URLは

http://sankei.jp.msn.com/world/news/131112/chn13111222150007-n1.htm


>同時に「(首脳が会わないのを)永遠に続けられるなら結構だ。だが、いずれ仲良くしなければならないのを歴史は教えている」と指摘。


なんという愚か者だろうか?歴史を本当に知らないくせに・・・そう思う。


日中間の国交が断絶したのは一体何年だとこの人は思っているのだろうか?

はじめは聖徳太子の遣隋使の廃止(618年)から、最後は黒船来訪により明治がおきるまで(1868)に至るまでの間、日本の支配者が積極的に中国と外交しようなどとした時代は無かったと思う。つまり政治的には1150年間という人の生涯からすれば永遠とも言える間国交は断絶していて。少なくとも学校教育では教えられていない。


民間レベルではもう少し近代まで続くが、それでも仏教の勉強のような形で念仏の親鸞あたりまでの痕跡があるだけだとおもわれる。それ以降は外交はポルトガルやオランダのような西洋の国としていたが、中国と直接していた形跡が無い。中国とはそれだけ日本にとってどーーーーーーでもいい国なのだが、何を馬鹿を言っているのだろうか?


 まぁ自分に利益誘導するために政治的発言をしているのだろうが、本当に管元総理は、殆どまともな事などせずにおかしなことばかりしてくれたものだ。




さて、この件では新聞報道は何時も一方的だと感じる。恐らくは官房機密費が新聞社に流れているのだろう。

こんな一方的な情報で判断する事は危険だという事を最初に書きたい。諫早干拓には、農業と漁業の対立があるという事実も踏まえなくてはならない、日本では農水省というが農業より水産業の方が政治的な立場は弱いという。従って、農水大臣が影響が無いといったとしても、実際に影響が無いわけではないと考える。ましてや後先考えず政治判断と称して河野談話を出したような自民党である政治判断で過ちを犯す事は考えなくてはならない。

 さて、この問題の背景にあるのは仏教的なものの見方で言えば、諫早湾に住む生物を巻き込んだ、そして、諫早湾を囲む全ての生きとし生けるものの生存の問題であるといえる。単純に人間対人間という見方もできるが、本来は干拓なので沼地だったところであり先住者の漁業を脅かした可能性のある自民党の政治判断が問題だったといえると思う。長い間漁業がまともにできなくなった事で、現状では生活の維持を考えたら恐らくは漁師では食べていけなくなり他に職を持った人も多いだろうから、目先は恐らくは農家に軍配が上がると思うが、これを公害問題とすれば、逆に漁師の側に軍配が上がっても良いような話なのだ。そして、確実性のある塩害による干拓事業の失敗という事により影響を受ける数百人程度と、確実性が低い数万人の生活環境への影響が考えられ、従って裁判では閉門による影響がどのような影響を与えるか?で判断されると思う。従って、影響が無いと新聞が書くのは閉門側の意見を押しているなら当たり前の話で、逆に漁師の側に立てば公害問題を取り上げる事になる。

 管氏といえば、私は基本は否定的な見方をしているがこの問題での政治主導はあながち間違いではないと思う。むしろ、総理大臣だったからこそできた判断であろうし問題がおきている事に対して、いったん開門という原状回復をして塩害を防ぐ施設を建てるほうがやはり理論的には正しいと思うむしろ、時間があったのに反対だけしてそのような施設を作らなかった県や国に問題があると思う。



 なるほどね・・というか、私も似たような考えですが・・・まぁ若干違いますが、為政者の劣等感が根本にあるので、何をしようが無駄という意見なので、正当性などという意見には似てはいます。しかし、それでは正当性は戦争で勝たないと駄目なのか?という話になることになり、疑問を感じるのは私の悪い癖かもしれません。

確かに、好むと好まざるとにかかわらず、有史以来政府の殆どは何らかの戦争に勝った勝者であることは事実です。しかし、それが本当にそれだけの物なのかは疑問を感じます。というのは、現実的に朝鮮が棚ボタで独立を得たのはこの学者さんは知らないだろうが1度ではありません明治から数えても2度目です。先に棚ボタ独立を得たのは、日清戦争であり、また、朝鮮は隣にある中国やモンゴルと戦争になったことがあり、恐らくはタナボタ独立など有史以来何度も経験しているでしょう。反日は以前からの彼らの常で、当時の韓国人の富裕層は一応、服を染色するだけの財力はありましたが、日本人が柄物を着るため柄物を着なかったといいます。とはいえ、恐らくそれは柄物を染色できる国民がいなかった事を日本のせいにしているだけの話でしょうけどね。というのは、当時の韓国人の平均年齢は28歳程度、午前中仕事をして午後からは何もしないでだらーっとしているのが彼らの生活だったそうですから、そんなところで染色してもまともな柄物などできなかったでしょうしね。


一方庶民は染色すらできないぐらい貧しく、その為に無染色の麻の服を着ていて、その為に服の色は白で、その事が彼らにとって白は、貧しく虫ケラ同然のイメージにつながります。恐らく韓国人は白いウエディングドレスは着ないかもしれませんね。その当時の日本は、農民も派手ではないにしろ柄物を着ていました。方や貧しすぎて染色剤すら使えず、方や貧しくとも染色した服を着ていたのですから、自分達の悲惨さをごまかすために実際には羨望の的になる他国を恨んで耐えるしかなかったのではないでしょうか?


つまり、正当性以前に反日なのが歴史を見れば判る事なのです。結果的には為政者の資質の問題で、人間として狭量の者が為政者になっているためでしょう。


 もし、この学者さんの言うように戦争で勝つ事が必要だったというなら、飛躍した考えのように捉えられそうですが、それは、正当性以前に反日なのですが、過去に攻め込んだ国というなら、モンゴルも中国もそうですが、反日ではあっても反中でも反モンゴルでもありません。では、それらの国と日本の違いはといえば日本が戦争で韓国を負かす歴史が無かったからという話になり、実際には若干変わってくると思います。


 しかし、これは事実でしょうか?実際には薩摩藩が朝鮮に攻め込んで現在韓国領の鬱稜島を領有していた事があり、勝てなかったわけでもありません。また、日本の測量技術は江戸時代であっても優れていて、精密な地図を書く事ができましたが、韓国の測量技術は全く無い状態で島のサイズが全くまともに書けていなかったりで、その落書き同然の低レベルが幸いして余りにも宇山島(韓国側の所謂竹島の名前)の真の姿がわからないことで竹島をウリの領土ニダといっていますが、幾つかの韓国資料の中で比較的まともな物をみると、韓国が竹島と言っているのは鬱稜島の北東側にある竹嶼と考えられます。その程度の人材力しかな買った理由の一つが為政者が国を繁栄させる事ができなかったという為政者の質の悪さの証明になると思います。