悠真の大学受験の6日前、突然夫の弁護士から電話が来た。
弁護士の話では、私がどんなアパートを契約するのか自分で見ないと許可できないと言ってきたのだ。
勝手に夫がアパートを見に行くのならそれでもいい。
困ったことに、夫は長男の受験についていくと言い出した。
悠真の受験が心配だからではない。
私がずるをして高いアパートを、選んでいないか確認しに行くのだ。
悠真が心配だから俺が付いていきたい、なんて言われたのなら良かったのに。
断ればお金は出さないとごねるのは目に見えている。
かと言って一緒に行かせるのは…
夫と悠真は進学の話をしたあの時から、半年以上会ってもいなければ話もしていない。
困った私は結城弁護士に電話をした。
「それは困りましたね。ご長男さんにはお話しされましたか?」
と結城弁護士。
「いえ、2次試験は6日後なんです。こんな切羽詰まってから受験には父親が付いていくことになったからなんて動揺させるようなこととっても言えません」
「そうですよね…」と弁護士。
「そんな父親と受験に行く当日久しぶりに会って、そしてホテルの同じ部屋に泊ってって。ちょっと無理です。受験だけでいっぱいの長男に、そんな余計な負担をかけられません」
「麗子さん、旦那さんこれを機に長男さんとの仲を回復したいと思ってるなんてことはないですよね」
と弁護士。
「ないです。あったら今までだっていくらでもできたはずです。長男は携帯も持っていて、いつだって連絡できる状態だったわけですから」
「そうですね」と弁護士。
「もし関係を回復したいなら、まず長男にこの話をするはずだと思うんです。一緒に行っても良いかって。それをわざわざ弁護士さんの手を煩わせて私に言ってくるってことは、そんな考えではないと思います」
「でも、これを拒否してご主人にへそを曲げられたら面倒ですよね」
と弁護士。
「そうなんです…」
確かに
確かにそれはある。
夫ならやりかねない。
「それに一番怖いのは。ここまで子供達を傷付けないために私が必死で不倫のことや離婚話を隠してきたのに。この受験の大事な時に、夫が全部話してしまって受験が台無しなんてことになったら。先生。どうしたらいいでしょうか」
「ほんとにそれは避けたいですね」
「もしかすると、夫に調停で進学費用は夫が出すようにと私が話しましたよね。そしてその意見が通ったことの仕返しなんじゃないかと思うんですが」
「そこまでするでしょうか」
と弁護士。
「でもプライドの高い人ですから、あの場で私に反論できなかったこと相当悔しかったと思うんです。仕返しじゃなければ、受験についていくこともっと早くに言ってこれたはず。
こんな間際に言ってきたのは少なからず私を困らせるためだと思います」
自分で言って確信した。
こんな間際にわざわざ、こんな話を言ってきたのはあきらかに私への嫌がらせ。
「こういうのはどうでしょう。こちらからも交換条件を出すんです」
と弁護士。
「どんな交換条件ですか?」
「長男さんの受験に付いていくのは認めるとして。長男さんに対して離婚を望んでいること、不倫していること不倫相手の家にすでに住んでいること、そのような話は一切しないことという条件です」
「夫に行かせるんですか…」
「本当は麗子さんが一緒に付いていくのが最善と私も思います。だけど旦那さんの申し出を断って、やっぱり進学費用は出さないとかおかしげなことを言ってこられたら困りますよね」
「それが一番怖いです…」
「もっとも長男さんが、旦那様が一緒に行くことを承諾したらの話ですが。もし少しでも嫌がられるようでしたら、もうそこは長男さんのお気持ちが最優先です」
「わかりました…悠真に話してみます。でもちょっとでも嫌がるようでしたらやめます」
「そうですね」
ただでさえ、夫婦のことで心に負担を掛けてしまっている子供達。
最善の策はなにか。
でも受験までもう6日。
私に悩んでいる暇はない。
まずは先生を信じてやってみよう。
やってみるしかない。
考えている時間はないのだから。