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何かと年中人の絶えない八坂神社。
京都一の繁華街である四条通りの突き当り、
どん突きにあたり、祇園の歓楽街、花街も広がります。
観光客に人気の大寺院にも囲まれ、
周辺は京都で最も混雑する一帯に違いありません。
しかしながら・・・・
その八坂神社のすぐ裏手、
円山公園の枝垂れ桜を今回こそ見たい!
その岩をも通す一念で行ってみた八坂神社。
かなり早起きし、駐車料金に射止めをつけず
多大な犠牲を払って行ったところが・・・・・
ちょうど最高の見頃でした(笑)
とても大きな枝垂れ桜ですが、
樹形がどうも好きになれませんでした。
カラスの被害なども多く
枝が折られたりするようです。
近隣にはソメイヨシノなど
多くの桜が並んでいます。
京都一の繁華街である四条通りの突き当り、
どん突きにあたり、祇園の歓楽街、花街も広がります。
観光客に人気の大寺院にも囲まれ、
周辺は京都で最も混雑する一帯に違いありません。
しかしながら・・・・
その八坂神社のすぐ裏手、
円山公園の枝垂れ桜を今回こそ見たい!
その岩をも通す一念で行ってみた八坂神社。
かなり早起きし、駐車料金に射止めをつけず
多大な犠牲を払って行ったところが・・・・・
ちょうど最高の見頃でした(笑)
とても大きな枝垂れ桜ですが、
樹形がどうも好きになれませんでした。
カラスの被害なども多く
枝が折られたりするようです。
近隣にはソメイヨシノなど
多くの桜が並んでいます。
立本寺(りゅうほんじ)本堂前の枝垂れ桜。
お隣りの祖師堂は元禄年間(1688-1704)に建立、
1708年(宝永5年)旧境内より移築されたものです。
二重屋根の立派な建物ですが・・・・
惨憺たる痛み具合いです!(泣)
境内南側には京都市が借り受けている「立本寺公園」があります。
公園内には鐘も無く放置された鐘楼や蔵・・・・・
寺側は賃貸借契約切れとなるこの公園敷地を
新たに福祉施設に貸す計画があります。
さらにさびれた祖師堂を取り除き、公園代替地として
付近を新たな公園敷地とする計画もあるという。
境内の一画や古堂を切り売りするようなこんな状況が
傍から見ていて残念な思いでいっぱいです!
寺側の意向や経済的理由などがあるとしても
貴重な文化財や、せっかくの景観など
もうちょっとしっかり保存できないものでしょうか・・・・・・・
お隣りの祖師堂は元禄年間(1688-1704)に建立、
1708年(宝永5年)旧境内より移築されたものです。
二重屋根の立派な建物ですが・・・・
惨憺たる痛み具合いです!(泣)
境内南側には京都市が借り受けている「立本寺公園」があります。
公園内には鐘も無く放置された鐘楼や蔵・・・・・
寺側は賃貸借契約切れとなるこの公園敷地を
新たに福祉施設に貸す計画があります。
さらにさびれた祖師堂を取り除き、公園代替地として
付近を新たな公園敷地とする計画もあるという。
境内の一画や古堂を切り売りするようなこんな状況が
傍から見ていて残念な思いでいっぱいです!
寺側の意向や経済的理由などがあるとしても
貴重な文化財や、せっかくの景観など
もうちょっとしっかり保存できないものでしょうか・・・・・・・
見事な樹形の仕上がり!
これでもかと言うくらいの花の多さ、
枝の細かさ、見応えあるこの密度!
西山門入って左手、寺務所前の枝垂れ桜。
小気味よく広がったバランスの良いこんもり半円形。
有名な枝垂れ桜は数多くあれど
見事に繊細さの結実。
きめ細やかな日頃の手入れはモチロンでしょう。
1410年(応永17年)上京区元本満寺町あたりにて創建。
「広宣流布山本願満足寺」が正式名称。
本堂は1927年(昭和2年)再建
近年建具を修理しているようですね。
京都御所より移築された西山門。
左の鳥居は隣接する妙見宮です。
本堂脇には
徳川家康二男・結城秀康の正室・蓮乗院(?-1621)の石廟。
高さ2.7m、幅2.1m、奥行1.7m。
内部に高さ1.3mの石塔を格納。
1621年(元和7年)建立、2005年(平成17年)修理。
修復前は屋根・正面扉・台座などことごとく破損していました。
尼子十勇士、「山陰の麒麟児」と呼ばれた
山中鹿之介(1545-78)の墓地がある本満寺墓所。
1764年(宝暦14年)山中家子孫により建立されました。
京・中国各地に数多く残る山中鹿之介の墓所のひとつ。
初めて訪れた本満寺。
その長い歴史や見事すぎる桜に、
しっかりとした存在感を感じました。
なるほど観光客の多いのに納得!!!
これでもかと言うくらいの花の多さ、
枝の細かさ、見応えあるこの密度!
西山門入って左手、寺務所前の枝垂れ桜。
小気味よく広がったバランスの良いこんもり半円形。
有名な枝垂れ桜は数多くあれど
見事に繊細さの結実。
きめ細やかな日頃の手入れはモチロンでしょう。
1410年(応永17年)上京区元本満寺町あたりにて創建。
「広宣流布山本願満足寺」が正式名称。
本堂は1927年(昭和2年)再建
近年建具を修理しているようですね。
京都御所より移築された西山門。
左の鳥居は隣接する妙見宮です。
本堂脇には
徳川家康二男・結城秀康の正室・蓮乗院(?-1621)の石廟。
高さ2.7m、幅2.1m、奥行1.7m。
内部に高さ1.3mの石塔を格納。
1621年(元和7年)建立、2005年(平成17年)修理。
修復前は屋根・正面扉・台座などことごとく破損していました。
尼子十勇士、「山陰の麒麟児」と呼ばれた
山中鹿之介(1545-78)の墓地がある本満寺墓所。
1764年(宝暦14年)山中家子孫により建立されました。
京・中国各地に数多く残る山中鹿之介の墓所のひとつ。
初めて訪れた本満寺。
その長い歴史や見事すぎる桜に、
しっかりとした存在感を感じました。
なるほど観光客の多いのに納得!!!














