サザンの『慕情』という歌にこういう歌詞がある。
何故に人は旅路の果てに思い出を捨てに行く
これが今の桑田佳祐の心中を的確に示している気がしてならない。今のところ最新のシングルとなる『DIRTY OLD MAN ~さらば夏よ~』の冒頭の歌詞はこうだ。
哀泣き笑い 時代(とき)は流れた
強者(つわもの)達の夢の跡
あの日の熱い僕はもういない
燃え尽き…死んだはずさ
この歌詞を見て、すでに形骸化していたサザンオールスターズの中で懸命にもがく桑田の苦悩を感じずにいられなかった自分には、今回の活動休止宣言を責める由など見つからない。
東スポに「抜かれた」時、「今さらサザンを解散させる理由なんてどこにもないのに」と思った。中身を読めば解散につながる言葉はひとつも見当たらないのだが、「それに近い」何か起こるのだろうという胸騒ぎだけが残った。
デビュー当時からサザンを知っている人間にとって、現在のサザンオールスターズがどういったもの映っているかは人それぞれだろう。私が10歳の時に出逢ったサザンは「常に新しい何か」をするバンドだった。日本におけるロックバンドの歴史をを紐解くと、アメリカのロカビリーをカバーしていた「日劇ウエスタンカーニバル」華やかなりし時期にまで遡ることになると思うのだが(もちろんその時分には私はまだ生まれていない)、その時はバンドという形態が表に出たものではなく、あくまでも歌っていた「平尾昌晃」であり「ミッキー・カーチス」「山下敬二郎」といった個人名で売れていた。バンドというものが意識的に前に出てきたのはベンチャーズやビートルズが日本にも入ってきて、所謂「グループサウンズ」が流行だした頃からだろう。その後フォークブームが起こり、ロックというジャンルは若干アンダーグラウンド的なイメージを持つようになり、キャロルやダウン・タウン・ブギウギ・バンドが目立った存在(商業的に成功した)として認知されている程度、といった状況になったといったところだろう(かなり雑な捉え方ではあるが)。
その後現れたのがサザンオールスターズということになる。同時期に(世良公則&)ツイストという硬派の「男っぽい」ロックバンドが存在したわけだが、ロックバンドとしては明らかにこちらの方が正統派であり、日本でロックをメジャーにしたバンドとして認知されるほどの存在である。この一事をとってもサザンは常にムーヴメントのメインストリームにいたというわけではなく、それは現在においても活動期間が短いB'zや Mr.Children の方が高い売上げを記録していることに表れているのではないか。
しかしサザンは「メインストリーム」にいなかった分、色々と「遊べた」わけだ。「コミックバンド」「一発屋」(一発屋でよく30年ももったと感心するが)と言われ、ピンクレディー並みにテレビメディアに出捲くった当時の扱いは明らかに「イロモノ」である。前述したツイストが「男性的」とすれば、サザンは「中性的」だった(のちに桑田佳祐は生理用品のCMに出演するわけだが、女性からの反感をあまり買わずむしろ好意的に捕られたのは、フロントマンである彼の個性が「男くさ過ぎなかった」せいだろう)。しかしテレビでギターを弾きながら歌う(今見るとたいして弾いてないのだが)桑田を観て、「これなら自分にも出来るのではないか」と錯覚する程とても魅力的に見えたものだ。この「距離感」こそが現在のサザンの人気を確立した大きな要素となっているのではないか。当時ニューミュージックと言われたジャンルのアーティストはテレビに出ないことを良しとする傾向があったが、サザンはテレビというメディアを上手く利用した(もちろん事務所サイドの画策だが)。今では当たり前になったロックバンドのテレビメディアでのプロモーション活動をサザンが確立させた、といっても過言ではない。
そしてある程度の成功を収めたサザンが今度はテレビメディアを捨てることになる。レコーディングに専念し、『タイニイ・バブルス』『ステレオ太陽族』といったアルバムを生み出すわけだが、この時期にサザンはアルバムアーティストとしての地位を不動のものにしたと言っていい。しかしこの2つのアルバムを高く評価するファンは、きっと現在のサザンオールスターズという存在に疑問を持って接していることだろう。
アルバムが一定の評価を得た一方、シングルのセールスは低調で、打開策として再びサザンはテレビメディアに戻るのである。『チャコの海岸物語』は初めて「売ること」を意識して発売したシングルだろう。そしてこれが現在に至る悪循環の元凶となったと私は思う。NHK紅白歌合戦では厚化粧に着流しという出で立ちで登場し世間をあっと言わせたが、ただ歌うことだけで充分だった紅白出場に「奇をてらった」衣装の派手さを持ち込んだのもサザンということにならないか。
「チャコ」の成功でサザンの存在を世間に再認識させたあとは、制作されるアルバムも順調に正当な評価を受け、その頂点に位置するアルバムが『KAMAKURA』ということになるだろう。膨大なレコーディング時間と楽曲のクオリティは他の追随を許さないほどの説得力さえ併せ持っていたと言える。そして2枚組のオリジナルアルバムとしては当時破格のセールスも記録した。のちに小室哲哉が自分がMCをつとめるテレビ番組で桑田佳祐をゲストに呼んだ際、このアルバムを大絶賛していたが、どちらかというと一般のリスナーより業界人受けするアルバムだったのではないだろうか。発売日に買ってきてレコードに針を落とし(まだCDが無い時代だ)、『Computer Children』のイントロを初めてに聴いた時の衝撃は、未だに他の日本のアーティスト(現在のサザンを含めて)では経験した記憶がない。
その後原由子の産休を理由にサザンは活動を休止する。
ここまでが私が考えるサザンオールスターズの歴史である。『みんなのうた』はどうした?「大復活祭」以降は?と仰る向きは理解できるが、ここからはサザンオールスターズが実態のないものに変わってしまったと私は考えている(『みんなのうた』はデビュー10周年の区切りに発売されたものだったが、その後のサザンはそれまでの10年間を2回繰り返してきたにすぎない)。サザンの「ブランド化」が加速し始めたのがこの時期だ。件の「大復活祭」にしてもソロコーナーがあるような構成で「自分は何のコンサートに来ているんだ?」と思ったほどだった。サザンの活動休止中、桑田佳祐は KUWATA BAND とソロ活動でその存在をアピールし続けた。それはまだ「サザン復活」への繋ぎであることをハッキリ意識してやっていたことだろう。でも今回の無期限活動休止は全く意味が違う。わざわざ宣言する理由はいったい何なんだ。
単純な話、あれは実質の「解散宣言」だ(だから東スポの見出しは全くの誤報とは言えない)。30周年と言ったって、30年間稼動し続けたのは桑田佳祐だけじゃないか。ただ休むだけならわざわざ宣言などする必要はない。今回の発表は「サザンオールスターズ」という看板に桑田佳祐が初めて突きつけた「三行半」に他ならないのだ。活動休止だからいつか復活する、気長に待とうじゃないか、と信じている人たちには申し訳ないが、今回はちょっとやそっとじゃ「復縁」しそうもないと思う。でも「あっさり」というサプライズを含むのもまたサザンではあるが、ファンとしてはかなりの瀕死状態であるという覚悟が必要だろう。
桑田は「サザンの屋号は絶対に下ろさない」と言っているが、それはもうすでにサザンオールスターズが桑田個人の意志だけではどうにも出来ないほど大きな存在になってしまった証である。今回の発表で所属事務所の株価が下がるなど、音楽界以外にも影響を及ぼすのだ。ましてや、みんなの心の中にあるサザンを強奪するようなまねは桑田にだって出来ない。だから活動はできなくても「サザンの桑田」であり続けることを選択したのだ。「解散」と言えない虚しさを抱え続けながら、これからも桑田佳祐は邁進するだろうが、だったらサザンという重荷を捨ててしまった方が楽じゃないか、と考えてあげるのが本当のファンだと思うのだが。
夏のコンサートは事実上の解散コンサートになる。復活することがあるとすれば、それは「再結成」だと考えたい。斯言う私もチケット争奪戦をくぐりぬけ目出度くその場に参加できるとすれば、最後の曲が終わったあと「津波のような侘しさ」に襲われることだろう。