小堀遠州による白砂の波心庭を彩る紅色の高台寺桜。

現在は4代目となる枝垂れ桜です。




ふわっと海月が舞うように
枯山水にふりかかる美しい紅色。



絶好の見頃とあって
とても人出の多い日でした。




苔や石でモザイク模様を配したり
巨大な龍図を表したり
巨石を立てたりして

毎回趣向を凝らして楽しませてくれる
枯山水の庭園です。



現在は色調をシンプルに抑え
その代わり砂紋を多く用いていました。



こんな落雁ありますね(笑)




今回の演出は庭の格調が上がり

奥行きや深みといった趣が増した印象です。



何かと年中人の絶えない八坂神社。

京都一の繁華街である四条通りの突き当り、
どん突きにあたり、祇園の歓楽街、花街も広がります。

観光客に人気の大寺院にも囲まれ、
周辺は京都で最も混雑する一帯に違いありません。




しかしながら・・・・

その八坂神社のすぐ裏手、
円山公園の枝垂れ桜を今回こそ見たい!

その岩をも通す一念で行ってみた八坂神社。


かなり早起きし、駐車料金に射止めをつけず
多大な犠牲を払って行ったところが・・・・・




ちょうど最高の見頃でした(笑)



これが公園中央の「祇園の夜桜」!



樹齢80年、通称「祇園の夜桜」
現在は2代目となる一重白彼岸枝垂桜です。


とても大きな枝垂れ桜ですが、
樹形がどうも好きになれませんでした。

カラスの被害なども多く
枝が折られたりするようです。


近隣にはソメイヨシノなど
多くの桜が並んでいます。









立本寺(りゅうほんじ)本堂前の枝垂れ桜。








お隣りの祖師堂は元禄年間(1688-1704)に建立、
1708年(宝永5年)旧境内より移築されたものです。

二重屋根の立派な建物ですが・・・・



惨憺たる痛み具合いです!(泣)





境内南側には京都市が借り受けている「立本寺公園」があります。



公園内には鐘も無く放置された鐘楼や蔵・・・・・


寺側は賃貸借契約切れとなるこの公園敷地を
新たに福祉施設に貸す計画があります。

さらにさびれた祖師堂を取り除き、公園代替地として
付近を新たな公園敷地とする計画もあるという。

境内の一画や古堂を切り売りするようなこんな状況が
傍から見ていて残念な思いでいっぱいです!

寺側の意向や経済的理由などがあるとしても
貴重な文化財や、せっかくの景観など
もうちょっとしっかり保存できないものでしょうか・・・・・・・


見事な樹形の仕上がり!


これでもかと言うくらいの花の多さ、
枝の細かさ、見応えあるこの密度!


西山門入って左手、寺務所前の枝垂れ桜。
小気味よく広がったバランスの良いこんもり半円形。



有名な枝垂れ桜は数多くあれど
見事に繊細さの結実。



きめ細やかな日頃の手入れはモチロンでしょう。

日々の努力を想像するだけで圧倒されるような・・・・
目にできるだけで、まさに感謝の領域・・・・



ソメイヨシノにも似た白い花弁。


1410年(応永17年)上京区元本満寺町あたりにて創建。

「広宣流布山本願満足寺」が正式名称。

本堂は1927年(昭和2年)再建
近年建具を修理しているようですね。



京都御所より移築された西山門。
左の鳥居は隣接する妙見宮です。



本堂脇には
徳川家康二男・結城秀康の正室・蓮乗院(?-1621)の石廟。

高さ2.7m、幅2.1m、奥行1.7m。
内部に高さ1.3mの石塔を格納。

1621年(元和7年)建立、2005年(平成17年)修理。
修復前は屋根・正面扉・台座などことごとく破損していました。



尼子十勇士、「山陰の麒麟児」と呼ばれた
山中鹿之介(1545-78)の墓地がある本満寺墓所。

1764年(宝暦14年)山中家子孫により建立されました。

京・中国各地に数多く残る山中鹿之介の墓所のひとつ。

初めて訪れた本満寺。

その長い歴史や見事すぎる桜に、
しっかりとした存在感を感じました。

なるほど観光客の多いのに納得!!!


ご存忠臣蔵の祀られた大石神社。

赤穂市の大石神社の方が有名かもしれませんが、
大石内蔵助が隠棲していた京都山科にもあります。




境内の鳥居脇にある大きな枝垂れ桜が「大石桜」です。
枝振りも見事なもので、ほぼ満開。





1933年(昭和8年)、大石神社創建時この地に
元来より生育していた枝垂れ桜を

境内整備後に改めて神木として
定植させたことが始まりです・・・・・




大石内蔵助公もどこか誇らしげ!!!