コンプレックスというのは皆あるでしょう、そう重いものでなくても
自分の顔の、体の、ここが嫌だ、どうしてこんななんだ、という箇所。
是コンプレックスなりや
性格の場合は努力や妥協で改善出来るのだからコンプレックス、とは少し違うように思う。
それは単に「自分の性格のここが嫌い」というタイトルで済むね
対して、外見というのは簡単に変えられないもので、故に是、コンプレックス。
なるべく隠したいものだから人のコンプレックスを当人から聞く機会はあまりないけれど、
残酷なのは写真なんかに如実に出ることであるね。
コンプレックスそのものでなく、あぁこの人はここをコンプレックスに思っているのだ!ということが。
写真でいつも目を見開く人は、目が小さいとか吊っているとかそういうことを気にしているのだろうし
いつも口をしっかり閉じる人は前歯が出ているとか歯並びが美しくないとか、がコンプレックスなのでしょう
さて、自分が気にしている箇所なんて他の人々はそう気にかけていないものである!
ところが写真なんかでそうして一生懸命隠そうとすることで
「この人はいつもこの顔をするなぁ、ここを気にしているのだろうなぁ」というのが何となく伝わってしまう。
ままならないな
小さい頃の話ですけれど。
目は小さく唇は厚く髪は天然パーマで大荒れしていたもんで、
子どもながらに嫌だ嫌だわたしの顔!
顔どころか頭部全体!
と気にして気にして
写真を撮りますよ、という時はピンでめたくそに髪を留め
目を見開き口をしっかり結び顎を引いていたら
出来上がり写真はさながら化け物になっていたのでした
それを見た母は仰天し、
怖い顔しないの、せめて楽しそうな顔をしてなさい、気にしすぎるからどんどん気になるものなの!とわたしを叱ったのでした。
当時はコンプレックスをほじくられたようで歯ぎしりしたものですが
その後は父の「お父さんは目、そんなに気にならないけどね」という謎のフォローもあり
お母さんに怒られちまうからな!気にするから気になるんだもんな!と変な工夫をやめてそのままに写るようにしたんで、
すると不思議なもんで、
目がどうとか唇がどうとか、そういうことは本当に、どんどん気にならなくなったのでした。
幼かったもので、それなりに純粋だったのが功を奏したのでしょうね。
何というか、コンプレックスに思っているところが他の人にとっては気にならない、どころか目もくれていないところであったり
それどころか愛しく思われている場合もあるかも、もしかしたらあるかも知れないんで、
あまり心をとらわれない方が良さそう。
それに表情つうのは決めた顔ひとつよりは豊かな方が、と思う。
誰だって自分をいちばん気にするのだから、
他人はそうわたしを気にしていない!
というのは割と、救われるね。
好きにやろう。
もう少し、ビール飲もう。