夫が義父から、浅見設計事務所を受け継いで2か月が過ぎたころ。

夫には、どうしても入りたい会があった。

 

それは、市内の優良企業の社長が集まる社長会「〇〇市道光会」だった。

この田舎街で商売をしていれば、道光会を知らない人はまずいない。

 

義父が若かりし頃、義父が浅見設計事務所を大きくしようと努力していたころ。

 

設計事務所には、義父と義母と2人きりで、誰も知らないような小さな設計事務所だったから、道光会には入れなかった。

 

しかし年を重ね、設計事務所に社員も増え、ある程度知名度も上がったころ、実は道光会から一度義父に入会の打診があったらしい。

 

しかし、あの義父だから、今さらなんだと昔のことを根に持って、けんもほろろに断ったということだった。

 

以来30年、事務所にお誘いは一度もない。

 

夫が所長になり、いろんな会合に顔を出さざる負えなくなった。はじめはいやいや行っていたものの。やがて新人と知り

目をかけてくれる人が現れた。

 

それが、私に夫の不倫を電話で告げた安藤プランニングサービス社長の安藤と、岩崎建設会社社長の岩崎だった。

 

関連記事はこちら

 

安藤と岩崎は、ある懇親会で右も左もわからないといった風の夫を見かねて声をかけた。

 

その後、その二人を介して紹介された優良企業の社長たちが

、こぞって所属しているのが道光会であることがわかると、夫はその会にどうしても入りたいと私に言った。

 

それには論文を提出し、認められないと入れないということも。

 

道光会の会長は、社員1000人の大会社の社長。

 

その他にも、そうそうたるメンバーが名を連ねるその会に、うちの事務所ではちょっと場違いなのではと私は言った。

 

しかし、岩崎と安藤が口をきいてくれると言っているから

、どうしても入りたいと夫は言った。

 

「でも、論文を書いて、それが認められないとダメなんでしょ?」

 

仕事中、事務室で向かい合った机に座る夫に、パソコン越しに私はそう言った。

 

「そう……」

 

「お題はなんだっけ?未来の社会貢献と当社の発展の展望だっけ?」

 

「そう……」

 

「そんなの書ける?そもそも、なんでそんなにその会に入りたいの?30年も誘ってもらえなかったってことは、うちが入会の基準を満たしていないからってことなんじゃないかと私は思うんだけど」

 

「俺もそう思う……」

 

「それでも入りたいの?」

 

「入りたい……」

 

「どうして?」

 

「だって、岩崎社長や安藤社長とせっかく仲良くなれたから」

 

なるほどそこか。

 

社員とも仲良くできず、休日に飲みに行く友達もなく、ラインは私以外から来たことがない。

 

夫は孤独だった。

 

そんな夫が所長になって、やっと見つけたお仲間。

その人たちと、もっと仲良くもっと仲間になりたい。

会に入りたい動機はそこだったか。

 

夫に仲間ができて、夫が楽しい思いをするのなら私も嬉しい、そう思った。

 

「そうなんだ。わかった。そんなに会に入りたいのなら論文書いて出してみたらいいんじゃない。うまく書けば入れるかもよ」

 

「うん……」

 

そこから一時間、パソコンに向かう夫の顔は真剣だ。

 

「ねえ、どこまで書けた?」

 

席を立ち私は夫のパソコンを覗いた。

そこに書かれていたものは

 

「未来 貢献 社会 展望 発展させる

若い力 短納期対応……」

 

そんな単語の羅列だった。

 

「え?これだけ?文章は?」

 

「ダメだ。書けない。思いつかない」

 

「うそでしょ。一時間もかけて、これだけってことはないでしょ」

 

「俺には書けない」

 

ほんとうだ。

 

一時間もかけてこんなんじゃ、何時間頑張ってもこの人には書けないだろう。

 

「書けないんじゃ、入会は諦めるしかないでしょ。残念だけど」

 

「それはいやだ」

 

「でも書けないんだから仕方ないでしょ」

 

「お前が書いてくれ」

 

「は?」

 

「お前が俺の代わりに書いてくれ」

 

「いやだよそんなの」

 

「お前なら書けるだろ。頼む!頼む!」

 

しつこく粘られて、私は仕方なくその論文というものを書くことにした。

 

甘い妻と思われるだろうが、当時の私は夫を愛していたのだから、夫の役に立ちたいと思ってもしかたがない。

 

いや、この論文を書いてやったことが、後の惨事を招いたのだから、これは私の大きな大きな失敗だった。

 

それから2週間、必死に書いた私の論文が認められ、夫は道光会に無事入会することができた。

 

「麗子、ありがとう。感謝!感謝!」

 

「口じゃなくて、なにか美味しいものでお礼してもらわないとね」

 

「なんなりと!」

 

その日、設計事務所の事務室には夫と私の笑い声があった。

 

その2年後に、2人は法の場で争うことになるとは、その時は夫すら想像していなかったと思う。

 

その道光会のメンバーがよく行く店が、あの美加がいた高級クラブドルチェ。

 

その店内で、夫と美加の不倫を知り、おもしろおかしく茶化しながらも、もっとやれとさんざん煽った人物が岩崎や安藤なのだ。

 

 

あのとき、あの論文を私が書いてやらなければ。

 

夫をあの会に、入れさえしなければ、私の家族はこんな目に

あうことはなかったのか。

 

しかし、私よ。

何度も言う。

 

人生に「たら、れば」はないのだ。

 

ないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


離婚ランキング

 

 

ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村