夫からの離婚裁判の訴状が届いた翌日、私は結城美佐子弁護士事務所にいた。

 

「先生、とうとう来てしまいました…」

 

私は裁判所から届いた書類を差し出した。

 

夫は既に不倫相手とその家族と、新生活を始めているわけで。

それには、いらなくなった古妻は邪魔でしかないわけで。

夫としては、さっさと離婚して消えてほしいわけで。

そうすれば、婚姻費用なんて一円も払わなくていいと思っているわけで。

 

離婚調停が不成立に終わったんだから、次やることといったら離婚裁判ということに自動的になるだろう。

 

夫にとっては至極当然の流れなのだろうが。

 

それはここまでの戦いで、疲弊している私の心を打ちのめし地面にたたきつけるには充分な要因となった。

 

涙がこぼれた。

 

こんなにも、夫に憎まれていると思うと涙が出た。

なにを今更と、自分でも思うのだが自分の心には嘘はつけない。

 

今更、夫に昔のように愛してほしいなんて思わない。

私自身もそれはできない。

 

だがせめて、別れる最後くらいは、元パートナーとして砂粒くらいの情や誠意を見せてほしい……

3人の子供がいるのだから。

 

でもそんな、情や誠意を持ち合わせている人間ならば、初めからこんなことはしないのだろう。

 

突き詰めれば、全ては、こんな人間を愛し、生涯の伴侶に選んだ私の責任で自業自得だ。

 

「麗子さん、普通の人がたとえ離婚問題でも、裁判所に訴えられて訴状が届くなんてショックですよね」

 

「はい…私、被告って書いてありますし」

 

「そうですね。麗子さん、初めに言っておきますよ」

 

「はい…」

 

「健太郎さんには不貞行為の事実があります」

 

「はい」

 

「原則、有責配偶者から離婚請求は認められません」

 

「では、裁判はしないということですか?」

 

「裁判は予定通り始まります。ですが、有責配偶者ということが立証できれば、健太郎さんからの離婚請求は却下されます」

 

「離婚しなくていいということですか?」

 

「そうです。今回の裁判ではです」

 

「今回は?」

 

「はい。有責配偶者からの離婚請求は認められないのは事実です。でもそれには期限があるんです。最近の判例から言うと、別居5年で離婚が認められた事例があります」

 

「うちは別居して1年9か月です。だとあと3年3か月したら離婚しないといけないということなんですね」

 

「絶体ではありませんが、そうなる確率は高いです」

 

「そうですか。実際に離婚すると何がどう変わるのか、なにもわからないから怖いんです」

 

「そうですね。でも麗子さん、3年3か月しかないんじゃなくて、3年3か月もあると考えてください。その3年3か月の間に、麗子さんは離婚した後の準備をすればいいんです。どういうところに住みたいか、どういう仕事をしたいか、資格なんかを取るにも時間的には十分ですしね」

 

「そうですね。離婚後のことをゆっくり考える時間が私には与えられるということですね」

 

「そうです。そう考えて前向きに裁判に臨みましょうね」

 

「わかりました」

 

「ところで、裁判期日の一週間前までに答弁書というものをこちらから提出しないといけません」

 

「答弁書?」

 

「簡単に言うと、旦那さんが出してきた訴状に対する反論です。反論したい箇所がたくさんおありですよね」

 

「はい、それはもう…。全否定です」

 

「そのこちらの考えを裁判所に提出しないといけません。

訴状内容は全て否定で、原告が離婚を求める原因は原告の不貞行為にあるという内容でよろしいですね?」

 

「はい。お願いします。でも先生、夫が有責配偶者であることを認めるでしょうか。調停でも否定してましたし」

 

「そうですね。旦那さんに自分が有責配偶者であることを認めさせることが、今回の裁判の争点になるでしょうね。

とにかく、裁判されたからといってすぐには離婚にはなりません。あわてないで、じっくり取り組みましょう」

 

「わかりました…」

 

市内で夫と美加が、恋人のように出歩く姿を目撃した人は数多くいる。

夫と美加が、高級クラブドルチェでいちゃつく姿を目撃している人も数多くいる。

夫は不倫していると私に忠告した社長仲間もいた。

 

さすがに、ここまで大っぴらに不倫をして、しらばっくれることは普通出来ないだろう。

普通の人間ならば。

しかし、夫は普通の人間ではもはやない。

 

私の心に一抹の不安がよぎるのだった。

 

 


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