二回目の離婚調停を、間近に控えたある日のこと。


今日も私はいつものように、子供たちの朝食を作り、弁当を作り、子供たちを学校に送り出す。


夫が家を出て、不倫女の家に住んで約一年。


その事実を、子供たちに知られないように平静を装い、いつも通りの母親を演じてきた。


本当は、演じ切れてはいないと思う。


生まれてからずっと、一緒に住んでいた父親が、突然家に帰らなくなり母親が仕事に行かなくなった。


その上目の前で母親が、どんどん痩せていくのを見ているのだから、子供たちが両親の異変を気にしていないわけがない。


でも、子供たちはこの一年、父親の不在について私に突っ込んだことをなにも聞かない。

 

「義母の体調が悪いから、お父さんは義母の家に泊まってあげている」

 

そんな極めて不自然な私の嘘を、信じているふりをしてくれているのだ。


本当の理由を聞いてしまえば、おそらく母が壊れてしまうのを子供たちは知っているからだろう。


申し訳ないのは関の山だが、今は本当のことをまだ子供たちに言うわけにはいかない。


だから私は今日も、この子供たちの思いやりに甘えて普通の母を演じている。


ダメ母だ。

 

今朝も、なにも気にしていない子供を演じた私の3人の子供たちが、元気に玄関を出て行った。


せめて、この「元気」までもが、演じられたものでなければよいと私は心から祈るのだ。

 

子供たちを見送った玄関先には、木枯らしで飛んできた枯れ葉が吹きだまりのように溜まっていた。


ほうきでその枯葉を集めている私の目の前に、一台の車が停まった。

 

義父だった…。


義父の顔を見るのはいつぶりだろう。


義父の知人の市議会議員の事務所で、夫と義父と不倫相手の女の親族から吊し上げにあったあの日以来だ。


あの日の記憶が蘇える。

 

驚いて、後ずさりする私を見ると義父は車から降りてこう言った。

 

「よう、麗子、元気か?」

 

元気か?


あの日皆の前で、私にあんな仕打ちをしておいて、元気か?


再び私の目の前に堂々と現れるなんて信じられない。


要は、義父は私を馬鹿にしているのだ。私には親兄弟もなく、頼れる味方が一人もいないことを知っているから。

 

俺はお前だけが頼りなんだ。
俺はお前の味方だ。
健太郎はちゃんとうちで預かってる。
だからお前は設計事務所を守ってくれ。
健太郎がおかしくなってしまった今、お前だけが頼りなんだ。
お前がいなければ事務所は潰れる。

 

義父が何度も私に言った言葉。


そんな言葉で私をだまし利用した義父。


悪びれることもなく、再び私の前に現れた義父になにか一言でも言ってやりたかった。
あんなに私を傷付けておいて、今度はなにをしにここへ来たのかと。

しかし、私は夫同様義父が怖かった。
むしろ夫より義父のほうが怖かった。


なにも言えずにたたずむ私に、義父はこう言った。

 

「なんだ。そんな驚いた顔して。近く通ったから寄ってみたんだよ」
にやりと笑いながら義父はそう言った。

 

「……」

 

「ところで。離婚調停始めたって健太郎から聞いたんだが」

 

「……」

 

「お前に言っておきたいことがあってな」

 

「…なんなんですか」

 

「前にも言ったけど、お前達が離婚しようがどうしようが俺には一切関係ないからな」

 

「……?」

 

それはそうだろう。


大の大人二人の離婚が、義父に関係あるわけがない。


夫に不倫女を紹介したのが義父だとしてもだ。

 

「いいか?お前達はいい大人だ。だからお前達二人の問題としてお前達二人で解決しろよ!」

 

そう言えば、以前にも義父は同じことを私に言ったことがあった。


私がいくら馬鹿でも、自分たち夫婦の離婚を義父のせいにしたりしない。

 

「いいか、もう一度言うぞ。お前たちの離婚は、俺には一切関係はないからな!」

 

義父はなぜこんなことをわざわざ言いに来るのだろう。


そんなこと、言われなくたってわかってるのに。


夫に美加を紹介したのが自分であることを、義父は悪いと思っているからだろうか。

いや、義父はそんな人間ではない。


だったらなぜ?

 

「いいか?ちゃんと言ったからな?俺を巻き込んだりしたらただじゃすまんぞ!」

 

巻き込む?

どういうこと?


私の返事を聞く間もなく、そう言い捨てると義父は車に乗り込んだ。


なにかもっと罵倒されるのかと思っていた私は体中の力が抜けた。

 

後にわかることだが、この時の義父は私を恐れていた。
その恐れを解消したくて、わざわざ私に会いに来たのだ。


あんな傲慢な義父が恐れること。

 

その義父が、もっとも恐れる切り札を私が握っていようとは、この時、私はまだ気が付いていない。


この義父の言葉の意味を、隠したかったものを、私は後に知ることとなるのだった。

 

 

 

 

 

 

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