usumurasaki

usumurasaki

Freeml、mixi、Facebookで、artist &guitarist 伊勢正三ファンサイトownerをして参りました。5500通を超えるFreeML20191202終焉に際し、新たに語れる場所をとblogを始めます。maniacに個人的に伊勢を語りまたく、お付き合い頂けます皆様、宜しくお願い致します。

Amebaでブログを始めよう!

実は来年、なごり雪50周年になる。

 

大分の方から伺った。地元では、津久見市政もメモリアルな年になるとのことで市庁舎もリニューアルされるそうで、津久見はまたとてもよい盛り上がりの中にある。。

 

昨年、11月29日の佐伯Liveの前日、翌日含めて大分と津久見のみなさんとのコミュニケーションは、昨年から引き続きさらに深く厚くなったような気がする。それはとても私にとっては特別なことで、やっとこんな風に文章がある程度書けるようになってきたけど、本当にこころが上ずってしまってる感じで、一気に深く親しくなってしまった地元のみなさまとの繋がりに、驚くとともに気恥ずかし気持ちもあったりなんかして、なんだかおかしな感覚がずっと続いてた。

 

そんなわけで、本気で移住を考えたり、土地をくださるファン友さんまで現れたりして、なんだか大分にまだ、心がずっとある。

 

そんな大分は、東京から1500キロ。茨城からはさらにプラス100キロ。

この距離感がわかると、名曲『なごり雪』への想いはより具体的になる。なごり雪は、今や心の名曲でどんな場所にいても、どんな生活をしていたとしても、人間の琴線に触れてくる曲と詞は、否定しようもないことなので遠い距離を今論じたとしても、この名曲の前にどんな言葉もそんなの超えていくのだけれど、、でも、、でもね、、

 

絶対に理解出来るかどうかって、距離と心と人間と、、物理的に離れて暮らすというか、あ~、今この時代に語ってもわからないかかな。わたしはね、、島根県出身の両親に、名古屋で育てられたから、名古屋から島根までの500キロが当時は大変遠くて、、島根に帰ってから名古屋に戻る時の、おばあちゃんたちと両親の別れ際だったり、両親が島根を思う距離感を感じて生きてきた感覚があって、、今、わたしも、育った町名古屋まで500キロのところに住んでいて、物凄く帰りたくて、帰りたくているから、、距離への想いって、これはやっぱりあると思っていてね。。

 

今から50年前の日本で、電車移動だった頃、東京駅と津久見駅をつなぐ線路の切なさというか、このとてつもない距離、すぐに行けない距離って、、すごくすご~く堪らないくらい切なくて。思えば思うほど、凄い曲だな~と感じるわけです。

 

今、茨城県に住んでいて、この土地に住む人はこの土地がとても肥沃で、古事記には常世の国とあるように、アルカディア理想郷と謡われた場所だから、日本海側が大雪だとめちゃ大晴天の冬だし、お水も豊富、晴天続き、暑さも湿気があまりないので、結構軽く受けている感覚のところだから、誰も他に転居を考えないし、地元で生まれた人はなおさら外に出ないから、、そんな切ない感覚なんて、、全く、誰も感じていないように思う。それは、地元の人には幸せな事なのだろうけれど、、遠くに故郷を持つ身には、理解者がいなくて、、どうしようもないほど、そういう意味で切ない。。

 

ノー天気で、切なさとは無縁な地域に来た事を、一つ一つ考え込む性格だった自分にはよかったと感じていたのに、今、とてもそれが寂しくてたまらないです。正やんが茨城でLiveをされた時、遠慮なく演奏中に立ち歩き移動する人たちが沢山いて、ファン友のみなさんから、どういうことなの?と聞かれた。文化的感覚、切なさとは無縁な地域、遠くから来た人への想いも西の人たちとは、全然違う。わたしはそんな風にならないと思って、やっぱり35年過ぎても気持ちは変わらなかった。

 

少しあと少しの人生を西日本で暮らしたい。名古屋にまず、戻りたい。島根にも大分にも、住みたい。なんて、、わがままなのだろうか。この距離に対する切なさがわかる人たちに囲まれて、生活をしてみたいと思うこの頃だ。

 

freeの仕事が一つ決まった。場所を選ばない。もう一つの仕事も場所を選ばない。軌道に乗せて、少し、名古屋や島根や大分で仕事してみたい。もう、両親もいないし、友人も地元には少なくなってるけれど、、でも、味覚と人恋しさを共有出来る、おせっかいな人たちに囲まれて、叱られたり、干渉してもらえる、人との繋がりの濃い場所で、思い切り人間の中で、関わりを持って後半の人生を生きたく思う。。

 

なごり雪50周年を前に。。

 

“僕はまだ一人じゃない”

 

の意味をずっと考えてた。正やん、本当に、ひとりになってしまわれたのかなと、、

 

曲をつくるために、形だけ、一時だけ、一人になるのだと思ってた。。

 

その恋は、本当だということなのかな・・

 

正やんは一人じゃない、、永遠に一人なんかじゃない

 

わたしたちは、ずっとついていく

 

少なくとも、、誰もいなくなっても、わたしはついていく。。

 

それが夢なのだけどね(*^-^*)。

 

いつも笑っていられたらとおもう。。

 

正やんの故郷大分に11月末に行って以来、、魂を置いてきてしまって、未だに平常心になれなくている

 

来年は、真面目に仕事しないと追っかけ出来なくなっちゃうから、、仕事頑張らなくちゃ。。

 

正やん、一番居心地のいい場所にいつもいてくださいね。。

 

誰かそばにいてくれてるのかな、、本当に心配してる。

 

来年は、凄い一年になりそうで、、早くコロナが終わってくれたらと心から思う。。

 

名古屋と大分と島根を往復するような生活をしてみたいな、、

 

まさに夢だけど、現実になりそうな気がしている。心に思うと必ずかなうから、、

 

大分の海と秋の葉を栞にして、、夢を描いて新しい年に向かえたらと思う。。

 

 

そう、ただいま恋愛中、、という言葉がこんな今の私にぴったりだ。

 

ヤバいな~

 

すごくヤバい。。で、なんだか嬉しい。。

 

う~ん、

 

先日の大分佐伯Liveは、その前後の日程も合わせてわたしには、もう、特別すぎて、、ヤバいのでした。

 

きっと独りよがりだし、勝手な思い込みだし、自意識過剰だし、、でも、めちゃ幸せな気持ちでいて、

 

具体的にどうこうってないんだけど、、なんともドストライクな感覚が消えなくて、、。

 

恋愛中だと、、勝手に肌の調子がよくなる。内臓脂肪が減る(笑)。不思議な状況になる。。

 

Liveがある日は、きっと自分は一番自分の中では綺麗な気がする。

 

こんなイマジネーションの中での、大恋愛をきっとこのあとも、一生、思い入れの中で続けていくのだろうと思う。

 

それで、幸せで、もし、綺麗になれたとしたら最高だ。

 

来年は、正やん50周年。。

 

優しくあったかい、お祝いが出来たらいいね。

 

ふわふわ有難いほどの、、思い込み、、勝手な恋愛妄想は、、まだまだ、続きそうだ。。       usu