「はい、安藤建設でございます」
事務の女性の声。
「すみません。社長さんお願いしたいのですが…」
「社長でございますか?大変失礼ですがどちら様でしょうか」
「あっ、すみません。申し遅れました。私、浅見設計事務所の浅見麗子と申します…」
「浅見様ですね、少々お待ち下さい」
耳元で静かな音楽が流れる。
果たして取り次いでもらえるだろうか。
そんなやつは知らないと、拒絶されればそれで終わる。
そしたら私はどうしたらいい?
音楽が止まる。
「お電話おつなぎ致します。とうぞ…」
電話は意外にもすぐに安藤社長につながった。
「もしもし」
と安藤。
「…お忙しいところ大変申し訳ありません。私、浅見設計事務所の浅見麗子と申します」
「…あ、はい」
「突然お電話いたしまして、申し訳ありません。今日お電話させていただきましたのは、社長様に折り入ってお願いがありまして」
「…なんですか」
「はい。お忙しいこととは存じますが、一度私に会っていただけないかと思いまして。ご迷惑なのは承知の上でお願いします」
ちょっと忙しくて無理ですね、と言われればそれで終わりだ。
あの時、あのクラブで私を馬鹿にするように、あなたの夫は不倫してるよと笑った安藤社長。
その上、安藤は夫と美加の不倫をおもしろがって煽っていた。すでに、この男は私の味方ではないのは明らかだ。
「明日来て」
「え?会っていただけるんですか?」
「だから、明日来て。会社に、2時ごろ」
「ありがとうございます。明日2時に伺わせていただきます。よろしくお願いします」
まさか、会ってくれるとは。
それにしてもなんだろう。
突然の私からの電話に驚きもせず。
初めから覚悟を決めていたようなそんな素振り。
何故会わなくちゃならないのかも聞かれなかった。
とにかく、結城弁護士が会って来いと言った相手にアポが取れた。
こんなに簡単に会えるとは思っていなかった。
どんなことを言われ、どんな展開になるのか。
どうなろうとも、私は今、私にできることを精一杯行動する。
相手が大会社の社長であろうと関係ない。
子供たちを守るためならなんだってできるのだ。