【境界~夢を見せる】(2)
世界トップクラスの科学者育成を目的に、2003年度に設置された超エリート高校の韓国科学英才学校。釜山の高台にある学舎の庭には「ノーベル公園」と名付けられた直径10メートルほどの円形緑地がある。
中心に木が植わっているが、この形状は永遠ではない。将来、同校出身者がノーベル賞を取ったあかつきには木を抜き、受賞者の銅像を建てるのだという。韓国の受賞者は目下、平和賞の金大中元大統領だけだが、同校は「設立後20年以内に、自然科学分野のノーベル賞受賞者を輩出する」とはっきり標榜(ひょうぼう)している。
韓国では約30年前から、将来国家を背負う人材を育てる英才教育に力を入れてきた。1986年に科学高校、92年には外国語高校や体育高校、芸術高校を「特殊目的高校」と定義。中でも科学技術系は、明確な国家意志として制度設計を進め、2000年に「英才教育振興法」を制定。科学高校のレベルや教育自由度をさらに高める形で科学英才学校の設立へとつないだ。
現在4校に増えた科学英才学校は、英才教育の最高峰に立つ。生徒は、学費や寮費が実質無料となる特別待遇や高い教育環境に恵まれながら、米大学院進学を視野に、ひたすら勉学にいそしむ。今春の入試競争率は平均18・2倍に達した。
「政府の強力な牽引(けんいん)で世界でも珍しい才能教育体制を短期間で作り上げた」。韓国教育に詳しい石川裕之・畿央大助教(34)=比較教育学=は「一点突破の人材育成は、韓国のお家芸とさえいえる」と話す。
□ □
科挙制度千年の歴史をもつ韓国は、歴史的に学歴重視や序列化志向が高く、国民の受験熱はとりわけ高い。半面、受験競争の過熱はたびたび社会問題化し、制度改正が繰り返され、現在の高校進学率はほぼ100%に達する。それでも「将来のため、少しでもいい大学へ」という意識は強く、親たちはわが子に多大な教育費を費やし、子供たちは必死で机に向かう。
選別主義的な英才教育に対し、かつては社会的批判が巻き起こったが、韓国が近年経験した国家存亡の危機が、流れを一変させた。
韓国で「IMF危機」と言われる1997年のアジア通貨危機。韓国通貨や株価が暴落し、同年末には事実上、国家経済が国際通貨基金(IMF)の管理下に入った。企業倒産が相次ぎ、失業者が増大した。
戦後順調に経済発展を遂げた韓国を突如襲った国家的屈辱は、日韓併合、朝鮮戦争に次ぐ「第3の国難」として深く記憶された。海外進出の必要性と、一握りのトップエリートの育成が、必然として受け止められるようになった。
「IMF危機を経て、格差ができても国がつぶれるよりはましだという機運が高まった」と石川氏。「1人の卓越した才能が、数万、数百万の国民を養っていくという信念に基づき、才能教育も正当化されていった」と指摘する。
□ □
IMF危機以降、韓国ではひたすら前へ突き進んだ代償として、さまざまなほころびも表れた。昨年の大卒者就職率は、日本の60・8%に対し、大学院生を含めて55・0%。被雇用者に占める非正規職の割合は、昨年10月現在で約5割に達する。経済協力開発機構(OECD)が昨年5月に発表した人口10万人あたりの自殺率は、主要工業国など加盟約30カ国中ワースト1位の21・5人。同3位の日本は19・1人だった。
受験に限らず、就職、昇進など、韓国では果てしない競争が続く。石川氏は「光が強ければ強いほど、影の深さも深い」と語る。
それでも隣国の「光」が際立つのはなぜか。石川氏は「韓国ではトップを目指す子供たちに、将来国家を担う人材として、夢を与えている」と指摘する。
世界トップを目指す気概は、夢につながる。影の部分は反面教師となるが、閉塞感(へいそくかん)漂う日本では今、その気概を思い出すことこそが必要なのかもしれない。
在韓日本大使館公使の外交官、道上尚史(みちがみ・ひさし)氏(52)が提起する。
「韓国では外に出ようとする意欲も戦略もある。外の知識を取り込まないと世界に遅れるという常識もある。明治維新の『五箇条の御誓文(ごせいもん)』にあった『広く知識を世界に求める』精神を、われわれは忘れていないだろうか」
世界トップクラスの科学者育成を目的に、2003年度に設置された超エリート高校の韓国科学英才学校。釜山の高台にある学舎の庭には「ノーベル公園」と名付けられた直径10メートルほどの円形緑地がある。
中心に木が植わっているが、この形状は永遠ではない。将来、同校出身者がノーベル賞を取ったあかつきには木を抜き、受賞者の銅像を建てるのだという。韓国の受賞者は目下、平和賞の金大中元大統領だけだが、同校は「設立後20年以内に、自然科学分野のノーベル賞受賞者を輩出する」とはっきり標榜(ひょうぼう)している。
韓国では約30年前から、将来国家を背負う人材を育てる英才教育に力を入れてきた。1986年に科学高校、92年には外国語高校や体育高校、芸術高校を「特殊目的高校」と定義。中でも科学技術系は、明確な国家意志として制度設計を進め、2000年に「英才教育振興法」を制定。科学高校のレベルや教育自由度をさらに高める形で科学英才学校の設立へとつないだ。
現在4校に増えた科学英才学校は、英才教育の最高峰に立つ。生徒は、学費や寮費が実質無料となる特別待遇や高い教育環境に恵まれながら、米大学院進学を視野に、ひたすら勉学にいそしむ。今春の入試競争率は平均18・2倍に達した。
「政府の強力な牽引(けんいん)で世界でも珍しい才能教育体制を短期間で作り上げた」。韓国教育に詳しい石川裕之・畿央大助教(34)=比較教育学=は「一点突破の人材育成は、韓国のお家芸とさえいえる」と話す。
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科挙制度千年の歴史をもつ韓国は、歴史的に学歴重視や序列化志向が高く、国民の受験熱はとりわけ高い。半面、受験競争の過熱はたびたび社会問題化し、制度改正が繰り返され、現在の高校進学率はほぼ100%に達する。それでも「将来のため、少しでもいい大学へ」という意識は強く、親たちはわが子に多大な教育費を費やし、子供たちは必死で机に向かう。
選別主義的な英才教育に対し、かつては社会的批判が巻き起こったが、韓国が近年経験した国家存亡の危機が、流れを一変させた。
韓国で「IMF危機」と言われる1997年のアジア通貨危機。韓国通貨や株価が暴落し、同年末には事実上、国家経済が国際通貨基金(IMF)の管理下に入った。企業倒産が相次ぎ、失業者が増大した。
戦後順調に経済発展を遂げた韓国を突如襲った国家的屈辱は、日韓併合、朝鮮戦争に次ぐ「第3の国難」として深く記憶された。海外進出の必要性と、一握りのトップエリートの育成が、必然として受け止められるようになった。
「IMF危機を経て、格差ができても国がつぶれるよりはましだという機運が高まった」と石川氏。「1人の卓越した才能が、数万、数百万の国民を養っていくという信念に基づき、才能教育も正当化されていった」と指摘する。
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IMF危機以降、韓国ではひたすら前へ突き進んだ代償として、さまざまなほころびも表れた。昨年の大卒者就職率は、日本の60・8%に対し、大学院生を含めて55・0%。被雇用者に占める非正規職の割合は、昨年10月現在で約5割に達する。経済協力開発機構(OECD)が昨年5月に発表した人口10万人あたりの自殺率は、主要工業国など加盟約30カ国中ワースト1位の21・5人。同3位の日本は19・1人だった。
受験に限らず、就職、昇進など、韓国では果てしない競争が続く。石川氏は「光が強ければ強いほど、影の深さも深い」と語る。
それでも隣国の「光」が際立つのはなぜか。石川氏は「韓国ではトップを目指す子供たちに、将来国家を担う人材として、夢を与えている」と指摘する。
世界トップを目指す気概は、夢につながる。影の部分は反面教師となるが、閉塞感(へいそくかん)漂う日本では今、その気概を思い出すことこそが必要なのかもしれない。
在韓日本大使館公使の外交官、道上尚史(みちがみ・ひさし)氏(52)が提起する。
「韓国では外に出ようとする意欲も戦略もある。外の知識を取り込まないと世界に遅れるという常識もある。明治維新の『五箇条の御誓文(ごせいもん)』にあった『広く知識を世界に求める』精神を、われわれは忘れていないだろうか」
「この記事の著作権は産経新聞に帰属します。」
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