翌日夕方、悠真が丁度学校を出る頃、私は高校の職員室にいた。


悠真の担任の先生は、40代男性で良い先生だと人気の先生だった。

 

「浅見さん、それじゃあ、あちらの進路相談室でお話ししましょうか」

 

人に聞かれたくない話だと察してくれたのか、先生は誰もいない相談室に私を案内した。

 

「先生、お忙しい中すみません…」

 

「お母さん、なにか、あったんですね?」

 

「え?どうしてですか?」

 

「いや、なんていうか、こんなこと言ったらなんですが。浅見さんからこんなご連絡頂くのよっぽどのことなんじゃないかと」

 

「……」

 

「それに、最後の三者面談の時も思ったんですが…お母さん、ずいぶんスリムになられて。すみません。こんなこと言ったらセクハラですね。すみません。でも、気にはなっていたんです」

 

確かに、何もなかった頃からすれば私の体重は10キロ以上おちている。


会った人が黙って見過ごせないほど、私の見た目が様変わりしていることを改めて知る。

 

「先生…実はですね」

 

私は、夫が不倫していること、一年以上も前に家を出て不倫相手の女の家で暮らしていること、子供達にも一切連絡がないこと、離婚調停の最中であること…


悠真が、保護者である夫の住所に関してどう書いてよいのか悩んでいることそして一番は子供達はこの事実を、全く知らないと言うことを話した。

 

「浅見さん、ずいぶん大変な思いを…」

 

「…いえ」

 

「お母さんはっきり言いますが」

 

「はい…」

 

「正直私がお母さんを助けるために、できることはなにもありません」

 

「……」

 

そうか、それはそうだよね…


他人の家のこんなごたごた、いくら担任の先生だって聞きたくもないし、関わりたくもないはず。家庭のごたごたまで持ち込まれても、困るということか、もっともだ。


なにかを期待した私が馬鹿だった…。

 

「ですが…」と担任の先生の言葉は続く。

 

「ですが、お母さん。学校での悠真くんを守ることは、全力で私がします。私も副担任もサッカー部の顧問も、みんなで悠真くんのことを守ります」

 

「…え?」

 

「お母さん、これから受験本番です。学校での悠真くんは、私達がちゃんと見ていきます。できる限りのサポートをします。なにかちょっとでも、悠真くんの様子がおかしかったらすぐにお母さんに連絡しますから。だから学校での悠真くんのことは、私達教師に任せてください」

 

「……」

 

ぼとぼとと、涙が私の頬をつたって落ちた。


保護者欄の住所の件を聞きに来たのに

まさかここまで、心強い言葉をもらえるなんて。


ずっと一人で戦ってきた私には、一人でも力を貸してくれる人がいることが本当に嬉しかった。

 

「先生、なんと御礼を言ったらいいのか。先生だってお忙しい時期なのにこんな話申し訳なくて…。でもほんとに、ありがとうございます。ありがとうございます…」

 

「お母さん、悠真くんはそんなことを感じさせないくらい、今一生懸命第一志望の大学合格に向けて毎日頑張っていますよ」

 

「はい…はい…」

 

「私たち教師はちゃんと見てます。そして無事受験を迎えられるように、全力でサポートしますから」

 

「はい…はい…」

 

「願書に書く住所の件ですが、大事な願書に嘘は書きたくないという悠真くんの気持ちわかります。そう思うのは当然ですよね。私も今即答はできないんで、ちょっと確認してからご連絡します。なんにも心配しないでください」

 

私は、不倫のことはくれぐれも悠真には内緒にと、何度も何度も念を押して学校を後にした。

 

卒業まで、もうそんなに時間がないとはいえ、受験という大事な時期を先生がみんなで悠真を見守ってくれるという心強い言葉。


どれだけ嬉しかったか。


しかし、進学費用の目途が未だついていない、ということまでは言えなかった。


あとは進学費用をどうするか。
それは私のこの両肩にかかっている。
私が何とかしなければ。
私が動かなければ道は開けない。
私が諦めてしまえば、子供たちの未来は大きく変わる。


絶対に子供たちは私が守る。
なにがあっても絶対にだ。

なにがあってもだ。

 

大学入試センター試験まであと一ヶ月。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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