知らない天井。
ぼんやりと天井の木目を眺めていた。
布団が重くて体がうまく動かせない。
「あ、起きた?!」
梅は、のぞきこんできた顔に視線を動かした。
「よかったぁ。若葉さんが熱が下がったら大丈夫よ、っていってたんだけど、ずっと起きないから。」
ニコニコしている少女の顔を見ても、状況はつかめなかった。
「熱中症になっちゃったんだって。山道で倒れてたんだよ~。」
「や・・・ま・・みち・・。」
一気に意識が覚醒した。
飛び起きようとしたところを、少女に止められる。
そうだ、訓練の4日目・・・。
山がけの演習だったのだ。
すごくつらくて、もちろんついていけなくて・・・、途中で何度も吐きたくても吐けなくて、
苦しくて、水も飲めなくて・・・
あぁ、なんてことだろう。
あたしは、気を失ってしまったのだ。
「あたし、行かなきゃ・・・。どうしよう・・・こんなことになって・・・・。」
「何言ってるの!まだ、動いちゃだめだってば。」
私のせいで「鬼女」に村の人がひどいめにあっていたら。
村にいる家族が・・・まさかみんな殺されてたら・・・。
「だめだってば、無理しちゃ。絶対安静って、若葉さんがいってるんだから。」
「私、軍の訓練があって・・どうしよう・・・。」
気だけがあせる。でも、体が動かない。布団からはい出たところで、障子があいた。
「どした?」
「あっ、りゅーあ!」
部屋に男が入ってきた。
「りゅーあ、とめてよ。梅ちゃん、戻ろうとするんだもん、いかなくていいんだよ、っていってよ。」
「あぁ、境の村の女の子か。」
気楽な様子で、梅の前にしゃがんだ男は、ぽんぽんと、梅の頭をやさしくたたいた。
「まだ、体つらいだろ?気にしないでゆっくり寝てな。大の男だって半分は苦しくて吐くような道なんだぞ、
お前はその半分まで走れたんだ、心配しないで、ゆっくり休みな。」
「そんなこといってられないんですっ!あたしが・・・」
あたしがいかなくては。
「鬼女」の刀が次々と人を斬っていく画が脳裏をよぎる。
あたしのせいだ、あたしがいかないと、
喉の奥がひりひりと痛い。
目の前が曇って何も見えない。
いかなくちゃ、
いかなくちゃ、
あたしが、
いかないと・・・
「鬼女に、みんな殺されちゃうんですっっっ!」
部屋が静まりかえった。
「鬼女」の怒りを買うような自分を、かくまったことがわかって、恐ろしいんだ、この人たち。
歯を食いしばっても、嗚咽がとまらない。
くっ・・・と男の口から息がもれた。
次の瞬間、男が爆笑した。
「りゅーあ!!もう、なんで笑うのぉ!」
と怒っていた少女も、とうとうつられたのか、笑いだした。
「いや、悪い悪い。」
笑いすぎて涙目になっている男は、自分の目をこすりながら、梅の顔をのぞきこんだ。
「おまえが倒れたからってな、流菜はお前の村とか、家族とか、殺したりしないさ。」
それにな、と男は続ける。
「山道にお前探しに行ったの、流菜なんだぞ。」
梅の頭が、その男の言葉を完全に理解するまで、数十秒かかった。
何度も反芻して、急に脳の中でびかっと全てが光った。
「り・・・り・・・・・・りゅ・・・・・・・龍暗様!!!!」
梅は、悲鳴のような声をあげてあわてて平伏した。
「た・・・大変・・・あの・・・も・・もうしわけ・・・あの・・・・すみませんでした!!!!」
自分は、この人の前で、「鬼女」と言わなかったか?
というか、この人は・・・領主さまなのに!!
「あんなにきっぱり、鬼女に殺されるんです!といわれると・・いやはや・・・こんなに笑ったのは久しぶりだな。」
「ちょっと、りゅーあ。りゅーなは鬼女じゃないでしょ、ちゃんといってあげてよ~。」
「でもな、昊(こう)、呼び名が変な争いを起こさないこともあるんだから、捨てたもんじゃないぞ。」
「も~、りゅーあが、そうやってのほほんとしてるから、りゅーなが怖いとこばっかり引き受けてるんだよぉ。」
「まぁ、そうだよな、ごめんごめん。」
頭にぬくもりを感じた。
「具合悪いのに、そんなにいつまでも頭下げてなくていいんだよ、梅。寝てな。」
「そ・・そんな、滅相も―――」
「流菜も反省してたよ。まさかお前が本当に他の男たちと同じことするって、思ってなかったって。」
「そんな、あの・・・だって・・・兵役だから・・あ、いや、あの・・・ですから・・」
でもな、と領主様は、梅の顔をあげさせて、相変わらずしゃがんだままで続ける。
「お前は12の女の子だ。その女の子が、大人と同じことしようとしたって、できないんだから。
いいんだよ。4日間もよく、梅はがんばったんだ。
この城に来るって決まった時から、ずっつらかっただろ。誰もお前をせめたりしないよ。」
くしゃっと梅の髪をなでて、領主さまは、昊、と少女を呼んだ。
「俺は若葉を呼んで、流菜に話してくるから、お前もう少しついててやれ。」
「はぁい。」
梅がその部屋で療養している間、「鬼女」は一度も現れなかったが、領主様は気楽によくのぞきにきた。
昊と梅に、とお団子をもってきてくれたり、きれいな千代紙をくれた。
梅がようやく訓練に合流しようとしたのは、最終日だった。
「あたしも、いっしょにいったげる。」
と昊がつきそってくれた。
ちゃんとはきかなかったが・・昊は・・・あの噂の女の子なのだろうか。
きっとそうだろう。
噂話だけを聞いていたときは、ねたましい気がしていたが、実際にあってみるとそんなことはなかった。
訓練場所は、妙に浮足立っていた。
「どうしたのかしら・・・。」
あぁ、それはね、と昊はニコっとした。
「今日は最後だから、大将戦するんだって。」
「大将戦?」
「そう。トーナメントだって。」
「トーナメント?」
「軍の頂点を決めるの。」
「頂点?」
意味が呑み込めなかった。
「だって、軍を率いるのは、司令官、右将軍、左将軍、でしょ?」
「そう、それを決めるの。」
「だって、司令官は、き・・姫領主さまでしょ?右将軍様も、左将軍様も、最初にいらしたわ。」
ふふっ、と昊は笑った。
「りゅーなは、実力主義なの。名乗り出れば、下級兵だろうが、士官だろうが、参加して決めるの。」
「・・・え?」
「もちろん、りゅーなもやるよ。」
歓声があがった。
「鬼女」が男たちをを引き連れて、あの最初の日と同じようにやってきた。
「それでは、大将戦を行う。くじをひいて、組み合わせを決めて、最後に勝ったヤツが司令官だ。」
前に出た参加する男たちの殺気立った雰囲気の中で、「鬼女」だけが浮いて見えた。
殺気も何もなく、穏やかですらあった。
梅たちが見守る中で、どんどん組み合わせが決まっていく。
右将軍、左将軍もひいた。
そして、「鬼女」もひいた。
昊の話通りだった。
「戦い方は己の一番得意なもので構わない。 あくまで大将戦だ、相手を殺すために行うのではない。
起き上がれなくなったら、そこで終わりだ。」
「まぁ、深手は負わせるようなことはしてほしくないね。」
のんきな声がした。観覧席に領主さまが座っている。
「大事な部下なんだから、これから戦かもしれないって時に、共倒れになるようなことはしないでくれよな。
ま、その前に俺がとめるけどね。」
あくまで実力者を選抜したいだけだ。負けたからって、落ち込むことはない。
と、いつもと同じ気さくな調子で、領主さまは続けた。
「楽しみだなぁ。」
「昊は心配じゃないの?」
「え?何が?」
昊は不思議そうに、梅の顔を見上げた。
「だって、武器をもってやるんでしょ?あぁいっても、死んじゃうこともあるってことでしょ?」
「あぁ、そんなことはないと思うよ。審判はたくさんいるの、ちゃんと止められる。」
梅ちゃんもおいでよ~、と昊は梅をひっぱって、観覧席の下に連れていく。
「なんだ、お前たちきたのか。」
「だって、久しぶりに見られるから。ねぇ、りゅーあはやらないの?」
はははっ、と領主さまは笑った。
「俺がでたら、弱いのバレちゃうだろ。」
志願しなかった下級兵が周りを囲むようにして、最初の対戦者が向かい合う。
そして、領主さまが号令をかけた。
「始めろ!!!」