寝ても醒めても ~ Nuit et Jour ~-onna.jpg














「なにか勘ちがいしているんだよね、困っちゃうよな。たしかに明美はさぁ、料理はうまかった。
手料理食べさせてもらってさ、お愛想のひとつもいわなきゃ次がなくなっちゃうじゃん。
“ずっと毎日明美の手料理食べられたらいいな”といったんだよ。それだけだぜ」
寝ころがって二人でテレビ見ていて、最後の「ぜ」がまだ空中に残っているのに、
すり寄って琢磨の手は私の腰を抱こうとしている。
あぁ、いやだわ、急にほかの女の話を、こんな脈絡で始めるなんて。
腰についた手をはらおうとすると、ぐっと力が入ってGパンのお尻が琢磨の股間に密着した。
(興奮してる、まさか、こんなとき?)

「ほかにもなんか言ったかな? そうだ、あいつ偏差値いいほうだよね、だもんだから、
“明美と子どもつくったら、その子は幸せだろうな”とかさ」
手が腰からブラウスの下にくぐって素肌の腹部にさわった。
<ザラッ>。
(あっ、なにすんのよ)
琢磨のシャツについた舶来タバコの香りが宙をまった。

「そいで包丁もったまま振り返って、“どうして?”って訊くからさ。
“明美の子じゃ受験がラクだろうね”ていうと、“ふん、バカみたい”だってさ。
そいでも顔なんかぐしゃぐしゃにしてたけどね」

もぞもぞ手がブラジャーの下縁に届き、またそこをくぐって乳房の丘を這いあがろうとしている。
腰をぐりぐり押しつけてくる。
(こいつ、なに考えててるのよ、場面がわかっているの?)

「てっきり結婚する気なんかなってもさ、オレだって選ぶ権利があるよな。
鏡見て言ってくれ、てか。なぁ、奈緒はほれぼれするよね。
こんな美人のそばにいられるんだもの、これって幸福ていうんだよね」
<ビクン> もどかしいように動いていた親指が乳首にたどりついた。
(いやっ!)

<にゅりゅつ>。
(いやだ、感じてる)
 
どうしてこんな男、別れられないのだろう?
口腔から鼻腔にほろ苦い匂いが漂う。

私の胸から手を抜いて、琢磨は背中にのしかかってきた。
「ああっ、、、もおっ!」
四つんばいになって逃げようとする私の手の甲がつかまれて、思いきり両手と背筋が伸ばされた。
お尻がつきあがった姿勢のまま、私はなされるがままになろうとしている・・・。
いや、それ以上に躯のある部分が勝手に滴る様に反応しているのを感じる。

ジッパーの下がる音。

視界いっぱいのフローリングの板の目があっという間にぼやけて見えなくなっていく。


☆ ☆

「こんなこと書いてたんだ…」
思わずつぶやいた。
書棚を整理していて挿まれたノートの切れ端。
破ってもいいし、創作ノートに転記してもいい。
目にふれても夫はなにも言わないだろう。

当時はくよくよと考えたものだ。
そとみもタイプじゃなかったし、アタマの中も貧弱だった。
なぜ別れられないのだろう、と。

躯の相性は理性を窒息させるほど強いのだろうか?
肌が合うとか躯の繋がりとか、何のこと? 
肌ざわりか、凹凸のはまり具合か、それとも分泌される微量物質か。

琢磨はある時から気管支をやられてタバコをやめた。
それから私はすっかり醒めてしまったのだ。
もう、自分を狂わせるあの匂いは復活しない。
呪縛がわかった途端にちょっぴり切なくなった。
それから10年。

しばらくしての日曜日の朝。
コーヒーを喫みながら、新聞に載っている夫のエッセイを話題にした。
「『女の快楽にとって男は触媒にすぎない』とはずいぶん大胆なタイトルなのね」
「だってそうだろう、僕だって君に棄てられないようにかなり頑張っているつもりなんだよ」
と夫が片目をつぶって微笑んだ。

そうか、タバコじゃなかったんだ!
私は気がついた。
かつて琢磨は“しょっちゅう”だったけど、ある時から“たまに”になったのだった。