1年ぶりの日記復活です。
もはや忘れ去られている気がしますがみなさんはお元気でしょうか(^^;
震災から1年半。
やっと、やっと行く事が出来ました。
9月29日。
旅に出ますとつぶやいたまま夜中に出発して東北へ。
今回は会社の上司と同僚と4人が参加。
行き先のみ決まっていて初日の宿以外全て未定・・・
何故なら現状がわからないから予定を組む事で真実を見逃す事を避けたかったから。
行く前の数日間あらゆる検索と情報収集をしてみたけれどどれも過去のものばかり。
震災から1年半。
もう誰も現状を伝えてはいないのか?
市や観光協会も復興や現在の政策などを発表しているだけで映像も画像もない。
あるのは震災1年などの記事や情報ばかり・・・。
散乱する瓦礫は片付けられた(廃棄処理は別)という情報だけは持っていたのでどこまであの時散々報道された映像からこの1年半で変わっているのか・・・
今回は観光でもなくボランティアでもなく“今”を知りにだけ行った。
深夜に出て東北道の途中で仮眠程度の宿に宿泊。
そして翌日お昼頃最初の目的地とした一番死者の多かった石巻市に到着。
海沿いに向かっていると何となく感じる違和感・・・
道路脇に雑草が生い茂っている田舎町の道って思ってしまえばそれまでだけど、良く見ると家の基礎が残っていた。
そして道の作りが何かおかしい・・・と、思った時に目の前に広がった何も無い雑草畑のような光景。
でも家の基礎はある。廃墟となった家も点々とある・・・そして波を打ったアスファルトが・・・。
走っていた道は後から敷かれた仮設の道だった。
だから田舎道とも違う感じがあり、道の作り方や信号の無さに違和感を感じた事に気付いた。
そして港方面を目指して走っていると道路は広くなったけどガタガタで・・・明らかに大通りっぽいのに両脇には何も無くあるのは家の基礎だけ。。。
ある程度の覚悟を持って来た自分たち4人だったけど全員言葉に詰まる。
ただただこの現状に津波の威力を感じずにはいられなかった。。。
たまたま運良く石巻市内で宿が確保出来た頃ちょうど台風が東海地方に上陸。
夜荒れる前に現地の話を聞きたかったので2軒寄ってみたけど1件目はかなり海からも駅からも離れたところ。
そこでも130cmまで水が来たとの事。
お店の柱にその跡がしっかりと残っていた・・・
そして2軒目は宿の近くのお店で当時の話を聞けた。
そのお店は河川から200m位のところ。海からは2kmも無いところ。
店主に話を伺ったら1本河川よりの通りは相当被害があったとの事。
たまたま道路に瓦礫が溜まって堰き止める形になって水の流れが変わったので床上浸水程度で済んだと聞いた。
自分たちの認識では今雇用に困っているから大変だと思っていた。
しかし話を聞いたら実際は失業保険が特例特例で延長されていて実際には求人はかなり多いと聞いた。
勿論家や家族を失った方や仕事を失った方もたくさんいる中でその心の整理は容易ではないはずだからナカナカ次に進めない方も多いとは思う。
でも一番繁盛しているのはパチンコ屋さんだって聞いた時はさすがに引いた・・・(※あくまで聞いた話なので鵜呑みにはしなかったけど。)
他にも色々聞ける話はあったけど、今一番幸せを感じる事って何ですかと伺った時に“生きている事”って即答された事にまた感じるものもありお店をあとに。
お店を出たのが23時頃。
さすがに風も強く台風情報を見ると福島あたりまで来ていた。
ホテルに戻ってから少しすると携帯が急に鳴った!
そしてテレビを付けると“避難勧告”が・・・
泊まったホテルは河川からわずか50m程度。
勿論震災で倒壊、リニューアルしたばかりというのはチェックイン時に知っていたけど避難勧告はさすがに怖い。
って事で勧告なので強制力はないけど近くの小学校へ一時避難する事に(^^;
小学校の2階の一角の教室が避難場所になっていて、既に数人が来ていて休んでいた。
自分たちも教室の一角で横になっていたけどそう簡単に寝れるものではない。
そこにはプライバシーも何も無い。←非難なんだから当たり前(^^;
市の職員の方も親切だったけどこの空間で1晩ならともかくずっとだとツライなと思いつつ、被災した方は寒い中長い期間ずっとこういう状態だったんだなと思うと記事や映像では伝わらないものがここにあるなと改めて実感。
いい意味でいい経験になった時間でした。
ある程度雨・風が収まったのでホテルに戻る事にして仮眠。
ビジネスホテル的な空間とはいえ幸せを感じた。
初日から貴重な体験でした。。。
2日目に続く( *´艸`)