🍀今年で39回めとなる山田 長政祭りに行ってみました!(10/4日曜日) 長政とは…静岡県沼津市出身な元、駕籠かきと云う。(やまだ ながまさ1590年?-1630←暗殺説あり…)(以下ウィキペディア参考文→)江戸時代初期にシャム(現在のタイ)のアユタヤ日本人町を中心に東南アジアで商人・軍人として活躍した人物。通称は仁左衛門(にざえもん)。『異国日記』では山田仁左衛門尉長正という署名が記録されている。
来年はいよいよ第40回、更に盛り上げていきます、との主催者のお話も力強かったです🙋
久しぶりなお浅間さんでは、甘酒でいっぷく。良い時間を過ごせました😊
長政とタイの踊りの秋日かな(蕗)
 
静岡市の浅間神社まで日本とタイの友好奉納祈願の行列も賑やかに無事に終わりました。
↓↓↓浅間神社境内の風景一部
↓↓↓此処のお休み処の売店の名物「てしゃまんぐ」です。
オクシズの名産品のひとつ「めんぱ」と言う弁当箱の形の最中(もなか)に小豆餡と餅が入ってとても美味しいです。
↑↑↑失礼。はんたいに撮影してしまいました💦
※オクシズとは・・・・・(ウィキペディア引用)
オクシズは、静岡市の中山間地の総称。「奥静岡エリア」の愛称。 旧安倍郡域及び清水区山間部から構成され、静岡市の面積の約80%を占め、人口は市全体の5%に満たない。区域内には梅ヶ島温泉や井川ダム、南アルプスなど多数の観光資源があり、静岡茶やワサビの栽培、ウイスキーの製造も盛んである。
さて
家の中での話・・・・・
リタイアしたら、やろうとしていた風呂場の天井と壁みがきをしました!
 
やれば出来る💪😅…と言うか…どれだけ放置だったか…🫩色々有りましたねぇHm😞
高台に乗っての作業なため、滑らないよう、慌てずに、年内目標にあともう少し頑張ります🙋🍀

リタイアしてなんのかの、落ち着くのか?三年経ちました・・・・就業中の「?」が、ぶり返すことがあるなら、相談窓口を訪ねましょう!「いつ、だれが、何を、どのように、どうした」は、必ずメモにしましょう。憶測だけで物事をうわさに言い広めるとは、自分がされたらどうなの?が見えなくなっている危険や人を殺めることに発展することもあるからです。重くなりましたが、明日から三連休、皆さんにどうぞ、良い休日でありますように!!
 

猛暑酷暑も過ぎ去ったと思いきや、台風25号、続いて26号も接近中、

どこにも何の被害もないことを祈るばかりでいます。

今月も、なんのかののうちに、本当に早く過ぎ去っていき、

やっとパソコンに向き合っています。今月の四句八句のお披露目です。

ゆるやかに辿る坂道乱れ萩

萩の花揺れて小雨を抗わず

 

今年度から参加を始めた県立美術館及び県立中央図書館のボランティアに通う途中に見る萩の花の景。

静岡市の私鉄電車しずてつの駅「県立美術館前」から、徒歩で15分前後だろうか、ゆるやかな坂道が続いている。

駐車場は、三か所に分散してかなりの台数が停められるものの、美術館や図書館に最も近い駐車場は、平日でも午前10時過ぎには満車状態になるほどな人気スポットになっている。先日は、ボランティア専用でのパーキングをうっかりしたまま、歩いた。息切れ動悸がはぁはぁはぁ・・・な、どこかで聞いたようなCMが脳内駆け巡りながら、上ってくると、嗚呼!小雨の中、萩の花が咲いている。徒歩視点でこそ気付く風景と感動で詠んだ。

秋霖の木々色深き谷田古墳

秋時雨小高き丘の美術館

 

その!萩の咲く丘周辺は、6~8世紀と思われる60基はあろうかと言う古墳群となっており、54,55,56基については近年、ここ県立美術館の整備事業の際(1985年前後)に発見及び復元されているのだそう。美術館の中にある記念品販売店には、土偶のレプリカが販売されて、いいなぁと思う大きさデザインのものが15万円で出ていた・・・・・っと、話がどんどん逸れるね!(>_<)!小雨に濡れるこの風景が私には、また良いのだ。

図書室の利用者ふたり秋の雨

 

夏の暑い間も、冬の寒い最中も、図書館や図書室が利用できる環境にあるとは、それだけで恵まれていると思う。館内の何万とも知らず蔵書な図書には、その数だけの筆者作者の語りかけが詰まっているのだから、ひとり好きには至福のエリアではなかろうか。雑踏のざわめきをよそに、図書室を訪ねる二人連れもまた良し・・・だけれどね、秋の雨。

同じ名の並ぶ俳誌を読む夜長

 

私の楽しみなことのひとつに、これまでの人生体験上の感性に「ピタッとくる俳句に出逢うこと」がある。新聞に掲載の作品や句評を読むことも中々楽しい。上手な方の作品は、何を季語にされていてもそつがなく、そして語彙の豊富さと共に情景思い浮かぶ描写には、すとんと納得したり感動したりしている。上手な方とは当然、何度もお名前が上がるわけだけれど、ここでの句意は少々異なる。時々、所属句会の方に同姓同名の方の名前を見かけて、ご本人に直接その一件をお話して笑われたりもしているのだが、同姓同名って結果、読む側にはややこしいなぁと思う。俳号なら区別がつくのにね。(実に余談なことに、最近、知人と同姓同名な方の一句に出会ったり、逆に句会の主だったメンバーさんと同姓同名の添乗員さんに遭遇して、なんだかなぁ、と色々と複雑な思いがした。深堀は闇でしかないのでピリオドです!)

秋高し走り根脈々接岨峡

機関車の汽笛高らか秋の雲

 

地元交通会社の観光バスで、一度は行っておきたかった観光地、奥大井へ出かけた。

大井川鉄道アプト式電車に、奥泉駅から乗車する。水流調整のための長島ダムを見下ろしながら、アプト式電車で奥大井湖上駅で途中下車。(アプトいちしろ駅と長島ダム駅の間(約1.5km)は、1000m進む間に90m上がる「1000分の90(90パーミル)」という日本一の急こう配)湖上の上に建設と言う類まれな駅に降り立って、湖上の線路伝いを歩き、更に見晴らしを求めて「あずまや」までを登ってみた。途中、何千とも知れぬ走り根に足を取られそうになりながら、上り切った頂点からの眺めもまた格別で感動だった。あぷとラインの接岨峡温泉駅で下車のち、そこで待機の観光バスに再び乗って、途中「茶茗館」(土産店←たまたま最後のひとつ、で、どなたかがお買い求めて行かれた物にポポーがあった。次は見かけたら絶対にゲットするぞと(^^;!←話それてます!)

立ち寄り後、昼食と入浴の川根温泉ホテルでゆったりまったり。大浴場に入浴中に、大窓からはブルートレインだろうか、蒸気を吐きながら、青い列車を汽笛を鳴らしながら牽引していくトーマス号を眺めながらの入浴は最高過ぎた。機関車の句は、季語は普通に「秋の空」が良かったと思うが、心情的に「蒸気煙」まで「雲」にすり替えて入れてみたかった駄句である。

↑こんな走り根が、これでもか、と続いていた。生命力に感服しかない。

 

走り根にあやかったかのように(?)一昨日、再びの御殿場・秩父宮記念公園や金時饅頭、富士ぷれみあむブリューイング(純日本人には馴染みにくいネーミングなビール工場見学、えびせんべいの里のバスツアー参加でした、が、こちらは、FB(メタ)へ挙げていますので、ご興味な方、覗いてもいいよな方はそちらへお願いします。

↑御殿場・秩父宮記念公園で真っ盛りだったシュウメイギク

 

【付録】アップしそびれていた頂きもの・・・梨とすだち、は藤枝の句友さんから。マスカット&ピオーネは娘ちゃんから。栗は幼馴染と栗拾いのときのもの。ゆずづくしジュレはボランティア仲間さんの御里土産。石狩羊羹(はまなす)とアパレイユ(←秋月堂さん銘菓)は従妹からのもの。どれもおいしく頂きました。アリガトウゴザイマシタ!

次回までごきげんよう!

どなたもご自愛くださいますように🙏

 

先回記事の続きの流れで綴るならば・・・第108回夏の甲子園は、一点差の4-3で高崎健康福祉大学高崎を破り、智辯和歌山が5年ぶり4度目の錦を飾りました。たまたま用事があってテレビ中継を見ることはできませんでしたが、両校ともに決勝戦らしい闘いぶり。今年、初出場でしかも先月末のあの震災の熊本代表の有明高校が、ベスト8にまで進出だった記録も嬉しかった大会でした。熱い闘いから元気勇気を本当にありがとう、の思いです。

昨日は石川・富山両県での水害にお見舞い申し上げます。日本列島、西に東に中央にと、災害が重なりつつ、前進あるのみ、体調大事に復興をお祈りするばかりです。

今月の四句八句のお披露目します。


別人と成る束の間やサングラス

 

運転時に西日が眩しくて、危なくて仕方がない。近眼で眼鏡や、コンタクトレンズ使用に加えて、やむなく「サングラス」を購入だった。スポルディングの結構大きなサングラスは、夏の眩しい日光に夕日に中々頼もしく、車を運転するには必需品になっている。だが、そうした必需小物品も、かけるときには一瞬、別人になる気がするのは、「心の窓」とも言われる「瞳」を真っ黒に覆い隠すサングラスの持つ魔力なのだろうか。

序なことに!

9月1日から、生活道路の制限速度が30㌔になる。運転にはゆとりをもって出かけ、生活道路の速度超過の無いように気を付けたい。

空蝉の爪の尖りに風流る

 

毎年の夏、少なくとも二度三度と蝉の抜け殻を目にするが、これが、成虫になるまでの何年間もの間を守ってきた甲冑なのか、と思うと無下に潰したり、ぞんざいに扱えない、と感じるのは私だけだろうか・・・

吾子逝くや孤高灯せる盆の月

 

正直、自分が逆縁の身になるなどと思わなかった。何のために生まれて27年間の艱難辛苦を耐えたのか・・・ひたすら耐えるだけの人生が何だったのか、悶々とせざるを得ず、親力が足りなかったのかと未だに悩みは尽きない。少なくとも人に危害を与える側には無かっただけの孝行を遺したこの子を思うとき、句に落とす以外に、子への弔いの方法を私は知らない。ただ日々、自然災害や人災で図らずも命を奪われなくてはならなかった命を思うとき、めげているわけにもいかないのも人生かと思ったりもする。ひたすらサドンデスが堪える。時々、私腹肥えたる御仁の悪行をニュースで見聞きするたびに、組織を守ったり、守られたりしながら、こうした人たちが生き残っていたことに憤懣がうずく。が、強くなくては生きていけない、優しくあらねば生きている甲斐が無い、との誰かの名句に、いまひとつ加えるのなら、賢くなくては、喜び無し・・・・・なのだろう・・・・

喉奥で堪(コラ)え居るもの原爆忌

 

今年の1月に漸く原爆ドームを拝すことが叶ったところだが、8月6日(続く9日も)、記念式典もテレビでしっかり見届けた。  81回目である。テレビに映し出される「過ちは繰り返しませぬから」との原爆碑文に、どことなくうすら寒い思いがするのは、相変わらず続く戦争ニュースを見聞きするせいだろうか。分かり合えぬ国と国、人と人。歴史に学ぶとはどういうことなのか、ネガティブになる。梶の葉の句会で主宰からは「八月は六日九日十五日」と教わり、まったく戦争は終わっていないとの思いがしている。そして何号だったか俳句誌「梶の葉」にあった会員の作品、「切手貼る たつぷりの水 原爆忌」という一句をしみじみと思い返している。※「つ」(促音)や「や・ゆ・よ」(拗音)は所属の句会ではすべて大文字表現であるため、投稿時の当方の入力ミス、陳謝と共に修正しました。

日の丸の赤冴え冴えと終戦日

 

日章旗(国旗)の損壊罪が成立した。この八月より日の丸を公然と損壊した場合、2年以下の拘禁刑または20万円以下の罰金に処されることとなる。なんであれ、損壊行為自体、いかがなものかというところ、戦争の爪痕はどこまでも無くならない。海外でその国の国旗の損壊行為についての罰則は当然のようにありながら、日本に今まで無かったことのほうが、おかしい、との議論がやっと実を結んだ。昔のように外玄関に祝日に国旗をたてることは、無くなったけれど、父親が遺していった日章旗は、実家処分の際、二つあったうちのひとつは、染みだらけだったために、処分している。(こういうケース、つまり処分せざるを得ない場合とは、届け出を出すの?@@?)もう一旗は、色褪せこそしているが、しっかりと居間に飾っている。それでも、日章旗の「赤」は冴え冴えと迫るものがある不思議。幼少時に歌の得意でない母親が繰り返し「日の丸の歌」を歌っていたことまでもが蘇る。

思ふこと父母に繋がる夕焼けかな

 

母が逝って10年、父は4年、共に平均寿命は達成だった往生だったし、父親など、もう百歳までほんの二、三年の長寿だった。父母共に結婚前の戦時中に、「外地」に赴き、満州のそれぞれの赴任地で命からがらな思いをしている。口に出さずに堪えられなかった母からは、私は戦状話の聞かされて育った。子供心にも惨状下に置かれた若き頃の母親については同情あるのみだった。そうこうして思春期の私に戻るならば、親子関係のギクシャクした居心地の悪さだけが蘇る。子供立場からは、「ズルイオトナ」を赦す努力が要ることに疲弊がちになりながらも、脳裏には、何かにつけて父母の笑顔だけが纏わりついてくる。年を取るほど、絡みついてくるような感覚だ。終局「ありがとう」とは呟くものの、夕焼けにはそういう懐古作用や浄化作用があるのかしら、不思議。

 

その父母たちを思うとき、私が注意していきたいと思うことに、「認知症」がある。母親の「虚言」とひとり闘っていた思い出などを拾うたびに、ヤングケアラ―だったなぁと。、認知症に遺伝性があると言うなら、なおのこと、でナーバスになり、また安易に医者や薬に頼るのも私には大きく抵抗があるために、今から留意できることを調べてみた。

普段から留意しておきたい5点→①血圧管理②血圧に関連して塩分取りすぎに注意③血糖値注意④睡眠の質改善⑤難聴対策及び人との交わり にまとめられそうだ。

⑤は幼少時からの話なので、補聴器がどの程度で必要なのか(?)が課題だな・・・夕焼けを飛び越したね。

かき氷甘露しづかに消へゆけり

 

猛暑、酷暑の日々もあと少しもう少し、という時に、かき氷は、こんなにも嬉しく楽しい「おやつ」だったのかと思う。

清少納言の枕草子には既に「削り氷(ケヅリヒ)」として登場し、雅な方々のみが嗜むことが出来たとなると、益々、かき氷様様、だ。イチゴ、メロン、レモン、ブルーハワイに、マンゴーや宇治抹茶、ほうじ茶のシロップが登場し、更に白玉団子や小豆餡をのせて食べるなど、最高の贅沢に思う。それでありながら、なぜか私は無色透明な「甘露」が懐かしい。砂糖100g、水100ccで沸騰させた後冷やすだけのそのシロップには、色が無い。氷にかけて色が無いのは分かりづらいだけに、人気薄なのだろうね、きっと。美味しさ十分なのにね。

無花果もぐ父の背追ひし幼き日

 

これは、「無花果もぐ父の背(セナ)追ふ少女かな」ぐらいが良かったかな・・今更になったが、10歳まで住んでいた生家には一本の大きな無花果の木があった。甘い無花果独特の香りが漂い、見上げた先に濃あずき色な実が見え隠れするようになると、父親がひょいひょいと上って、実を「試食」していた。その後、いくつかを大事そうに摘んで抱えて下りてくると、下で見上げていた私にもやっと分けてくれた。花は咲かない(正確には表立って目えない)のに、こんなに美味しい果物ってあるのだろうかと思う。和歌山県が生産高がトップと言う。スーパーで出回っているそれは、ひとつ120円ほどの値段がしていて、「むかしはものをおもわざりけり」の思いがする。いまひとつ、懐かしいことに姑さんは「唐柿」と言って、よくジャムに炊いていて、お相伴にあずかっていたことまでもが蘇っている。因みに、無花果は秋の季語。

*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*

御託を並べました。

今日の富士山です。

  

 

次回までどなたも御自愛ください🙋