今から18年前

長男悠真が生まれたときのこと。

 

私は予定日より2週間早く破水し

初めての出産となった。

 

お産自体は

安産でもなく難産でもなく

まずは無事に生まれてくれた。

 

一週間の入院予定だったが

産後2日目になって医者から悠真が

新生児高ピルビリン血症であると

告げられたのだった。

 

〇高ビリルビン血症とは

血液中のビリルビンという黄色い色素が分解されず、血液中での値が高くなった状態を指します。ビリルビンは、赤血球に含まれるヘモグロビンが分解されたときにできます。

本来ビリルビンは、肝臓に運ばれて便や尿と一緒に体外に排出されるのですが、排出がうまくいかない場合、自然と高ビリルビン血症になってしまいます。

そうすると、血液中の黄色い色素であるビリルビンが多くなり、肌や白目が黄色っぽくなる「黄疸」という症状が現れます。


 

さっそくその日の昼から

悠真は保育器の中で

光線治療を受けることになった。

 

悠真は

健康な赤ちゃんのいる

一般授乳室ではなく

その隣の

不調のある子用の授乳室にある

保育器の中に入れられた。

 

光線から目を守るための

目隠しをされ裸におむつ姿で。


光線治療の間は

母乳をあげることも

抱くこともできないと言われた。

 

初産で

産後2日目で

まさかの病気発覚で

私は大きなショックを受けた。

 

 

 

その日の夕方

私は一般授乳室で授乳をする母子を

横目で見ながら

その隣の部屋で一人保育器に入れられた

悠真をガラス越しに見ていた。

 

その時

ダンダンダンと

大きな足音が廊下に響き

そちらを向くと

夫がこちらに走ってくるのが見えた。

 

やっと来てくれた……

 

苦しい、悲しい。

 

早く話を聞いてもらいたい。

 

慰めてもらいたい。

 

そんな甘えた気持ちで

私の心はいっぱいになった。

 

「すまん。

これでも急いで来たんだ」

激しい息遣いと共に

夫はそう言った。

 

真冬の吹雪の日のことだった。

 

「どこにいるんだ?

俺たちの赤ちゃんはどこに?」

 

「あそこ。あそこだよ」

 

私が指さした先に夫が見たのは

健康な赤ちゃんたちとは違う部屋の

保育器の中に裸で入れられ

目に黒い目隠しをされた

生後2日目の我が子の姿だった。

 

「電話でも話したけど。

新生児高ピルビリン血症って言ってね

黄疸がね……」

 

そこまで説明して私がふと

隣の夫に目をやると

 

泣いていた……

 

人目もはばからず

号泣だった……

 

「なんでうちの子が……」

夫はそう言って泣いた。

 

「健太郎さん、だけどね

先生は光線治療で良くなるって

言ってるから大丈夫なんだよ」

 

いくら私が夫をなだめても

その涙はしばらく止まらなかった。

 

ガラス越し

我が子を見ながら泣く夫の

背中を私は撫で

 

「大丈夫だから……

絶対に大丈夫なんだから……」

と何度も繰り返した。

 

私が夫の号泣を見たのは

後にも先にもこの時だけ。

 

結局悠真の光線治療は二日で終わり

その後はなんの異常も見つからず

 

一才児検診では

もうそんな治療をしたことすら

忘れてもらって大丈夫と言われた。

 

 

 

ふと思い出す

あの時の泣く夫のあの姿。

 

確かにあの時は

夫は我が子を愛していた。

 

それは間違いない。

 

だから夫は

けして初めから我が子を愛せない

そんな欠陥人間ではなかったんだと

私は思う。

 

ではいったいいつから

夫は我が子に愛情を持てなくなったのか。

 

幼稚園?

 

小学校?

 

中学生になってから?

 

どれも違う気がする。

 

他の人とは違っても

夫なりにその時その時

愛していたという小さな記憶が

私の中にある。

 

やっぱり

不倫相手美加が

夫の前に現れてからとしか思えない。

 

それを境に夫は激変した。

 

そう。

 

あの女が

妻の私を愛する気持ちだけなら

いざ知らず

子供達への父親の愛までも

きれいさっぱり消し去ってしまった。

 

私を愛せなくなったことは

しかたがない。

 

何らかの非が

私にもあったのだろう。

 

しかし

子供たちへの愛までも封じた女を

私はどうしても許せない。

 

それだけは

許せないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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