何事もなかったかのように月日だけが過ぎて行った。いつしか空から白く冷たいものが降りて来て冬を知らせる。

私は、積もる雪に熱い想いを埋めて、翌年春を待たずに結婚した。

平凡で真面目な人だった。同じ職場の同僚で以前から求愛されていたが、心のどこにもそれを受け入れる余裕などなかった。

だけど、戻れない道を後にして、遠く離れて気をもんで疲れてしまう人を待つより、こんな人と一緒になったほうが、幸せになれるんだと思った。自分が好きより、相手から好かれ、望まれて結婚する方が幸せになれるんだと思った。

 

結婚生活はすぐに破綻した。いや、最初から無理なことだったのかもしれない。私は両親の猛反対を押し切り勘当同然で結婚した。そうして転がり込んできた嫁に夫の家族は冷たかった。頼りの夫は結婚前とは別人だった。

子供を連れて家を出た。3年に満たない月日だった。

 

 

勘当した娘が子供を連れて帰って来て、歓迎などされる筈がない。何を言われてもじっと我慢。子供を育てるまでは、歯を食いしばって耐えねばならない。

母は世間に顔向けができないと半狂乱で怒鳴りまくったが、父からは雨風だけはしのいで良し、ただし、自分の力で生きよ、と言われ実家に戻ることを許された。

私は一切の公的援助を受けず就職先を探した。おいそれと働き口は見つからない。職業安定所で紹介された会社に行くと、多くのところが父の会社の取引先で、「はぁ、お嬢さんですか。大変でしたね。」と、同情とも何とも覚束ない挨拶を受けるが、採用にはならない。当時離婚して実家に戻るなど不埒な娘だと言われるのが関の山だから、母の顔はともかく、父の顔には泥を塗ってしまったかもしれない。

 

一か月くらい経ったある日、幸いなことに独身時代に勤めていた会社の同僚から関連会社の再就職の声がかかった。

私は無我夢中で働いた。

 

 

約束の「あの角」は確かにあの角だったが、流行りのカフェができており、テラス席には何組かの若いカップルがいた。須郷はそこで私を見つけると、コーヒーカップを持った方と反対の手をこちらに挙げて合図した。

 

午後のお茶は少し乾いた私の喉を適度に潤した。季節の風が心地良い。

 

 

つづく

 

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