はっと上がった彼女の顔は、一瞬驚いたような表情を見せ、みるみる辛く歪んでいく。

彼女は声も上げず、ただボロボロと涙を落とし、水滴と一緒に青白い頬を濡らしていた。


私から目を反らし、心を閉ざしたままの彼女に、もう一度私は声を掛けてみた。


「……大丈夫?」


ゆっくりと彼女に近づく私。

彼女は強く首を振って、濡れた髪をぐしゃぐしゃと掴んだ。

私はただ、その様子を見ていることしかできない。

無力すぎるもどかしさに、胸が強く締め付けられた。


すると


「……助けて」


かすれた声がした。

独り言のように呟いた彼女に、私はまた一歩、また一歩と近づいた。

そして、辺りを気にしながら、彼女の目の前でしゃがみ込んだ。


突然、私の手を彼女が両手で強く握った。

驚くほど、冷たすぎる手。

段々力がこもってきて、両手がギシギシと痛むほど強くなった。


「お願い、助けて……」


強く私を見つめるその目とは正反対に、その声は弱々しく、哀しげだった。


でも……私は何もできない。


「……ゴメン」


彼女の手を払って立ち上がると、私は教室に駆け込んだ。

当然、授業中だ。


「おい朝川、何してたんだ」


理科の教師が、席につこうとする私を呼び止めた。

足を止め、言い訳を考える。


「……保健室に行ってました」

「大丈夫か?」

「平気です」


そう言って、私は席についた。


本当は、全然平気じゃない。

彼女の表情と、目と、声が、頭から離れない。


濡れた髪、青冷めた顔色、氷のような両手。

今、彼女がどんな状況に置かれているのかがストレートに伝わりすぎて、何だかショックだった。


イジメって、こんなに悲惨なんだ……。


でも、手は差し伸べない。

違う、差し伸べられないんだ。


私が彼女を守ろうとしたとき、私はどうなるの?


そんなの決まってる。

代わりに、いじめられるターゲットが私になる。


私、オモチャになんてなりたくない。

絶対、嫌なんだ。

私の目の前で、“イジメ”という小さな戦争が起こっている。

毎日、毎日……決して止まない。


そこにいるのは、悪魔と、オモチャと、大勢の傍観者。

私はその大勢に属していた。


ハズだった。



四、五人の女子が、一人の女の子の机を取り囲んでいる。

その女の子の机には、白い花が飾られていた。


「あれ~、なんで幽霊がこんなとこにいんの?」

「てかまだ生きてたんだ! キャハハハッ」

「とっとと死ねよーっ!」


俯いた彼女の頭に、ザラザラと流れる画鋲。

彼女は痛そうに目をギュっと瞑って耐えていた。


辺りに響く、楽しそうな笑い声と、彼女のすすり泣く声。


「許して、下さい……」


途切れ途切れに許しを乞う彼女。

さっきまでの笑い声が、一瞬にして消える。


「は? 何を?」

「大、宮君…の、こと……」


すると、また全員は笑い声を上げる。


「バカ?」

「へっ……?」


嘲笑いながら一人が言った。


「こんなのさ、うちらにとっては『遊び』なわけ」

「ま、一種のストレス発散、みたいなー?」

「だよねだよねーっ!」


楽しそうに話す奴らには、悪びれた様子は全く無く、寧ろ楽しんでいる。

そんなのって……。


「お前は運が悪かったんだよ」


そう言うと、そのグループは彼女を教室から引き擦り出し、そのままトイレに押し込めた。

思わず私は後を追う。


「死んでもうちら呪うとかマジ勘弁な」


そう爆笑しながら、二つのバケツに水をためていく。

彼女が今から何されるか、みんな分かっていた。


「せーのっ……!」


その掛け声と同時に、彼女は一瞬にしてびしょ濡れになった。

今は真冬だ。

彼女は寒そうに、透けた制服を身に纏って震えた。

みるみるうちに青ざめていく彼女の顔色。


「あっ、服はこの方法が一番効くんじゃね?」

「んじゃー毎日これでいいじゃん!」


また、キャハハハと甲高い声で笑い声を上げた。

その時、遠くからチャイムの音がした。

それと同時に、イジメグループは何事もなかったかのようにトイレを出る。


トイレに取り残されたのは、彼女一人だけだった。


私はドラマでしか見たことのなかった現実が衝撃的すぎて、しばらくその場から動けなかった。


私は、彼女があまりにもかわいそうすぎて、声を掛けずにはいられなかった。


「……大丈夫?」


私の言葉に、彼女はふと顔を上げた。