10年前
思い出すのは、病院の薄暗い廊下で飲みもしないブリックを片手に誰もいない場所で椅子に座っていた光景
家に帰ってTVをつけたら
自分の持つ感情の中でまだ知らない感覚や感情に支配された9/11
私は祖母が危篤で正直TVで観て起きてる現実より、目の前の現実と戦っていました
翌朝亡くなった祖母
その1つの命が消える瞬間を目の当たりにした時に、TVに映る光景が急に現実味を帯びて、体が震えました
半年。
私の半年は、足を前に歩かせる事でした。
そして、大切にしたいと思っているの人、感情、環境、家族について静かに考えたい気持ちに素直にと決めました。
1番は見ないようにしてきた部分も含めこの際全部見てしまえ、見えたモノが痛くても、傷付いてしまえと、思いました。
その傷になると思っているモノは
自分の貧困な想像力で作られた不安のカタマリで存在しないモノでしかないと、どこか気付いていたからでしょう。
強くなる。
人は、自らに課題や目標を決めるといつも、力が入ったモノになりがちです。それを
頑張る事は、辛い事。
そんな方程式を生きながらに学んだのかもしれません。
でも、強くなる。
それは優しい事、人を愛する事。
環境に感謝する気持ち、人を敬う姿勢。自分を悲観しない。
そんな、もっと柔らかく温かいモノだと思います。
たくさんの命がなくなり
あれからたくさんの命が産まれた日。
私は大切な人に、いつもありがとうと伝える日にします。
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