少し前になるけれど、9月17日札幌市主催の(?)「能」のワークショップが始まった。


夏に、広報で見て、すぐに申し込んだ。


広報では、月1回(計4回)のワークショップがあり、「高砂」という曲を1月に発表するという内容しかわからなかったけれど、珍しく迷いなく「参加したい」と思って、申し込んだのだった。


予定に反してギリギリの時間に到着すると、スタジオには少なくとも30人以上の人人人。

私より若そうな人の集団あり、アラカンと思しき着物の女性おり、一見して多彩な感じ。


そこに出てきたのは、私と同年代~年下に見える先生。

話自体、同年代~年下の調子で、「若いなぁ」と思えるところもあり、気楽でおもしろかった。


まず、「能」について、歌舞伎や狂言の話を交えながらその違いを対話式ですすめ、「型」のはなし、舞っているときの心のありようなどを伺った。


中でも「伝え教えられる型に集中して、舞う」ということが新鮮だった。


つまり、ある型を表現するとき、その型に内在するであろう感情を表現しようと努力するのではないということである。


このことは、後日NHKで細川護熙が語る「人物伝・白洲正子」(第3回)で紹介されたエピソードと重なる。それは、マサさんが演じる役の思いを心に描きながら舞うと、師匠が「型」に集中するよう促したというエピソードである。

(細川藩お抱えの能楽師の家系にある人の舞いを、マサさんはホンモノの「能」と感じ、一方で女が女形を演じることの不可能性に直面して能をやめたということだった。)



無心に「型」を演じるというのは、通常の演劇とは、異なるように思う。

通常の演劇では、役者個々人が、各々の役柄の思いを考え、それを具現化するのが「演技」。

実際、普通の人間の行動を考えてみても、なにがしかの心情が、行動の原動力になっているとみるのが普通である。


その意味で、「能」はものすごく不自然なスタイルだと言える。


しかし、「能」の不自然さは、観客の感想の自由度を広げている。


演技に込められるはずのさまざまな感情が、すっぽり抜かれるわけだから、その演技、その型の意味を敷衍させるのは鑑賞者個人だけだからだ。


映画でも小説でも、多義性が好まれるご時世にあって、1つのパターンが鑑賞者によって異なる理解を生むというのは、興味深い話だと思う。


もうすこし、「型」については、考えてみたいと思う。


話の後は、高砂の一場面の舞と謡の実演。


はっきりいって、「なんかよくわからないけど、なんかすごくかっこいい」と感じた。


よくよく考えれば、以前、万作・萬斎の狂言を見たときに、万作さんの演技に比して萬斎さんに感じた「荒っぽさ」や「かたさ」とおなじようなかんじはあったけれど、ともかくも「かっこいい」。


謡も、「なんだろう、なんだろう」と聴きたくなるような謡だった。


たった2時間弱で「あんなふうに舞えたらいいな」「あんなふうに謡えたらいいな」と思えたのが、不思議だった。

((さいきん、そういう気持ちになることがなかったな))とも思う。


次回以降が、楽しみな企画だった。

NHKの3回完結ドラマが、やっと完結した。

☆主演:伊勢谷友介&中谷美紀

1・2夜は前回見たけれど、それでも3日間食い入るように、見た。

3夜目の終わり方がだいぶ性急で、若干物足りない感じはあっても、全体として見ごたえのあるドラマだったと思う。

前回は、伊勢谷友介と中谷美紀がちょっとかっこよすぎるような気がしたのに、今回ときどき、本当の次郎さんとマサさんの方が、もっとずっとかっこいい人だったんじゃないかと思った。

前座として再放送された、細川護熙が語る「知る楽」の白洲正子を全部見たり、本屋で二人の写真を目にしたりしたのも、だいぶ影響しているかとは思う。

3夜目、マサさんが若かりし次郎さんのお見合い写真を手にしながら、人は年を重ねた方がいいと言う場面があった。

心の強い役者と思える伊勢谷友介も中谷美紀が、熱心に演じれば演じるほど、ほんとうの次郎さんとマサさんが離れたところにしっかりとあるように、感じた。

演技の上手下手ではない何かが、足りない感じ。

場面場面の白熱した緊張感は、見ていて決して見飽きることのない凄さだったんだと思う。

そして、その緊張感のなかに、ほんとうの人生を過ごした人物であれば、おそらくは演じることのできない人の厚みとか空気のようなものを相当持っているのだろうと、思ってしまった結果、見るほどに、演技の向こうにあるほんとうの次郎さんとマサが遠く、しかしはっきりと感じられたということなんじゃないだろうか。

伊勢谷友介も中谷美紀も、中年の次郎と正子を演じるには、若すぎるということに尽きるのかもしれないけれど。

また、このドラマは、白洲次郎と正子を描きながら、戦前~戦後の政治をいまひとつわかっていない私には、近衛文麿~吉田茂というひとつの流れを学習するのに、よかった。

吉田茂の自由党から、鳩山一郎が離脱・民主党を結成して首相となったという流れと、自民党から離脱して民主党を結成して、麻生太郎から鳩山由紀夫が政権を奪ったという流れが、政治を知っている人は最初から面白く見えていたのかな…と思うと、気がついた喜びの反面、自分がいまひとつ遅れている気もちになる。

たしかに、次郎さんもマサさんも、いわゆるいい家でいい教育を受けたという意味で、特殊な人だったんだとは思う。でも、良心の自由や普遍的なもの・ホンモノにたいする憧憬は、決して特殊ではない心のあり方なんだろうと思う。

次郎さんとマサさんの生き方が、理想的な生き方に思えた。


※次郎さんとマサさんが子供たちと食事をしたり、引っ越しをしたりする場面は、台本云々ではなく、おそらく普通に触れ合っている様子を求めて撮ったんだろうな、と感じる映像だった。嫌いな映像ではないけれど、本編の緊張感を解くにはものすごくナチュラルな映像で、少し戸惑った。

気になった新聞記事をもとに、400字程度で文章を書く訓練をしようと思った。

手始めに、数日前のことを書いてみよう。



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 19日の国際面にタイで暮らすパドン族の記事が出ていた。首長族と通称される女性たちの風俗は、日本の娯楽番組でも取り上げられており、私も小学生の頃から知っている。

問題は、ミャンマーの軍政から逃れてきた彼らを、タイ当局が観光資源にしたことに始まる。彼女たちは観光客と写真を撮るなどして現金を得、その収入を母国のカレン族同盟に提供してもいるようだ。この生活を、ある母親は伝統と生活の融合として受け入れている。一方、その娘は身体的苦痛を訴え、観光客や町の人の視線を悲観しており、タイの有識者は人権侵害を指摘する。

これは世代や知識量の問題で、この風俗は由来不明の因習といえる。だが私には、アイデンティティを民族に求め、自決の資金を得たい欲求と、それを可能にする部外者の無自覚な欲望との間で、伝統保存と人権侵害という対立的な時世の価値観が流れ込んでみえる。

人や社会の欲望に絡め取られずに、全ての人が自分らしくあることの難しさを思った。

 札幌に来てから、天気予報ってこんなに当たらないものだったかな、と思うようになり、今ではほとんど参考程度にしている気がする。(冬場は、気温は見ても、天候は無視していた。降ったところで、雪だから。)


 でも本日各紙が「北日本で大雪の恐れ」を報じているのを読んで、夜まで大学に詰める予定を急遽変更=帰宅。確かに、部屋を出た11時半ごろ、近くの温度計は8.2度を指していたのが、17時半ごろにはマイナス2度となっていて((ちらほら舞う雪が豪雪になるのかしらん…))と思ったけれど…今のところ豪雪の気配は…ナイ。また、外れるのかな…。


 今のところ、昨年よりも雪はけが良いことから、((このまま春になって、はやく自転車に乗れますように(>人<)))と祈りつつ、マンション裏の駐輪場で雪に囲われた自転車(自転車が取り残されたように雪が積もっている)を眺める毎日故、この予報は、当たらないで欲しい。でも、自分はその予報があるから、帰宅したのではある。  (銃弾が飛んでこないことを願いながら潜むような心地、か。願いと、自分の行動とが、ずれている苦しさ。そしてその願いの先は、自分には到底及ばないこと…なのだろうか。縮こまって祈るのは、お天道様の前だけでいいんじゃないだろうか。)


 通学路に、梅の木に似ているものの、何の木かわからない木があった。最初は丸坊主だったその木に、葉が茂り、花が咲き、実がなってゆくのを毎日見ていた。((実が落ちてきたら食べてみよう))と思ったその日の帰り道。木に近づきつつあった私の前に、黄色い実が1つ落ちてきた。手の中でぱくっと割れた、甘酸っぱくてみずみずしい完熟の杏。初めて食べた生の杏は、少しくらい味が薄くても、極上だった。偶然、かもしれない。でも、必然だと思った。恵みとは、何もないところに降ってくるものではなく、思い願った者に降ってくる、こういう言葉のない喜びなのかもしれない、と思った。

(偶然か必然か、あるいは全ての物事は考え様だけれど、考え様に過ぎないのではなく、その考えが、世の中を如何様にも形作る。思い込みは、過ぎても人に及ばない限り、思い込んでいていいんだとも思う。そして、思い込むよりも、思い込みに気付き、修正を恐れないことに、注意を払えばいいのだろうと思う。)


 「あんずよ花着け 地ぞ早やに輝け あんずよ花着け あんずよ燃えよ」(「小景異情」その六)  実をかじった時、心を沸き立たせるような詩句が、こみ上げてきた。朔太郎よろしく犀星も好みじゃないけど、朔太郎同様犀星のことばは身に染み込んでいること少なからず、溢れるように出てくることがある。(思い出そうとすると出てこないのに。試験と一緒。)


 都でも故郷でも異土でもない、遠きみやこから響いてきた歌。あらゆる場所に連なり、しかし離れている者が知る、孤高の場所は、何も犀星の居場所だけではない。ただ、気付かないだけで、あらゆる人の中にある。気付くということが、違和を発見することなのだとしたら、人の数だけある遠きみやこは、内実として共有されることはないが、それがあるということは知ることができる、危ういものなんだろうと思う。そんな危うさを、知る人も知らぬ人も、感じているから、言葉なく喜びを分かてる人や物事を求めるのかもしれない。


 あの日、杏の実は、落ちてきた。

 いろいろなことを思った。

 今宵、雪は、恐れるほどに降るのだろうか。

 思考の糸口は、たったそれだけの心配であった。

 内藤正典氏(一橋)の講演会。

 久々の講演会でもあり、学部以来遠のいていたイスラムとヨーロッパの話。昨今ムハンマドの戯画をヨーロッパの各紙が掲載したことで、ムスリムの空気が不穏になっていることはテレビがなくとも、一応知っていたけれど、テレビのニュース等では大々的に取り上げたのだろうか。今日の講演会は、そのムハンマドの戯画に対して、なぜ、どのような感覚で、ムスリムが憤っているのか、またイスラム教(コーラン)理解について、フィールドワークをもとにした話だった。

 内藤氏のことは、新聞・本やメール(東京方面での講演会のゲストとして)で知っていたけれど、非常にお話の上手な方で、それだけでも感動。わかりやすい、おもしろいはもちろん、フィールドワークからの語りだからか、話を通じて、ムスリムという存在自体が非常に身近に感じられた。…以下、母に送ったメールの感想文。

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 私のイスラム教知識は非常に浅い(高校レベル)なので、原理的な知識を聴いて目から鱗の連続でした。
 たとえば、原罪意識はナイそうです。ただそれだけ聴くと、((へぇ))ってだけなんだけど…ムハンマドは知っての通り、最後にして最大の預言者としてに神の言葉を伝えた人。つまり、それ以前のキリストのことも、預言者として認めている。ただし、キリスト「教徒」が、キリストを三位一体(神・キリスト・天使)として崇めたり、キリストが原罪を背負って生まれた、という解釈に、コーランはノーと言っている。キリストは神ではない(崇められるのは、神のみ)し、生まれたばかりの何も知らない子に罪があるわけがない、と。確かに確かに。
 そうして、子は無罪なのだから…生まれた子供には平等の配分がなされるべき、ということで、子供が生まれれば一夫多妻はその責任を果たす方法でもある。ただ、ムハンマドは13人も妻がおり、それは居すぎ??ということで、4人まで、という制約が書かれている。もちろん、4人の妻を平等に愛せなければいけない、という条件付で。だから、現実的には一夫一婦の形態が主流。(経済的に、大変です)。
 また、これは知ってるかもしれないけれど、コーランに反するような行為(悪行)をした時、イスラム法学者(ウラマー)に相談に行って、その悪行を償う方法として物乞いにお金を差し出せ(善行)、って言われることがある。悪行をした時、アッラーからの罰を恐れて、善行をすれば全て償われる仕組みになっているから。(そして償いの善行として無産の者に有産者が施しをすることで、お金が回る。=商業的合理性。禁じられたお酒を飲んでも、翌日施せばいいので、飲む…なんか論理がおかしくないか?と思う)
 「全てはアッラーのために」という言葉を聴いたことがあるけれど、その意味は非常に深くて、何かに失敗したりした時、日本人なら自分を責める、ということがあろうけれども、彼らムスリムは、「アッラーがお望みにならなかったからだ」と、非常にポジティヴに考えるんだって。友達との待ち合わせ約束を破って、「なぜ来なかったんだ?」といわれても「アッラーがお望みにならなかったからさ」で済む…責任逃れ(こういうと非常に暴力的)、よく言えば結果預託…どう言ったところで、結果責任は全てアッラーにあることになる。
 ついでに、人の生死もアッラーに委ねられている=自殺は地獄行きを意味するので、ムスリムに自殺はアリエナイ。自爆テロが自殺じゃないっていうのは、根本的なところで、イスラム教が自殺を放棄してるからなんだろうね。じゃ、鬱病はないのか、というと、仕事を苦にしての鬱はないけれども、家族のストレスで鬱になるんだって。なるほど。
 また、ムハンマドは商人だった。その慣行を記したスンナと呼ばれる書物にも、俗人として記されていて、イエスのように奇跡を起こす人、ではない。人間の欲望も否定されない。でも、欲望のままに生きていては、社会が乱れる…律法が必要…で、コーランには聖書と違って、神がムハンマドに預けた日常生活のルールが書かれている。この上で「全てはアッラーのために」というと、絶対服従のようで、フランスでは人間の主体性を認めていないと言われるんだけど、実際には、何の欲望も否定していないし、実際には悪行をいっぱいしているのでもあるので、一概に「主体性否定」ともいえない。一夫多妻にしても、一夫一婦の国でどれだけ一夫一婦が守られているか、とか、非嫡出子のことを考えたら、イスラム教の方が人道的に正しいと思う。
 …で、ヨーロッパとムスリムはいろいろに、すれ違ってるんだな、と思った。もともと黒人にしてもムスリムにしても、労働力移民として受け入れたことが、ヨーロッパ移民問題の起源。そして移民の出身地は、イスタンブールみたいな大都市ではなく地方。言葉も通じない田舎もんが、いきなりヨーロッパの大都市に来た、と言うことになる。ただでさえ外国人差別はあるけれど、言葉が出来ないことでゲットー化(ムスリムコミュニティの形成)し、より一層ヨーロッパ人との対立は深まる。そこに強力なムスリム指導者が入り込んで…とココまで来ると、昨今のアル・カイダの話とリンクしてくる。…最近の新聞で、中国人女性が幼稚園児を殺害したっていう話が出てたけど、アノ人は一人だったから一人で行動しただけのように見える。ヨーロッパのムスリムは、彼女のような人たちの集団なんじゃないかな。…ただ、ヨーロッパの場合、学校制度がある意味平等ではない(学問系か職業系かに分かれたりする)ことから、学校が分かれる時、ゲットーで育ち、言葉を解せないムスリムの子達が学問系に進む率はどうしても低くなる。教育の程度が人間を決めるとは一概に言えないと思うけど、そういう憂いが、ヨーロッパ諸国にはあるらしい。
 ちなみに、今回の話題の1つは、ムハンマドの風刺画のことだったんだけど、偶像=「描く」こと自体を禁止しているので、どのように描こうと、描けば怒ったとのこと。つまり、たとえ神の使徒として恭しく描いたとしても、怒ったって。ふーん。
 そうして、内藤先生の課題は、キリスト教系の国々は、人が作った法で生きている。一方、ムスリムは、アッラーの啓示、つまり神の法で生きている。人が作った法と神が作った法の共生は可能か??ということ。
 ムカシ恵泉に来てたキリスト教音楽の先生は、ユダヤ教とキリスト教とイスラム教は全て同じ神を崇めていて、多神教の人たちは唯一神を許容できる…といった趣旨で共生できるみたいなことを言ってたけど、どうなんだろう…。「同じ神」を崇めてる人たちの中の最大の亀裂が、法が人手か神手かということなら、一神教/多神教以前の一神教/一神教の裂け目を考えるのは難しそう。で、内藤先生は「無理なんじゃないか」と最近思ってるんだって。アララ。共生できる、と思ってたんだけど、このごろは3ヶ月に1つ、大きな事件が起こるんで頭が痛いそうだよ。近著は岩波新書赤版(既知)、4月にはNHKBOOKSから出るそうです。チラチラ思い出されることもありながら、知らないこともある…やり直すなら今か、と思った。
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有意義な2時間余、ありがとうございました。帰り道、元気に歩いて帰れました。

今日は家を出るまで気が重かった。

昼前には出る予定で思ってたけど、朝9時まで風呂に浸かってて、10時まで寝て、10時に目覚めると同時に宅急便を4つ受け取り、それを片付けながら2度電話して、結局4時ごろになった。

16時半に図書館について、必要な資料を手にとって、本当は論文の手直しをすべく4階に上がる予定だったけど、怠けて、1時間暖かい3階で寝てしまった。17時30分に覚めて、必要なのだけ借りて中学校まで。


体育館で、夕方から夜にかけて、バレーボール(2回目)をした。

前回はびくびくして全然参加になってなかったけど、今日は人が少ないのと、なんか張り詰めてた緊張感が抜けてたので、遅足を除けば、迷惑をかけることもなかったろう、と思う。もっとも、2度顔面に直撃して、メガネがゆがみまくったのではあるけれど、ヒサビサに顔面にくらったボールは、爽快だった。(マゾっぽいか・・・)


20時半までで切り上げて、21時過ぎに体育館を出て、食事。帰ってきたら23時40分。

玄関先のお花がいいにおいだった。

明日は横浜から人が来る。

起きられるかなあ。

今日、論文指導が終わってから、駅まで郵便出しついでに散歩した。

franc francで白・黒・透明のフラワーベースを見、白いベースにはチューリップが似合いそうだと思った。

大丸を回って戻ろうと、ラジオ公開収録ブースの前を通った。

「ミス小浜」がチューリップを配っていた。近くに行ったら、「どうぞ」と花束。左から若い男の人がサッと一輪の赤いチューリップを出して「どうぞ」。ミス小浜の方ばかり見ていたので、イケメンのお兄さんにびっくりしつつ、既にミス小浜にむかって出ていた手を引っ込めるのも…こっち束だし…ミス小浜から貰った。シチュエーション的には、イケメンのお兄さんの出し方に、はっと赤らんでしまったのだけれど…御免なさい(__)

でも、まだ雪深い札幌で、あろうことか今先ほど夢に見ていたチューリップをもらえるなんて、ほんとに夢のようだった。春だ春だって、嬉しくて嬉しくて、ニタニタニタニタ歩いた。

今日も図書館日和だったから、戻ってきたのは10時過ぎだったけど、チューリップは頑張ってくれました。

玄関は、スイトピーと饗宴して華やかで、いいにおい。チューリップってこんないいにおいしたっけか、って思った。


光る君は18日までに30以上の会議が入ってるんだって。今日も、私の指導の前に会議が入ってて、それが1時間も延長で、急いで来てくれたところに出会って、「まだ最後の方読んでないから、あと20分待って」「30分でもいいですよ♪」と言って、30分後に行ったら、今度はちょっと私が遅かった??くらいの感じだったけど、それから延々1時間半デートでした^^;

前よりはマシだけど、また書き直し。思わず「出来ますかね」って言った。こちとら、笑うしか、ない。


でも、つくづく、光る君は大変だなと思った。

すごく頑張ってるな、って思う。

ガンバロウ、って思う。

頑張るよ、先生!

論文を先生に提出してから2日。夕方にメールが入っていて、指南は明日の14時に決定。

これで3度目のチェックだけど、OK出ないだろうなぁ…至極弱気。

タマタマ全体の配分は悪くなさそうだけど、どう考えても、無知です、って書いてある…。でも、来年度は2つ以上論文を書く!と心に決めてるから、そうも言っていられない…。これが第一号になる予定、なのだし…。


今日は映画を見てきた。


「メゾン・ド・ヒミコ」と「ふたりの5つの分かれ道」

どちらもシアター・キノでやってる時に見そびれた作品。


「メゾン」の方は、話として面白みはあるものの、話の展開は途中から想定内だな、と感じる一作。撮り方やオチの付け方がドラマっぽく=ありがちに感じられた。あんまり、技術的な側面からは、批評しないで観たいかな。大分前に、高級な老人ホームのドラマ(題名忘)があったけど、オカマの老人ホームっていうの、ありえて欲しい、と思った。金銭苦が物憂い感じで語られることで、トゲトゲしさがなく、重たいんだけど、重苦しくはない、そういう感じを与えるところは、オカマならではかもしれない、と思った。ヒミコが常に高根の花に見えるのも、描き方として、ウマイからなんだろうな、と思う。近づきすぎず、遠すぎず。


「ふたり」になったら、客席はがらんと…5人くらいになった。のっけから赤面しかける映像だけど、5つの切れ切れの場面が、観終わってから、味わえる作品だった。観てる時は、場面の間の空白が、時間が逆戻しであることもあってか、一瞬「?」と思うんだけど、ふたり、あるいはふたりを取り囲む人たちの時空をぱっと切り撮ったような撮り方が、後になっていい感じに思った。物語化しない、そのあり方が、良かった。性愛観には、日仏の違いがあるとは思うけど…。


今日は前に見つけていた透明な吹きガラスの花瓶を買ってきた。思っていたより悪くないカタチ。ただ、挿したスイトピーが、ちょっと参ってるので、心配。日曜日まで、持つかしらん。


明日は、いざ出陣。

((ねばった割りに、コレかぁ))って、光る君のぼやきが聞こえてくる…。ケーキを焼いて持っていこうと思ったけど、ゴマカシに思えそうなので、却下。でも、今日、ヒサビサに古本2冊ゲット!しかも神田龍身氏の幻本とファビアンの研究書。どっちも前から目を付けてた逸品。


春は、読もう。

死亡記事を見ると、いつも思う。

「ひとつの時代が、終わったんだな。」


今日の死亡記事はベティ・フリーダンと明石家さんまさんの父。


ローザ・パークス、コレッタ・スコット・キング(キング牧師の妻)に次いで、60年代が徐々に遠のいていく気がした。もうそろそろ、半世紀が経つけれど、60年代の再評価ができる時代になりつつあるんじゃないかな。単純に熱さに涙し、声を上げたことを、もう一度、そんなに単純で良かったのかなって、振り返れるだけの時間は経ったと思う。でも、今再び、単純に涙し、声を上げてしまう時期に差し掛かっているような気もする。正しさと時流は、必ずしも合致しないし、恒久の倫理なんて、ないと思う。でも、あちこちで生きている人が、あちこちでまっとうに生きられるようにする努力は、必要だろうと思う。


さんまさんのお父さん。さんまさんは仕事を休まず、お父さんのことは師匠とかごく近しい人だけに伝えたみたい。もちろん密葬。

さんまさんらしい、と思った。公私をきっちり分ける、っていうより、芸能関係と一般を分けているのかもしれないけれど、いつもと変わらない風にしているところ、一流だと思った。さんまさんがチラッと私事を喋る時、私はいつも、さんまさん流の愛情が痛くて、涙出るけど、カッコイイと思う。ごはんの食べ方が汚かったり、ひき笑いだったり、嫌いな人はそういうところが許せなかったりするんだろうけど、難癖つけられるところがなかったら、息苦しくて付き合いきれないと思う。それくらい、さんまさんは、生き方が、考え方が、潔くて、カッコイイ。がんばろう、と思った。さんまさんの時代は、まだまだ続くと思うから。

今日は節分。明日は立春。外は雪。

北海道に初めて上陸してから、もうすぐ1年になる。

1年と言っても、1ヶ月分は横浜に行ってたから、賞味まだ10ヶ月だけど。


その間、知らなければいけないことは拒絶し、

知らなくてもいいことはたくさん耳に入ってきた。


無知ゆえの幸福、と言う時、それは無知を馬鹿にしているように聞こえる。

でも、同じ答えを導き出すのだったら、無知でいいんじゃないかと思う。


明日も、電話は来ない。あさっても、その次も。

そうして忘れられていくことを、望まなくてはいけない。望むことで、これまで私が望んできたことは、叶うのだから。


それでも、待っている。

忙しい時期だから、来ないんだと、思いたい自分がいる。


一旦弱さを口にしてしまうと、こんなにも崩れるのかと思うほど、弱い。

昔が強かったのではなくて、昔から今と同じように弱かったのだろうけれど、もうすこし頭がサッパリしてたんだろうと思う。あるいはもっと、体力があったんだと思う。

昔の私は、人を信頼はしても、期待なんて、しなかった。こんなに、疲れもしなかった。


死にたいのに死ねない、その意志の弱さに震えた時、私はまだ小学生だった。

あれから15年。

北海道の雪山が、待っていてくれるような気がしてからというもの、私は安らぎを感じるようになった。誰にも知られない、そして、叶うこともないような、遠い夢…そんな感じだった。


今日の最高気温はマイナス7度。

雪山は、いたるところにあるけれど、私を待っていてくれるように思ったのは、日高山脈だった。札幌からはちょっと遠い。でも、横浜に比べれば、すぐそこ。

その、すぐそこに、行く勇気、出るかな。気温だけならココでも充分足りてるけど、私には、山がいい。


母は、預言者になることがある。

正月に行った時、言ってた。「時間が合えばいいよ、っていうと、断られたと思うらしいんだよね」って。

そんなの、アタリマエだと思った。もっとも、私の場合、誰に対しても、「いいよ」って言ったところで、気後れが前面にでてるんだろうね、大抵、実行に至らない。

札幌に来て、聴いた。「時間が合えば、いいですよ。」


私、この言葉を、どう受け止めたらいいんだろう。

それでもう何日、呆然としてるんだろう。

それでもう何日、泣いてるんだろう。


もう、疲れきってるの、わかってるけど、それでも、どうしようもないんだ。止まないんだもの。

このところ、露骨に言葉が響いてる。

助けて、助けて、って。誰も助けてはくれないって、わかってるのに。

でも、どうしようもないんだ。


そう、このブログも、私がどうなったところで、誰にも知られない。

私が、いまここで、泣いていることを、誰もが知らないように。

だから、こうして、書き遺す。

私とこのブログを追跡できるのは、このパソコンだけで、このパソコンから、追跡できる人は、私より他に、いないから。


いつか夢に見た、炭鉱トロッコでぎゅっと肩を抱き寄せてくれた大きな人。あれは、誰だったんだろう。暖かくて、至極安心した。起きて、涙出た。あんなにほっとした気持ちになったこと、なかった。

光る君にぽんと肩を叩かれた時、あの時と同じような感じがした。腰が砕けるかと思った。でも、光る君はあの人ではない。夢は、夢でしか、ないんだろうな。これまでいくつ、届かないと思ったこと、あるいは夢にも思わなかったようなことに、手を伸ばしてきたか、わからない。でも、夢のままに終わるものも、なければいけないんだろうと思う。きっと、これは、その夢なんだ。