葵の創作ノート

葵の創作ノート

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 4。

 探偵メモ。
 犯行の予告状を送ってから予告通りの時間に予告通りの物を盗っていく泥棒はマンガかアニメの中にしかいない。予告状を送れば、野次馬がわいて、警備も増やされるから、犯人にはデメリットしかないのだ。だから、予告状が届いた時はまず陽動を疑う事。どこかで盗むと宣言しておいて、別の場所で悪事を働くなんていうのはよくある話。警察はネット掲示板のくだらない犯罪予告すら対処しなければならないから、嘘かもしれないと分かっていても予告場所に人員を割く。名の知れた悪人とあっては尚更。一枚の手紙が警察に対して効果抜群の一手となるのだ。

「というわけで、もしかしたらこないかもしれないわ。トリックスター」

「そ、そこまで分かっててどうして来たんですか!」

 イチゴシロップのかかった氷の山をスプーンですくって口に運ぶ。一瞬にして冷感をもたらし、脳をキーンと刺激する。

「んー、頭割れちゃうわ~」

「先輩の頭なんてどうでもいいですから、早く説明してください!」

 美緒ちゃんが刺々しい物言いで憤慨していた。もちろん、きちんと考えがある。私にはトリックスターが予告通りに盗みに来るという確信があったのだ。

「トリックスター、彼には彼なりの美学というか……品のようなものを感じられるの」

「品……?」

 探偵メモ。
 大物と戦う時は、とにかく相手を知る事。今までに何をどんな悪事を働いたのか。武器は使うのか。どのように法を犯したのか。何故捕まっていないのか。何を好み、何を嫌うのか。恋人のプロフィールだと思って頭に記憶する。

「美緒ちゃん、これを見て」

「え。こ、これ……」


 3。

 倉敷市の美観地区は古くから観光名所として知られている。観光の目玉とも言われているのが小原美術館。90年代に小原準一によって建てられたこの施設には、小原氏によって集められた数多くの美術品が展示されている。今回、不幸にもトリックスターのターゲットにされたのがこの小原美術館であった。
 電車で三駅越えて(電車代は美緒ちゃんに借りた)、私達は倉敷へとやってきた。駅からしばらく歩くと、観光客が目につくようになる。美観地区に到着だ。

「わあ、なんだか人多いですね」

 美緒ちゃんが感嘆を漏らす。
 うん。確かに多いわね。観光地だからっていうのもあるけど、これは恐らく、

「トリックスターのせいね」

 今を騒がす大泥棒から予告状が届いている。それだけで人を寄せ付ける。美観地区のお店はさぞ繁盛している事でしょうね。うちの事務所と違って。羨ましい。

「かき氷食べたい……」

 唐突につぶやいたのは、ふと目に入った古風な喫茶店の『かき氷あります』の看板についつい惹かれてしまったから。
 すぐに美緒ちゃんの呆れたような視線が刺さる。

「何しに来たんですか、もう」

「予告の時間までまだあるでしょ。それまでここで作戦会議よ」

「……なるほど。そういう事でしたら」

「それと美緒ちゃん」

「なんですか?」

「かき氷買うお金貸して」
 2。

 ……なんだか人として大事な物を失いかけていた気がするんだけど、美緒ちゃんの特製カレーを食べたのでもう大丈夫。いつものクールな私に戻ったわ。
 なんにしても、そろそろ仕事を探さないといけないのは事実。とりあえず私はスマートフォンを取り出して、インターネットの海へと繰り出した。

「あれ、事件探しに出掛けるんじゃないんですね」

 美緒ちゃんが首を傾げていた。
 探偵メモ。
 事件や依頼を求めて街を歩いたり、聞き込みしたりするのは時代遅れ。今の探偵はネットを使う。多くの情報が泳ぐネットの世界は、探偵の宝箱。自分に合った仕事を探すのに向いている。ただ、ガセ情報を含む大量の情報の中から、必要かつ正確な情報を取捨選択するにはそれなりの知識と経験が必要になる。
 幸い、好条件の事件はすぐに見つかった。

「岡山に怪盗? トリックスター? 何これ」

 『岡山を騒がす大泥棒、トリックスターから予告状!』。というタイトルの記事を見て、私は目を丸くした。
 ここ数日、岡山で何件もの盗難事件が起こっているという。小銭稼ぎのケチな悪党とは違い、盗むのはどれも七桁超えの名品ばかり。しかもそれらの事件は、同一人物による犯行と考えられているらしい。犯人は『トリックスター』と呼ばれ、大泥棒の名を欲しいままにしているとの事。ほへえ、こんなのがいたとはねえ。
 美緒ちゃんが口を開く。

「先輩探偵のくせに知らなかったんですか? 五日前に『王都船』が盗まれたってニュースになってたじゃないですか。それから連日――」

「うちにテレビはないの! 教えてくれたってよかったじゃない!」

「知ってるとばかり思ってたので。それにトリックスターを捕まえるには、先輩じゃ荷が重いでしょう」

 あらやだ。失礼しちゃう。おこ。
 どうも美緒ちゃんは私を軽んじるところがあるのよね。最近は特に。……まあ、ここしばらくの自分の生活を考えれば無理はないかもしれないけど。
 とにもかくにも、ニュース記事を見るに、この泥棒は今夜も盗みを働くらしい。なんでも『小原美術館』に予告状が届いたのだとか。
 よし、こうなったらトリックスターを捕まえるしかないみたいね。美緒ちゃんを見返す事もできるし、探偵としての箔が付く、きっと謝礼も貰える。ふふ、いい事だらけじゃない!

「ふふ、いいわ美緒ちゃん。私の本気を見せてあげる!」

「おお、先輩がいつになくやる気だ……!」

 待ってなさいトリックスター、今夜があなたの最後よ!
  エピソード2『トリックスター』


 1。


 あんぱん。ラーメン。チョコパフェ。なんでもいいから食べたい。
 私はお腹を空かせていた。
 毎度毎度貧困を喘ぐような話から始めて申し訳ないんだけど、私は本当に困っていた。状況は日々悪くなるばかりで、貯金が尽き、食料を失い、月末には家賃が払えなくなるだろうから宿無しになる。ホームレス女子大生になってしまう。ざっくり言うと私にはお金がなかった。
 雄大君失踪事件以来、うちの事務所に依頼が舞い込む事はなかった。いや、正確には来てたんだけどね。犬の散歩とかベビーシッターとか。「うちは探偵事務所。そんな依頼受けられるかー」みたいな感じに、それらを一蹴してしまった結果、収入はゼロ。早くも私のキャンパス探偵ライフは幕を閉じようとしていた。
 そんなひもじい私の生活をギリギリアウトくらいのところで支えていたのは、我が探偵事務所の助手である芹澤美緒(せりざわ みお)ちゃんだった。

「先輩、入りますよ……って、なんで床で寝てるんですか!? お腹が空いたって……はあ、今日も食材買ってきてますから安心してください。というか講義はちゃんと出てるんですか? は? 空腹で自主休講?! 単位はどうするんですか! しっかりしてください!」

 とまあこんな感じで、面倒見のいい助手がご飯作ってくれたり叱ってくれたりするから、なんとか人間らしい生活を続けられてるわけなんだけど、さすがにそろそろどうにかしたい。具体的には仕事をしたい。
 よし、決めた。果報は寝て待つ時代は終わったのよ! 私は自分から事件を探しに行くわ!

「そして偉い人達に感謝されまくって、お金をいっぱい貰うのよ! あーっはっはっはっはっは!」

「近所迷惑なんであまり騒がないでくださいよ。野菜炒めもうすぐできますから」

「ラーメン! ラーメン!」

「野菜炒めって言ってますよね?」

 空腹は人をおかしくすると言うけど、まさに今の私がそんな状態ね。早く何か食べないと、本格的にカレーライスになってしまうわ。あれ、ひょっとして私はチョコパフェなんじゃないかしら? なんて言ってもあんぱんは苦笑いするだけでしょうね。ふふっ。可愛いんだから。たこやき。