寮 美千子
寮 美千子さん


 NHKラジオの「明日へのことば」の番組を、若い人の目に留まるかと思われ投稿を続けていられる方のブログより


2017年1月21日土曜日

寮 美千子(作家・詩人) 

・心をほぐす詩の授業 ~奈良少年刑務所での取り組み~

 61歳、10年前、平成17年から去年9月まで、奈良少年刑務所の受刑者を対象に月一回の詩の授業を行い、受刑者たちの作品を2冊の詩集にまとめ出版しました。授業に参加したのは皆と歩調を合わせるのが難しく極端に内気で自己表現が苦手な少年たちでした。どんな授業が行われたのか、少年たちの反応はどうだったのか、詩を作ることにどんな効果があるのか、伺いました。

聞き手の紹介のあと、お話が続きます。

 東京生まれ、コピーライターを経て、昭和60年に毎日童話新人賞を受賞し、作家活動に入り、平成17年『楽園の鳥――カルカッタ幻想曲』で泉鏡花文学賞を受賞、平成18年奈良市に移住。
地方都市に住みたいと思っていて古い歴史があって田舎くさい奈良あたりで静かに余生を過ごそうと思っていた。

 明治41年に竣工した建物で明治5大監獄の一つとして建てられました。ほかのところは改築とかほとんど残っていないとかしてますが、奈良の刑務所だけはずーっと残ってきました。

 江戸末期開国して、不平等条約を諸外国と結ばされてしまって、そのひとつが領事裁判権ということで外国人が悪いことをしても日本の司法でさばけなかった。これを解消してほしいといったところができない、と言われて、ろくな監獄もないといわれて、司法省の建築技官山下啓次郎を派遣して世界30数か所の監獄を見学して作ったのが、5大監獄だった。

 奈良の監獄は大変立派でありながら威圧感がない、修道院のような感じで、心がなごむような場所です。国の重要文化財に指定された。取り壊しの話があったが「奈良少年刑務所を宝に思う会」をつくって会長にジャズピアニストの山下洋輔さんになっていただきました。(祖父が山下啓次郎)

 17歳から25歳の人たちが入っています。定員は696名ですが、9年前は740人入っていましたが、いまは定員により少なくなってきました。3月で閉鎖になります。(耐震強度不足と少年犯罪自体が減ってきている)

 明治の名建築があるということだが入れなくて、年に一度の公開日があるということで行ってみたら、建物も感動したが、受刑者の詩や俳句や水彩画を見てものすごくびっくりしました、とても繊細でした。それまで抱いていた考えとはまったく違っていて、教官の方とお話をしたのがきっかけで話をするようになりました。

 2005年、6年に明治以来変わらなかった法律が変わって、教育をして構成をしてもらう教育機関としての価値が大きくなって、社会性寛容プログラムをすることになって講師してほしいとのことだった。
①絵の教室
②ソーシャルスキルトレーニング(人にものを頼む、断る、挨拶など)
③言葉を使った文学の教室

 文学の教室を担当。月に1回、6回で終了、一回は1時間半。受刑者は強盗、殺人、レイプ、放火、薬物違反者などと言われた。少ない時間では効果が上がるとは思えなかった。怖かったので夫と一緒に講師をしてきました。みんなと歩調が合わない10人が対象者でした。

 最初、衣装を着たりして絵本を読みます。拍手されたりするとだんだんやりたいという雰囲気になって、1時間半過ぎると雰囲気が全然違ってきます。3回目から詩の授業をします。
彼らの作品を題材に教室をするようになりました。

 心のつぶやきみたいなものでも何でもいいから書いてほしいと言って、書いてもらうようにしました。それを2冊の本にまとめました。「空が青いから白をえらんだのです」「世界はもっと美しくなる」

そのなかから
「雲」(タイトル)
「空が青いから白をえらんだのです。」1行だけの詩。
薬物中毒の後遺症のある人で自分に自信がないので、いつも下を向いて早口でしゃべってしまう人でした。みんなの耳にようやく聞こえるように読んだら、周り中から大拍手をして、急に普段はしゃべらない人が、話したいことがあるがいいですかと、話し始めた。

最初の一言が
「僕のお母さんは今年で7回忌です。お母さんは体が弱かったが、お父さんはいつもお母さんを殴っていました。僕は小さかったのでお母さんのことを守ってあげることができませんでした。
お母さんは亡くなる前に僕にこう言ってくれました。つらくなったら空を見てね、私はきっとそこにいるから。僕はお母さんの気持になってこの詩を書いてみました。」
というんですよ。
空が青いから私はあなたによく見えるように白という色を選んで浮かんでいますよ、そういう意味だったんです。

 普段は感想など言わないのに、いきなり手を挙げて、
「僕は○○君はこの詩を書いただけで親孝行やったと思います」と云うんです。こんな子が殺人とか重い罪を犯すので、どうしてそんなことになっちゃったんだろうと思います。

「僕は○○君のお母さんはきっと雲みたいに真っ白で清らかな人だったんじゃないかと思います」そんな想像力があるなら、犯罪をしたらどうなるか考えなかったのかと思うが、ぐっと抑えているとまた手を挙げて、

「僕も、○○君のお母さんはきっと雲みたいにふわふわで柔らくて、優しいい人だったんじゃないかと思います」

 また手が挙がって、なかなか声が出なくて絞りだす様に声が出て
「僕はお母さんを知りません、でも僕はこの詩を読んで空を見上げたらお母あさんに会えるような気がします」といって、ワーッと泣きだしてしまいました。みんなが慰めてくれました。

 ひとりが心の扉を開くと連鎖的にみんなの心のが開いて、優しい言葉が出てくる。お母さんを知りませんといった子は自傷行為の子で何度も自殺未遂をした子でした。その日からぴたりと自傷行為が止まりました。

「好きな色」
「僕の好きな色は青色です、次に好きな色は赤色です」 1行だけの詩
どう言ったらいいかわからなかったが、クラスの仲間から手が挙がり、
「僕は○○君の好きな色が一つだけでなくて二つ、聞けて良かったです。」
 と言ったんです。

 同調する声が上がり、さらに手が挙がり、何を言うのかなあと思ったら、
「○○君は青と赤がほんまにすきなんやなあと思いました」
と心をこめて言ってくれました。
詩を書いた子は表情も何も無くて誰の声も耳に入っていないような子で、みんなの感想を聞いて、どんな顔をするのかと思ったら初めて笑ったんです。その日からみんなと話ができるようになったんです。

ふんぞり返って偉そうにしていた子がいたが、声が出ない感じの子でした。
「妻」
「面会で妻の小言に安堵する。妻の小言に安堵する。物言えずうなづくだけの15分。うなづくだけの15分」

 この作品にはみんな共感したんです。
「小言を言ってくれるのはうれしいよなあ、まだ見離されていないような感じがするよな」
というんです。さっきまでふんぞり返っていたのが、きちんとちんまりと行儀よく座っているんですよ。

 やっぱり人に受けとめてもらったという実感を持ったら、自分から人は行儀よくなるんですね。彼は偉そうにしていたのは鎧を身につけていたんです、彼は強い虐待を受けた子で、そのために言葉がよく出なかった、口を開けば叩かれる、怖くて声が出ないので、人に声をかけられないように俺様とやってたんです。受けとめると思ったら鎧は必要なくなったんです。

「風」
「夏の毎朝の吹く風が気持ちい」
この子はひどいチック症。この詩を発表して、
「朝だけだよなっ気持ちいのは」
と周りが言って、刑務所内は暖房も冷房もなく、夏はレンガが熱くなって夜になってもオーブンの中にいるようで、冬は底冷えがしてひび、あかぎれ、しもやけになる子が多くいて、朝だけは気持ちがいいねと共感したら、自分でも信じられないようで、この子のチック症が止まったんです。人ってこれっぽっちのことで癒されるんだなあと思ったし、逆にこれっっぽっちの受けとめもしてもらえなかったんだとびっくりしました。

共感を得られなかった作j品
「刑務j所はいいところだ」
「刑務j所はいいところだ。屋根のあるところで眠れる。3度3度ご飯が食べられる。お風呂にまで入れてもらえる。刑務j所はなんていいところなんだろう。」
賛同者は一人もいなかった。心配で顔を見たら満面の笑みをしている。

 「みんなにいろいろ言ってもらって嬉しかったです」
といって、いろいろ言ってもらえることもなかったのかと思いました。

「いろんな感じ方、いろんな考え方があるんだなあと勉強にになりました」というんです。
金子みすゞさんの「みんな違ってみんないい」と同じような事を彼が言うんです。

 彼は育児放棄にあってご飯もコンビニの廃棄弁当をもらってきて自活して、学校にも行かせてもらえない。小学校も出ていない子で、その子が「いろんな感じ方、いろんな考え方があるんだなあと勉強になりました」と言えるんです。
 
 最初、何かいいことを言ってあげないといけないと思っていたが、会を重ねる度にあまりなにも言わなくなった。その詩の気持に寄り添う、共感するということを大切にして評価はしなくなりました。

 受講生同士が語り合うみんなの心が開いてゆくという授業になっていきました。詩の会になってしまいました。人は人の中で育つんだなと、つくづく感じました。

「出会い」
「良い出会いなんてあるわけないと思っていた。すぐに離れてゆくと感じていた。それならずーっと一人でいいと思い続けてきた。でも今はすべて逆のことを感じている。本当に人生を変えるいい出会いだと思う。もうこれからはひとりじゃない。こう思えたのはあなたたちがいてくれたから。この出会いは僕の宝物です。 本当にありがとう。」
本当に泣けました、でもこれからが心配、みんながばらばらになり、もう会えないかもしれない。

「彼らは、一度もきちんと受け止められたことのない子たちだが、ずーっと傷ついてきた子だが、でもここで一度でも人にきちんと受け止めてもらったという体験があれば、それは彼らの糧になり、きっといつかどこかで受け止めてくれる人がいると希望をもつ事が出来る。ゼロが一になるというのはそれぐらい大きなことだ」と教官が言って下さいました。

「こんな僕」
「こんな未来を僕は望んだだろうか。こんな未来を僕は想像もできなかった。こんな僕のどこを愛せるの。なぜそんなに優しい目で見れるの。大丈夫まだやり直せるよと言えるの。こんな僕なのに。こんな僕なのにありがとう、お母さん。」

 彼らは本当に傷付いてきた子で、加害者になる前の、被害者であったような思いをしてきた人達がほとんどなんです。心が癒されれば、優しさが出てくる。このお母さんみたいな優しい気持ちで受け止めてくれたら、彼らはきっと更生できると思います。
よろしくお願いします。

まったく人を拒絶するような自閉的な感じの子がいました。この子に「嬉しかったこと」を書いてきてほしいと言いました
「嬉しかったこと 僕が今までに一番うれしかったことは友達がいたことです」
ジーンと来てしまって、この子はこんなに人を拒絶しているみたいに見えるけど、本当は友達が欲しいんだ、こんな自閉的な子なのに友達でいてくれた誰かいたんだ、ありがとうと思いました。このクラスを友達と思えて、友達にありがとうと言ったんですね。

詩の力も大きいと思います。
魂の言葉だと思います。
どんな言葉でもこれは詩だと思って書いて、これは詩だと思って受けとめてくれた瞬間にこの言葉は詩になり、その子の人生を変えるきっかけにすらなるんです。

 私は反省しました、いい作品だけが価値があると思っていて、鼻もちならないエリート主義者でした。言葉の力がこんなにあるとは思いませんでした。

 今、言葉はあふれているが、それは消費される言葉で、魂の言葉とは別のレベルの言葉だと思います。心を表現する言葉を吐き出し、それを受け止めてもらうような機会をみんなが持てたらいいと思います。

 この授業を彼らが刑務所に入る前に受けられたら、犯罪しなくて済んだのではないかという気がします。

 困難を抱えている子たちにこの授業をしてみたい。

 普通の人もいんな心に何かを抱えているはずで、仲間、友達を集めての詩の教室も開いていきたいと思っています。

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空が青いから白を選んだのです
空が青いから白をえらんだのです ―奈良少年刑務所詩集― (新潮文庫)

美しい日本の刑務所
写真集 美しい刑務所 明治の名煉瓦建築 奈良少年刑務所2016/11/7
寮 美千子、 上條 道夫