵しているわけではありません。
意見は分かれるところでしょう。
とはいえ国際会議における公用語問題を考えるに当たり興味深いエピソードかと思います。
余り知られていないようですが、EUは国際組織体としては極めて珍しく「多言語主義」をとっており、現在の加盟27カ国における重複言語を除く主要言語の全23言語がEUの公用語(Official Language)として採用されています。
参照「Wikipedia欧州連合の言語
」
元々1951年に設立された「欧州石炭鉄鋼共同体」を起源に持つEU(欧州連合)ですが、設立当初はフランス、イタリア、西ドイツにベネルクス3国(ベルギー、オランダ、ルクセンブルグ)の6カ国でした。それがその後の拡大の結果、現在は27カ国にもなっています。
(今世紀だけでも、2004年にチェコ、ハンガリー、ポーランド、スロバキア、スロベニアの東欧5カ国にエストニア、ラトビア、リトアニアのバルト3国、加えキプロス、マルタの計10カ国が加わり、2007年にはルーマニア、ブルガリアの2カ国が加わりました。)
加盟国の主要言語の全てをEUの公用語に採用するという事は、EUでの法令や重要な公文書は全てこの23公用語で作成されるという事を意味し、この結果、容易に想像できるかと思いますが、EUにおける翻訳(単純翻訳に加え相互間での内容検証作業等)の事務コストは級数的に膨らんでいます。
少なくとも、事務の効率性という観点からは甚だ非効率のようです。
(現状に加え仮に1963年来加盟申請を続けているトルコが加わると又翻訳作業がふくらみますねえ。トルコの加盟が却下され続けられている理由にトルコ語の翻訳が面倒くさいとかいうのがあったりして・・・)
■一口メモ
先にふれましたように、国際組織において加盟国全ての言語を公用語に採用するのは珍しいケースです。
・国連(UN)の公用語は英語、フランス語、中国語、ロシア語、スペイン語(以上1946年第1回総会で採択)とアラビア語(1973年採択)の6ヶ国語のみです。
・オリンピック委員会(IOC)の公用語はフランス語と英語の2ヶ国語のみです。
参考:Wikipedia「国際機関の公用語の一覧
」
さて、シラク氏とEU会議での英語騒ぎに触れたのは、ここに提起される問題が日本とアジアにとっても大きな問題になるだろうと思えるからです。
○ASEANの公用語
ASEANの会議公用語は英語です。
前回ご紹介した「ASEAN憲章」の第34条「WORKING LANGUAGE OF ASEAN」でも“The working language of ASEAN shall be English”と規定されています。
http://www.aseansec.org/publications/ASEAN-Charter.pdf
TVを観ていてもよくわかるように、ASEANの首脳たちは実に上手く英語をこなしますので公用語が英語である事に何の不都合も無いようです。
一方、(これもTVを観ていてよくわかるように)日本や・中国、韓国の首脳はそれほど英語が得意ではないようです。
一般に、会議参加者の母語が異なる「国際」会議になる際には、まず会議の最初に決める事は会議言語です。これが会議のルール1となり又、決定的に重要なものになります。
東アジアの新しい枠組みについては中国主導なのか日本主導なのか、はたまたxx等々いろいろな動きがあるようですが、いずれにせよ現在アジアで唯一共同体の枠組みとして確立しているASEANを土台にした「ASEAN+α」の構想が多いようです。
今後仮に新たな枠組みが公式に出来上がる際には、その枠組みでの「公用語」が決められるわけですが、果たしてそれが何になるのか興味深いものがあります。
14億人の言語・中国語の存在を考えるとやはり「英語」及び「中国語」なんていうのがありがちなのでしょうか?で、「日本語」は?
鳩山首相の標榜する「東アジア共同体」について、日本のメディアは「その枠組み・内容」についての質問ばかりで、その度に、「時期尚早」と毎度確答を得られないでいるのですが、質問の切り口を変えて「東アジア共同体の公用語は何を想定されていますか?」とでも聞いてみてはいかがでしょうか。
リアリティーが出てきます。
と共に、内・外に対する日本の言語政策が問われます。