音譜あまりに有名なラトビア生まれの名曲ですが、日本ではロシア歌謡として広く知れ渡っています。それは、ロシア(当時はソ連)の人気女性歌手・アラ・ブガチョワが1983年にシングル盤で発表し、大ヒットしたからです。それを受けて、日本でも、たくさんの歌手がカバーしましたが、加藤登紀子さんの歌が最もヒットし、まるで日本生まれの歌のように錯覚させるほどでした。
音譜調べてみると、この歌は元々バルト海に面したバルト三国の一つ、ラトビアで1981年に生まれた曲で、ラトビア人の作詞作曲によるものです。原題は「マーラの与えた人生」。マーラとは古いラトビア神話に描かれた女神で、神々の中で最高位の神だったようです。内容は、この女神、マーラがラトビアの人々に与えた人生は幸せなものではなかった、という悲しい物語です。なぜか? それは、ラトビアという小さな国が近隣の強国、スウェーデンやロシアから侵略・支配され、独立国家としてなかなか歩めなかったからです。発表された81年は、まだソ連支配下にありましたから、抽象的な意味合いでラトビア民族の悲哀を歌うしかなかったのでしょう。
音譜ところが皮肉にも、この歌はその切ないメロディでソ連国内にも知れ渡り、ラトビア語の原詩では面白みがないので、ソ連人の作詞家がソ連邦の一つ、グルジアに実在した画家のエピソードを基に切ない恋物語に変えました。それが「百万本のバラ」というタイトルの由来です。売れない画家が恋した女優に自分の思いを知ってもらおうと家を売り、町にあるありったけのバラの花を女優の泊まる宿の窓の下に敷き詰め、彼女がどんな表情を見せるか、物陰からそっと見る、という内容です。これがアラ・ブガチョワの憂いを含みながらも、どこか明るい歌唱法でソ連国内で大ヒットし、ソ連崩壊まで長年にわたってソ連国民に親しまれてきました。だから、ロシア民謡と誤解されたりしたようです。
音譜加藤登紀子さんは自ら日本語に訳し、さらに曲にアレンジを加えたことから、まるで日本生まれの歌謡曲みたいに親しまれ、大ヒットさせたことは周知のとおりです。加藤さんのカバーもとてもいいのですが、ぼくが聴いて感心したのはカバーの名手・徳永英明さんの「百万本のバラ」です。加藤さんとは正反対に、実に深刻に歌い上げています。おそらく徳永さんなりにどう歌うかを考え抜き、画家の立場に立って、思いが伝われ、伝われという悲痛な歌い方を選んだように思います。ロシア語でカバーされたこの歌は本来、そう悲痛な恋物語のようには描かれていません。だから、女性歌手がカバーすると、どうしても明るい、のどかな恋物語として歌われてしまいます。皆さんは、はたして、どう感じられますか? それでは、お聴きください。



徳永英明「百万本のバラ」