望む望まないは関係なく平等に年をとるもので僕も32歳。気がついたらプロMMA選手生活10年を超える選手になっていた。セカンドキャリアってやつを考えずにはいられないのだけども選手のセカンドキャリアをなんて言ってる格闘技業界関係者をまったく信用出来ないでいる。何故かというと選手発ではないからなのかなと思う。選手からでないと選手の事考えてるんだよ!俺は!アピールに見えてしまうのです。俺はねじ曲がってるなあ。

だから選手発での発信が必要だと思ってる。その意味では東洋経済オンラインの常見陽平さんとの対談は凄く価値のあるものだと思っている。未だにあの記事をを見ましたと言われる事は多くて影響力の大きさを感じているし大手ネットメディアの強さを感じています。専門誌のインタビューは格闘技選手として深い事を言ってるんだけども読みましたって言われる事は少ない。格闘技を好きな層に伝えると言う意味で重要だと考えてるので大事なメディアであるのは変わらない。
この二つの記事は分かりやすく常見さんがまとめてくれているので改めて読むと良いと思います。


格闘家のジム経営は「ラーメン屋」そのものだ プロって何だろう?格闘家・青木真也と語り合った | 「若き老害」常見陽平が行く - 東洋経済オンライン

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セカンドキャリアって話に関しては僕自身も明確に決めれていない。
ただ明日仕事を失っても良い覚悟と準備はしています。とりあえず仕事をなくしても家族が飯を食っていけて子供が学校行ける分くらいの準備はしときましょうってね。選手の俺が言えるのはそのくらいか。

セカンドキャリアとは話はそれちゃうんだけども仕事って歴史だよなって思うのです。
特に格闘技選手って言う仕事は歴史の部分が強いと感じている。入場曲がなっただけで会場がその選手の空気になる。観客が過去のその選手の活躍を見ているからこその重み。僕自身は違和感なのだけどもレジェンドって言われたり青木真也をファン時代に見てたっていう選手関係者が出てるってそういう事だよなって思う。この仕事でやっていくんだったら自分の歴史をどう作るかって事を考えないとダメだよな。すなわちキャリア作りなんだけど。

そういえば闘う場所で必死にやってる、やってないの評価される事が心外。
UFCで闘ってるから必死でやってる。OneFCでやってるから必死でやってない。
それっておかしいと思うし俺は自分の人生と向き合って闘っている。俺の基準で言えば自分の人生から逃げ出す方が必死でやってないわけだ。自分の与えられた仕事を全うする事が一番重要。

まあ俺はヒール的な立ち位置だから色々言われるけどもさ。
青木真也を否定すると格闘技を否定する事になってしまうよね。笑 
だって俺が日本で一番の選手な訳だからさ。そこのところとろしく。