今から30年くらい前。

 

私がまだ義父の会社にいたころのこと。

 

ある日、義父が私に言いました。

 

「俺、癌なんだよ」

 

「え?癌ですか?」

 

「そう」

 

「どこの?」

 

「大腸癌ステージ4」

 

「そうなんですか?」

 

 

そして義父は市内の病院で手術を受けることとなりました。

 

いまでも覚えいますが、私は入院した義父の付添いをする義母を車に乗せて毎日病室に通いました。

(元夫来ず)

 

入院中はしょっちゅう私に電話が来て、やれ病院のブランケットが肌触りが悪いから高級デーパートで買って持ってこいだの、メロンが食べたいから買って持ってこいだのと注文が入りました。

(元夫には入らず)

 

病室はもちろん、シャワー、トイレ付きの個室。

 

そこで義母は朝一から面会時間が終わるまで義父の世話をするのです。

(昔は家族付添いが許されていましたからね)

 

そして手術の日。

付添いは私と義母。

手術室前のベンチシートで震える義母の手を握っていたのを今でも覚えています。

(元夫仕事を理由に来ず)

 

さて、本題はここからです。

 

手術が終わり病室に戻った義父。

私と義母は切り取った患部を見せられ説明を受ました。

(元夫来ず)

 

翌日の夜、付き添っている義母を迎えに行きナースステージョンの前を通ると私は看護婦さんに呼び止められました。

 

「義父さんに言ってもらえませんか?」

 

「え?なにを?」

 

「義父さん、痛み止めは絶対使わないって拒否してるんです」

 

「痛み止め使わないって、手術翌日なのに痛み止め無しで過ごしてるってことですか?」

 

私は帝王切開をしていますが、それは絶対に無理。

無理中の無理。

 

「なぜ使わないって?」

 

「それが奥様が、痛み止めは体に悪いから絶対に使わない方がいいっておっしゃってるからだって」

 

「はあ?」

 

「それであまりにも痛いもんだから私たちに暴言吐いて八つ当たりする始末で」

 

「そっそんなことを?すみません。本当に申し訳ありません。私から話しますんで」

 

しかし、いくら説明しても全くゆうことを聞かず痛み止めは使わないと拒否。

 

この時点で、イカレタ夫婦であることが病棟に知れ渡る。

 

その他2度ほど夜中に病棟から呼び出される。

義父が暴言吐いて看護婦を攻撃していると、痛すぎて。

 

ね?イカレテルでしょ。

 

そんなこんなで怒涛の一週間が経ちました。

 

会社で仕事をしている私の元へ義母から電話が

 

「お義母さん、どうしましたか?」

 

「それが大変なのよ。助けて!お父さんがね退院するっていうのよ」

 

「え?まだ退院の許可下りてないですよね」

 

「そう、だけどもう病院いやだから退院してくるっていうの。どうしよう」

 

「そんなことできるんですか?勝手に退院なんて」

 

「普通無理でしょ。だけど午後から家に帰るって電話が来て。私イヤだわ。あの人が帰って来て世話するの」

 

あれだけ暴言吐かれればそれはそうだ。

 

その時、義母宅でピンポーンと玄関のチャイムが。

 

「あ!来ちゃったみたい。まあ、どうしましょう…」

 

ガチャガチャンと電話は切れてしまった。

 

なんと義父、腕の点滴を自分で引っこ抜いて、ちゃっちゃと着替え、止める看護師さんたちを振り払って自分でタクシーで家に帰って来てしまったのだ。

 

イカレテいるがある意味凄い。

 

その後、大病院には戻れるはずもなく。

 

元々の小さなかかりつけ内科で薬をもらって経過観察。

 

後に聞けば、術後の放射線治療も、抗がん剤も全部勝手に断ったとのこと。

 

(ちなみに義父の癌はすでにリンパ節に転移していました)

 

「お義父さん、なんで抗がん剤とか受けないんですか?」

 

「え?いやだから」

 

「それだけの理由?」

 

「あ!それと早くゴルフに行きたいんだ。そんな治療受けてたらまだまだゴルフ行けないだろ」

 

女遊び意外無趣味な義父が、50過ぎてから覚えたたった一つの趣味。

 

それをしたいばっかりに?

ばかなの?

 

しかし、義父はゴルフに行きたいばっかりに、めきめきと体力が回復し、さっそくのゴルフ三昧。

 

痩せ細ってしまった顔や体も、ふっくらしてきて健康的に。

 

全くなかった食欲も、ゴルフ中倒れるわけにいかないからともくもくと食べ。

 

あっという間に、手術前と同じに。

 

「お義父さん、抗がん剤も放射線もやらなくてそんなに元気になれたって、かかりつけ医ではどんな薬をもらってるんですか?新薬とか高い薬とか?」

 

しばらくして私は不思議で聞いてみた。

 

「いや、普通の胃腸薬一つだよ」

 

「え?それだけ?」

 

「そう、それだけ」

 

 

ステージ4と先生に説明を受けたとき、生存率や後遺症や、いろんな話を聞きました。

 

はっきりいって転移もしていたので、良くない話ばかりでした。

 

しかし、そんなものは関係なくすべて吹っ飛ばして元気になっちゃった義父。

 

また好きなゴルフをやりたいんだってその一念で。

 

そして術後30年近くたつ今も、元気でゴルフをやっている模様。

 

私はこの義父の姿を見ていなければ、もっと落ち込んでいたと思う。

 

もちろん、医学もすごいけど。

口では説明できないパワーを、人の念というものも持っているんだと私は思う。

 

私はそんな義父を見てるから、だから癌と診断されても「なんとかなる」と思えてるんだと思う。

〇〇率〇%なんて数字も、あまり気にならないんだと思う。

 

義父の支えが「またゴルフをやりたい!」だったとしたら

私の支えは「孫とデイズニーランドに行きたい!」なのだ。

 

 

 

 

絶体負ける気がしない。