夫に接触し

不倫の証拠を集めたい。

 

いや、集めなくちゃならない。

 

彼らに負けないために。

子供たちの生活と未来を守るために。

 

そう決めて

夫の設計事務所に戻って一週間。

 

 

 

休日の昼

子供達は皆出かけていた。

 

すると

玄関のチャイムの音。

 

ドアを開けると

浅見家の冴子が立っていた。

 

冴子は義父の従妹で

この街に住んでいる。

 

冴子とは滅多に会うことはないが

私とはなぜか気が合い

会えばいろんな話をした。

 

「健太郎が家を出たって聞いて

びっくりしちゃって来てみたのよ。

大丈夫?子供達はどうしてるの?」

 

冴子は大きな声で戸口でそう言った。

 

「とにかく中に入ってください」

 

ご近所に聞こえるのが嫌で

私は冴子を家に入れた。

 

義父母を味方と信じ

痛い目に合った私は

もうこの義父の従妹を

信じる気持ちにはなれなかった。

 

どんなに気の合う仲とは言っても

所詮夫の親族なのだ。

 

「この前ね、町内の婦人会の旅行で

日帰りで登別温泉に行ってきたの」

 

「そうですか……」

 

「そんなとこ滅多に行かないから

みんなにお土産買ってきたの。

それで暫くぶりに健太郎の実家に

行ってみたわけ。

そしたら健太郎と麗子さんが

大変なことになってるって言うじゃない。

だからびっくりしちゃって来てしまったの。

突然でごめんね」

 

「それはわざわざ……」

 

「健太郎の親族の私が

来れた立場じゃないとは

思うんだけど心配でね」

 

冴子は義父の5つ上の従妹。

 

義父は昔から横暴で自分勝手で

冴子はひどく義父のことを

嫌っていた。

 

「麗子さん

なんだかずいぶん痩せたわね。

大丈夫?」

 

「はい……なんとか」

 

「私元々健太郎の父親とは

仲が良くないでしょ?

だから滅多に会わないから

なんにも知らなくてごめんなさいね」

 

「……」

 

「それにしてもひどいわよね。

こんなひどい話は

聞いたことがないわよ」

 

「はい……」

 

「いろんな不倫の話はきくけれど

浮気相手の女をわざわざ

健太郎に紹介したのが

実の父親のだなんて。

あり得ないわよ!」

 

「伯母さん

今なんて言いました?

なんて?」

 

私は驚いて顔を上げた。

 

「麗子さん、驚いたでしょ?

だからね

健太郎に浮気相手として

女を紹介したのは誰でもない

健太郎の父親だってことよ!」

 

頭をハンマーで

殴り倒されるとはこういうことか。

 

「不倫女は保険の外交員で

たまたまドルチェって

クラブで知り合って

健太郎さんに保険をすすめてて

仲良くなったって聞きましたけど」

 

「麗子さん何言ってんの。

この話はそんなどこにでもあるような

不倫話じゃないわよ」

 

「どういうことですか?」

 

「その保険屋の女

元々は健太郎の父親と

関係があった女らしいわよ。

いったいどこまでの関係か

私は知りませんけど。

だから父親のほうが先にその女に

何口か保険入っているはずよ」

 

美加は元々義父の関係した女?

 

嘘でしょ。

 

「じゃあ、女は元々はお義父さんの

知り合いだったってことですか?」

 

「そうよ。

その女は健太郎と知り合う前から

父親の知り合いだったって。

健太郎の父親から直接聞いたんだから

間違いないわよ」

 

いったいどういうことなんだ。

 

確かに

元々は

設計事務所の所長は義父。

 

社長会か何かで義父が

ドルチェに出入りして

そこで美加と知り合っていても

おかしくはない。

 

「健太郎は若い頃から

ずっと麗子さん一途だったでしょ。

他に女と付き合ったことないじゃない。

まして浮気なんかしたことない」

 

「はい

私の知る限りはですけど」

 

「それに比べて父親は

若い頃から愛人何人も作って

好き放題遊んできたのよ。

結婚する前からね」

 

「はい、それは聞いてますけど」

 

「だから父親は

麗子さん一途で

浮気の一つもしない健太郎が

不甲斐なく見えて

気に入らなかったんだって。

自分とは真逆だから」

 

「……」

 

「浮気なんか

しない方が普通なのにね。

だから健太郎が

所長になったときに言ったの。

経営者にもなろう男が

女を一人しか知らないなんて

みっともないって。

女遊びの一つも出来ないやつは

男として一人前じゃないって。

所長になるなら女遊びも覚えないと

一人前じゃないって」

 

「なにそれ……

なんですかそれ……」

 

「自分があっちこっちの女と

散々女遊びして

楽しかったからでしょ。

だから健太郎にも女遊びの

楽しさを教えようとでも

思ったんじゃないの。

ばかよね!」

 

「それでお義父さんは

なにをしたんですか?」

 

「それで

自分の馴染みの女を

健太郎に紹介したんだって。

うちの息子に

少し大人の遊びを

教えてやってくれって!

要は遊びの不倫の相手を

してくれってことよ」

 

「ひどい……ひどすぎる」

 

「本当よ。

父親が息子にそんなこと普通しない。

せっかく健太郎と麗子さん

うまくいってたのにね。

女にはきっと

お金でも渡したんじゃないの。

保険に入ってやったとか。

そうでなきゃ妻子持ちの男の

遊び相手なんて普通引き受けない

わよね。

奥さんに訴えられたりしたら

割に合わないもの」

 

「……」

 

「女もバツイチだっていうから

男もお金も欲しくて二つ返事で

引き受けたんじゃないかしら。

健太郎が所長になって

しばらくしたころ

父親がその女を健太郎に

引き会わせたんだって。

そもそもあのドルチェとかいう

店だってずっと前から父親が

馴染みにしてた店なのよ」

 

やはりそうか。

 

「女と健太郎を会わせて

健太郎には

この女に少し大人の遊びを

教えてもらえって

言ったらしいわよ」

 

「冴子さん、それ、お義父さんが

自分で言っているんですか?

ただの噂とかじゃなくて?」

 

「だから、私健太郎の父親に会って

直接聞いてきたって言ったでしょ。

私がわざわざここまで来て

そんな従弟のみっともないこと

嘘言うわけないじゃない」

 

「そうですよね」

 

「信じたくない麗子さんの

気持ちも分かるけど。

麗子さん、設計事務所の仕事も

父親が股関節の手術したときも

ずいぶん献身的に

尽くしていたのにこんな仕打ち

ないわよね。

だけどこれは私が父親本人から

聞いた本当の話。

私なんにも嘘は言ってないのよ」

 

「そんなこと

ほんとにあるんですか……」

 

「とんでもない話でしょ?

私も初めて聞いたとき

自分の耳を疑ったわ。

後から聞いたんだけど

世間の噂では

あの女は父親の元の愛人だって

噂もあるのよ。

私はほんとかどうか知らないけど。

でも、もしほんとだったら

気持ち悪いわよね。

ぞっとするわ」

 

吐き気がした。

 

「でもね

父親は今すごく後悔してるの」

 

「後悔?」

 

「そう。

その保険屋の女には

ちょっとだけ火遊びを

健太郎に教えてくれって

言っただけなのに。

その女、健太郎を手玉にとって

本気にさせちゃったから。

その女、男を手玉に取るの

うまいらしくて

そんな女にかかれば

うぶな健太郎なんか簡単よね。

そんな女にのめり込んだ挙げ句

家まで出ちゃった健太郎見て

父親の方がびっくりしちゃって

あわてちゃってね。

こんなはずじゃなかった。

こんなつもりじゃなかったって。

すごく後悔してた。

困ったって頭抱えてたよ」

 

「……」

 

「父親はね。

あなたが設計事務所から

いなくなると困るんだって。

今の健太郎ではなおのこと

あなたがいないと事務所が

まわらないって。

事務所がもうからないと

自分にも役員手当が

入らなくなるからね。

あの人出社もしないのに

結構な役員報酬もらってるでしょ。

ゴルフばっかりしてるくせに。

その報酬がもらえなくなると

困ると思っているんでしょ。

だからあなたを事務所に残そうと

あなたを引き留めようと

必死だったんだって」

 

「……」

 

「でもね

健太郎が保険屋の女に

どんどん本気になっていくもんだから

あなたが健太郎に愛想を尽かして

いずれ事務所を辞めると困るって。

あなたが精神的に参って

事務所に来れなくなるのも困るって。

麗子さん、あなた父親にいいように

利用されているのよ」

 

「お義母さんは?

お義母さんもそのこと全部

知っているんですか?」

 

「もちろんあの人も知っているわよ。

私達、3人で話したんだから。

お父さんには困ったもんだって

呆れてた。

麗子さんがいつまでもつかしらって

言ってたわよ」

 

それが義父母の本心か。

 

夫が女宅で暮らしていることを

隠していたばかりか

女を不倫相手として夫に紹介したのが

義父だったとは。

 

信じていたのに。

 

元々義父とはそりが合わず

鬱憤がたまっていた冴子は

どうしてもそれを私に

教えたかったらしい。

 

「冴子さん、それを私に

話したことお義父さんには

言わないでね。お願い」

 

「そりゃもちろん言えないわよ。

まさか自分の従妹が麗子さんに

こんな話してるなんてことはね。

そう言えばね

設計事務所に父親が

新しい事務員入れたでしょ」

 

「はい」

 

「あれもね、麗子さんがいつ

事務所に来なくなっても良いように

用心のために雇ったって言ってたわよ」

 

「え?」

 

「麗子さんが事務所にいるうちに

仕事教えさせとけば

あなたが来なくなっても

困らないからって。用意周到よね」

 

「私の負担を減らすためだって。

お義父さんが…」

 

「そんなの嘘よ。

あなたが耐えられなくなって

いずれ事務所に出てこなくなることを

見越して困らないように

準備しただけよ」

 

私が信じてきたものは何だったんだろう。

 

結局欺され利用されただけ。

 

20年家族と思っていた人たちに。

 

私は人も見抜けない

愚かな女だったってことだ。

 

本当に

私は馬鹿でどうしようもない人間。

 

もう

消えてしまいたい。

 

この世から。

 

 

 

 

ここは人生のどん底と

この時の私は感じていた。

 

しかしまだまだ考えが甘かった。

 

私はこの後さらなるどん底へと

引きずり込まれていくのだ。

 

 


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