昨日の直子の話は

ショックだった。

 

しかしそれにもまして

事務員の内山さんのことが

私の頭から離れなかった。

 

大学を卒業し

社会に出た最初が

うちの浅見設計事務所で

 

初めての上司に

セクハラを受けたということが

どれだけ内山さんの心を

傷つけただろう。

 

まして言葉だけではなく

腕を掴むなんて。

 

怖かっただろう。

 

夫は内山さんの

輝かしい社会人の第一歩に

傷を付けてしまったわけだ。

 

もしも

私が内山さんの親ならば

 

大事な娘が

そんな目に合ったら

絶対に許せないだろう。

 

夫の行為が

内山さんのトラウマに

なっていなければいいが。

 

夫には美織という娘もいる。

 

そんな親の気持ちを

慮れないはずはない。

 

私は

申し訳ない気持ちで一杯だった。

 

その上

何も知らなかったとはいえ

私は彼女を呼び説教をした。

 

夫がしたことを

私に言わなかったのは

彼女なりの私への気遣い

だったのかもしれないのに

彼女を問い詰め説教をした。

 

余計に申し訳ない。

 

とんだバカ夫婦だ。

 

 

散々迷ったのだが

私は今更だと言われようとも

彼女に謝まりたかった。

 

それは私のただの自己満足の

ためかもしれない。

 

彼女は今さら

私になど会いたくもないだろう。

 

忘れ去りたいと思っているに

決まっている。

 

携帯に残っていた彼女の電話番号。

 

じっと見つめてそう考えた。

 

 

 

 

それから数日が経った。

 

今更

電話に出てくれるわけはないと

思いながらも

私は諦めきれず内山さんの

電話を鳴らした。

 

一言でも謝りたい。

 

でも一回かけて

出なかったらもう諦めよう。

 

しかし

意外にもすぐに彼女は電話に出た。

 

「はい、内山です」

 

「あ、内山さん?

覚えてるかな。

私浅見設計事務所の麗子です」

 

「はい!

もちろん覚えています。

奥さん、お久しぶりです」

 

電話が私からと知っても

元気な声の彼女に

少しほっとした。

 

「あのね

内山さん…

今さらなんだけど

あなたに謝りたいことがあって

電話してしまったんだ」

 

「はい。

麗子さん、今おうちですか?」

 

「うん、そうだけど」

 

「良かったら、会いませんか?」

 

「え?私と会ってくれるの?

いやじゃないの?」

 

「はい。

久しぶりに麗子さんの

顔も見たいし。

再就職先のこともお伝えしたいんで。

もしよかったら今からどうですか?」

 

「内山さんがいやじゃないなら

もちろん私は会いたいんだけど」

 

電話しても無視されるか

出てくれたとしてもすぐ切られるか

どっちかだろうと思っていたのに。

 

「奥さん

それじゃあお願いします。

駅前のエルって喫茶店で

私待ってますから。

一時間後でいいですか?」

 

「わかった!行きます。

ありがとう、内山さん」

 

私が喫茶店に着いて

すぐに彼女も姿を見せた。

 

相変わらず少女っぽくて

可愛らしい。

 

「内山さん、ごめんなさいね。

急に電話したりして驚いたでしょ?

ほんとごめんね」

 

「奥さん、そんなに謝らないで

ください。

私も会いたいなって思ってたんです」

 

「え?私に?」

 

「はい、そうです。

あの、実は先日

直子さんから

電話もらったんです」

 

「直子ちゃんから?」

 

「はい。

直子さんが所長に言われたこと

愛人にならないかって誘われたことを

奥さんに話すときに私のことも

話したからごめんねって」

 

「そうか、直子ちゃんが」

 

「初めは

なんで今さらって思ったんです。

一年以上も前のことですから」

 

「そうだよね。

そう思うよね」

 

「でも直子さんが

今所長と奥さんが大変なことに

なってるって。

奥さんがこれから所長と

戦うことになるって。

私たちのこの話がもしかしたら

奥さんの助けになるかもしれない

から話したんだって」

 

「直子ちゃんがそんなことを…」

 

「それならいいって

私も思いました。

直子さんから奥さんが何も知らずに

私を叱ったってすごく後悔してたって

聞いたものだから

私も奥さんに会いたいと思ってたんです」

 

「そうなの。

内山さん、あの時は

本当にごめんなさい。

所長がやったこと

絶対にあってはいけないことだった。

今更なんだけど

どうやって謝ったら良いのかさえ

わからないんだけど、ごめんなさい。

その上私、何にも知らないで

説教みたいな事までしちゃって

本当に申し訳ない。

ごめんなさい。

内山さんの親御さんにも

本当に申し訳なくて、ごめんなさい」

 

「直子さんから

聞いたと思うんですけど」

 

「うん、ごめん、聞いた」

 

「愛人にならないかとか…

しつこくされて。

言葉で言われてるうちは

うまくかわすって言うか

逃げてたんですけど。

麗子さんが帰られて

事務室に二人きりになって

また変なこと言われて

逃げようとしたら腕捕まれて

抱きつかれそうになって

もう無理ってなって…。

机とロッカーの荷物全部持って

二度と事務所には来ない覚悟で

あの日帰りました…」

 

「うん、うん。

なんにも私

知らなくて本当にごめん」

 

「奥さんになぜ辞めたいのかって

聞かれたとき

ほんとは所長のこと全部

言ってやろうかと思ったんですが

奥さんのこと傷付けるだろうなって

思って。

所長ともめることになるだろうし。

でも私奥さんに謝って欲しくて

会いたかったんじゃありません」

 

「ん?そうなの?」

 

「そうです。

奥さん、私も直子さんと

同じ気持ちです。

直子さんから離婚でもめるって

すごく大変なことだって聞きました。

泥沼っていうか…。

もし、そんなことになるんだったら

私も奥さんの味方します。

裁判所でもなんでも私も行きます。

証言しますから。

それをどうしても奥さんに言いたかった

んです、私」

 

涙が出た。

たった2か月足らずの縁だったのに

ここまで言ってくれるなんて。

 

涙が出た。

 

「ありがとう。嬉しい。

そんな風に言ってもらって

本当に嬉しい。

ありがとう」

 

「麗子さん

いつでも連絡くださいね!

どこへでも行きますから」

 

純粋で優しくて

素直でまっすぐで

今も変わらず

内山さんはとてもいい子だ。

 

まだ少し

学生っぽさが残る

ノーメークで清楚な出で立ちの

こんないい子に

愛人になれ?

 

恥ずかしい。

 

 

 

 

 

「経営者になったんだから

女遊びの一つくらいできないと

一人前じゃない」

 

義父が夫に吐いたという

そんなセリフが脳裏に浮かぶ。

 

あなたは

それを実行しようとしていたの?

 

父親に言われたから?

 

ばかじゃないのか。

 

ばかだ。

 

愛人のいる父親を

あんなに毛嫌いしていたのに。

 

 

 

 

 

喫茶店を出て

振り向き様に手を振る彼女に

私も大きく手を振った。

 

彼女らに

証言を頼むことは絶対にない。

 

これ以上

迷惑はかけられないから。

 

もう会うことはないだろう。

 

これからの彼女の社会人人生に

幸多かれと心から祈るばかりだ。

 

ありがとう。

 

頑張って!

 

そして元気で…。

 

 

 

 

 

 


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