前回の投稿から一か月以上、そして早、月末を迎えてしまった。
当方には!パソコンと乗用車の不具合ダブルパンチの一か月だった。
聞こえ来る物騒極まりない事件や物価高相次ぐ中で、昭和な人間には「何故そういう話になるのか?」と理解しかねる諸々があり、なんでもAI主体思考が「これか」とも感じる出来事が私にもいくつ起こってしまった。個人情報など漏れて当然な世の中にもなっていると思う。更に相談窓口にあっても「AI」が「もんどころ」であれば、話のすり替えも話の受け流しも当たり前になっていくのだろうか。昭和なジョーシキなどは懐かしむものであって通用しないものだし、いつも「勉強」を心得よ、になり、病気ひとつもしていられない・・・・・・とのぼやきから始まる不本意をご容赦願いつつ、五月の四句八句を纏めてみた。
藤に風気儘気紛れとほり過ぐ
これは先回記事の通り。
※「藤」は夏の季語、因みに歳時記には秋の季語で「ふじ」がある。これは林檎の種類で上がっている。
立ち並ぶあやめ凛々しき川辺かな
散歩途中で見かけた菖蒲は篤志家がお世話してくれているもので、池周りに作られた花壇で見事に咲いていた。(心無い人たちに悪さされないことのみを願うばかりでいる。)
「あやめ」は変換すると「菖蒲」が出てくるが、歳時記の「あやめ」は「渓蓀」とあった。いわゆる花しょうぶとは違う「あやめ」がまとまって咲いている姿も目に眩しかった。
人知れず黄色の薔薇の開くかな
昨年だったかバラが好きと言う友人に贈った序に自分のも一鉢買って地植えしておいたら、今年もきっかり咲いてくれていた。黄色のバラの花言葉は!ネガティブとポジティブの両方の意味があり、友人に贈るには良さそうだが、恋人などには一言感謝を添えるのがベストらしい。(by AI)
虫喰いのあぢさゐ紅に咲き誇る
花の形が可愛くて鉢買いした紫陽花は、気付くとその葉が芋虫に、相当な勢いで食べられてしまっていた。うっかりしていた。葉から運ばれるはずの栄養素も不十分なままに花はかろうじて一所懸命に咲いている。
半円がカメラはみ出る午後の虹
今月1日の句会の日は、さんざんな土砂降りだった。帰る頃にようやく止んで買い出しを済ませて店を出ると、大きな半円の虹、そして写真では分かりづらいかもしれないが、二重虹が見事だった。
連面と麦秋続く北越道
昨年訪れた富山への旅路で車窓から観た麦秋を詠む。また旅に出たいものだ。
独り居や素麺冷やす水の音
今は亡き母が夏にはよく素麺を茹でていた。そうめんつゆを多めに作っては、子供らが麦茶に間違えないように「麦茶じゃない」と貼り紙がしてあったことを思い出す。普通に「そうめんつゆ」と書けばよいのに、と反抗期もあったか私は覚めていて「麦茶は私は、水で良し」と決め込んでいた。年も行けば分かり合えることもあろうかと言うものだが、私は作り話が過ぎる母とは合わずに苦労だった。ただ素麺に罪はない。
歳時記で「素麺」の季語を探すも総索引では「素麺冷やす」の行為としての掲載のみが見つかる。あまりに平凡な出来になった。索引から例句へ目を移すと「冷や素麺・流し素麺」などが挙がっている。
〘例句〙うまうまと独り暮しや冷や素麺 (山田みづえ)ざぶざぶと素麺冷ます小桶かな(村上鬼城)
箪笥より捨つるものあり更衣
毎年の衣替えも着るものが大概一定化してきて、断捨離とばかりに処分する衣類も増えてきた。たんすの引き出しが随分、整理されたように思う。まだまだ断捨離は一朝一夕に無く、マイペースで続行中ではあるが。
なんとか五月に間に合ったようだ😓
来月はどんな一か月になるのだろう・・・・
次回までごきげんよう👋😊

























