先に(現場を)他界した先人達のなかにはこう言い残して死んでいった人もいる、「make xとはなんだったのか。」
オタクを名乗る以上、推しの“悪いところ”を見つけることができるのは優れたことかもしれない。
だが、しばしばその思考が先行しすぎることにより“他界”というリスクが切り開かれることもある。
私は典型的な妄信者タイプのファンであり、推しの言動からステータスまですべてを無条件に是とする。
私はそれを、「推しを見ていない」ということとイコールにはならないと思っている。なぜなら、推しの言動からステータスまですべてを見たうえで、そのすべてを肯定し、すべてのスイッチを“是”としているのだから。
しかし、これはある種の思考停止を意味しているとも言える。
ある人は言うだろう、「それじゃあアーティストは成長しない。悪いところは悪いと言ってやらないと。」、と。
たしかにそれは正しい。とりわけ寿美菜子というアーティストは、内輪でちやほやするに惜しいほどの、アーティストとしてのポテンシャルを感じさせてくれるのだ。そういいたくなるのもわかる。
しかし、自分が取るに足らない一ファンであることを忘れてはならない。推しの悪いところを声高に唱え続けても、それは一ファンの戯言にすぎず、アーティストからの反応もほとんど見込めない。(一応言っておくと、寿美菜子さんは勝手に成長すると思うよ。)
さらに、推しのいいところを言うのとは違い、悪いところを言うことは 共感が得られなかったと同時に、他のファンからの反感を買う。
こう考えていくと、私は推しの悪いところを探し出すことに意味を見いだせない。ツイッターで推しの批判を繰り返すアカウントを見て思ったことだ。彼はあのようなつぶやきばかりして楽しいのだろうか、と。
私なら嫌になりそうだ。。
経験上、自分の発したネガティブな発言にまみれて他界するオタクは多い。
妄信者になれるならなった方がいい、馬鹿みたいで楽しいんだ。向こうは楽しませようとしてくれるんだから、楽しまないと損でしょーよ(゚∀゚)
