3月5日夕方電話


このまま落ち着くまで入院させる 論と

お家で過ごして病院に通う 論

だけど退院し帰ったら日に日に具合は悪くなったので

お家に帰ったら又繰りかえすのではないかと不安がある

ペコにとっては病院で対応してもらったほうが苦しい思いをしなくてすむ

でもいつまでも離れて暮らすのはとても辛い

いろんな意見が交差し判断がつかなかった 

入院する。


3月6日

ペコが具合悪いのに迎えにいったら駄目(旦那さん)、と言われ断念する

入院。


3月7日電話

落ち着いている、ので旦那さんにも連絡しお迎えに行く。


この先どうしたらいいのか、ばかり考えている

心臓病ゆえに突発性は避けられない問題

毎日毎日ペコの為でも沢山の薬を飲ませるのはとてもかわいそう

もっと他に方法はないのか、と。


ペコがパピーの頃、「ふんせんちゅう」という奇病で

お世話になった先生がいる

ペコを治療してもらった先生がいたのをおもいだす


診てもらおう。

何か違う方法、ペコが助かる方法があるかも知れないと。




3月2日退院

帰宅後はまだ状態もよくないが何とか暮らせるくらいの元気は見られる

チアノーゼに注意し観察する


3月3日

徐じょに体調低下見られ腹部膨満も以前より肥大してる様子

チアノーゼスプレー使用


3月4日

夕方~夜にかけて動きが少なくなってくる

立ったままが頻繁に見られる 

チアノーゼスプレーもあまり効果みらないが頼りはこれだけなので

スプレー続行

食欲は変わらず旺盛


3月5日朝

以前状態は良くならない

立ったままが続き手招きしても動かない 表情もない

食欲なし、嫌がって顔を横に向け嫌がるしぐさする

ペコの苦しい状態がどんどん低下していく

チアノーゼやや紫~回復なし

病院へ


膝に抱いて高速走行中も今のも止まりそうな細い呼吸

「もうちょっとだから頑張って」と止まらないように

ペコを揺すりながら

スプレーをかけながら

30分の運転後、到着

診察へ

主治医との話をしても涙が溢れて止まらない

夕方まで酸素テントに入ることになり預けて一旦病院を出る


ここ何日か考えていた

自分たちの自己満でペコに沢山の薬を与え

「生きて」と望んでいる行動がペコにとってはどうなのか?と。

反対にその行動がペコを縛りつけ苦しめているのではないか、と。

「安楽死」と「看病」の言葉が交差する


わからない



あれから~何事もなく過ごしてきましたがかなり厳しい状況になりました

変化に気ずいたのは2月初めの4日くらいのこと

なんか苦しそうで喘息のような呼吸をしてるのに気ずき7日に病院へ

やっぱり別の病気を併発してて診断の結果は「肺水腫」

そしてレントゲンを撮り見た画像は心臓肥大(大)肺の白くなった部分

誰が見てもいい状態ではないことがひと目で分かった

「今後は肺水腫のお薬と併用して様子をみていきましょう」と言われ

様子観察に入り薬は2個~4個になる


一時は薬が効果をだしたのか落ち着きをみせていたが又、呼吸がおかしい


2月14日病院へ

こちら側がいくら病状を伝えてもペコの病気はよくならないことは

ハッキリしてるので先生も診断に困る、のが実状であり

それは理解し承知している

今度はチアノーゼ対策の錠剤がでて又薬が一個ふえて5個になる

だけど、変わらない.....


2月22日病院へ

変化がみられず「前の状態の方が効果があった」と伝え

前の薬に戻し4個

が、薬を戻したのに効果はなくますます悪くなる


2月24日病院へ

診断の結果入院し病院にてリハビリと様子観察になる


2月25日

病院から電話

酸素テントにて様子観察、特変なし


2月26日

酸素テント~10分だしての訓練、呼吸荒くなり中止


2月27日

酸素テント~10分、やや良好


2月28日

酸素テント~20分~、やや良好


3月1日

酸素テント20分~半日、やや良好


3月2日

病院より「もう大丈夫ですよ」と電話あり一時退院へ


やっと一週間ぶりにお顔がみれることがとても嬉しい(≧▽≦)

パピーの頃から耳が聞こえなくて自分の名前すら知らなくて

てんかん、心臓病、肺水腫、と病気まであるのに頑張って生きてくれた10年

更にいっぱいいっぱい頑張って病気を乗り越えて回復してくれて

本当にありがとう

又、自分たちに会える喜びを与えてくれてありがとう


ペコを迎えに行ってきます。