前回の記事↓

 
ある問題が起きた。
 
私はその問題の火消しに奔走していた。
 
そう、ほっとけなかった笑い泣き
もうこうなったら、とことんやってしまおう。
 
と、私はその出来事に関連した人たちと話をすることにしたのだ。
 
出来事の詳細は省くが、とどのつまり…
 
一人がした行動が複数の人の心情を揺るがした。
 
怒り、悲しみ、困惑、混乱。
 
当の行動した本人はどうかは分からないけれど、周りはこういった感情を感じていた。
 
私はこの出来事に関して、ある程度の収まりはあるものの、今後の事務的な作業や対応のために、時系列や詳細を確認しておく必要があったので、それについて聞いていた。
 
それに今回濃く関連した人は、その人がした行動の動機や理由を知りながら、反対しつつ援助したのだが
 
もはや、自分は悪くなく相手が悪い、騙された!の一点張りである。しかし、私からも本人からも詳細を聞いていての援助だ。笑
騙されたわけではない。
 
少し前の自分と同じ状態で、なんだか私はいたたまれず見ていて恥ずかしくもなっていた。
 
私、こんなんやったんか…とチーン
 
おかしい、変だなと思いながら「まさかね、そんなはずは…」という風に自分の違和感を打ち消し「自分は間違っていない。私のせいじゃない」とごまかし続けた結果、相手が自分が思うように行動しなかったことに対して裏切られた、と感じていた自分。
 
で、聴取(笑)しているのだが、そこにいた全員が「それは違うんやないかな笑い泣き」ということに気づいている。
だが、その人にとったらそれが筋が通った話になっており聞く耳持たずであった。
 
その様子を見ていたおっちゃんは大爆笑していた。
むせるほどに爆笑していた。
 
「そんなにおかしいですか?ムキー
 
「あー、わろたわろた。ほんまアホやんなぁ、自分ら。くくく…」
 
「いや、私もうっすら大気圏ぐらいにそう感じ始めてますけど」
 
「あーあ、アホやアホ。なんでみんな、そんなに自分をかばいたいんやろなあ?
 
「そりゃ自分が可愛いからですよ!!」
 
「せやろな。それが愛っちゅうやつかもしれんなあ。くく…」
 
と、また笑い出した。
 
「姉ちゃん、この問題にテーマつけるとしたら何や?」
 
「テーマですか?」
 
今回、自分がこのことに関わり色々な人の話を聞いて感じたのは、とにかく「自分のせいじゃないと思いたい」という気持ちであふれていることだった。
 
私は、その人が行動を起こさせたのは、自分が伝えていた「夢は叶う」や「思考が現実化する」ということのせいではないかと思い不安になり
 
ある人は、自分が援助したのは相手が騙したからだ、と思いたくて不安になり
 
ある人は、自分が援助をしなかったせいでこうなったと思い不安になり。
 
とにかく、みんな自分のせいではないのに自分のせいだと思われることが怖くて、自分のせいじゃない理由を探しているに過ぎない。
 
自分のせいではないのに(笑)あえての自分のせいを探し集める謎のドラゴンボールコント(笑)
 
そして、誰が悪いのか
 
どうしたら防げたのか
 
どうしたらこれから起こるかもしれない厄災に対処するか
 
それでいっぱいなのである。
 
そして、当の行動した人はこう言ったのだ。
 
「過去と未来のこと考えて不安になるのは死んでいるのと一緒」と。その通り。その通りなのだが…
 
思い出すとはらわたが煮えくり返った(笑)
 
「うるせーー!!てめーに言われたかねーー!!ムキー
 
「うわ!!なんやねん。急に。すまんかったって。ごめんって!ごめんなさい。堪忍な。」
 
突如、叫ぶ私におっちゃんは肩をすくませ目をまん丸くして怯えた。
 
「あ、すんません。つい…。けどね、おっちゃん。自分の欲望を満たすために、自分は何も差し出さずに他人に頼るっていう考えが私は気に入らんのですよ。」
 
「何で?」
 
「気持ちよくないからです。」
 
「姉ちゃんにとったらそうなんやな。でも、相手にとったらちゃうかもしれん。それが気持ちいいかもしれんねんで?
やってみんと分からんしな。けどな、別にやらんでもええこともあんねん。
 
で、やるっちゅうことはもうやりたいねんなあ。
ほんで、姉ちゃんはやらんかったらええねん。そんだけやろ?
それを過剰反応しとる姉ちゃんら…ぷくく。
相手の思うつぼっちゅう奴やな。」
 
何の反論もできなかった。なぜならその通りだからです(笑)
 
出来事を「問題」としてとらえる。
 
このことの堂々巡りさといったらないのである。
 
そんなさなか、行われたTCマスターカラーセラピスト講座です。(笑)
思う存分、カラーセラピーを堪能させてもらった私。
出る出る出る出る負の感情!!
 
けど、もう出すと決めた。どうなってもいい。とにかく出す。誰かが傷ついても私はそうする。
 
そうだ、結局私は相手がしていることをしているのだ。
 
相手が傷つくかどうかは分からない。だが、私は傷つける覚悟でこの出来事をおっちゃんとの会話をブログにしている。
 
不思議なことにめちゃめちゃ笑えている自分がいる。
結果、ハッピーなのかもしれない。(笑)
 
 
そして、このことで自分がどう在りたいのかも分かったのだ。
 
相手が嫌かどうかどう考えても仕方ない。
 
ただ、自分が「されて」「嫌だ」ということは相手に伝えた。
 
その先はもう私のものではない。
 
私は、「自分がされて嫌なことは人にはしたくないな」という一つの想いにたどり着いた。
小学生か!!と思ったそこのあなた。
そうなのである。私は小学生のようなやつです(笑)
 
ただ、ね。
 
自分が色々感じて、泣いてわめいて怒った後に「そうしたくない」と言っているのと
 
知らずに感じずに何となく周りも言っているし、みたいな感覚で「そうしたくない」と言うのとでは全く決意の仕方が違う。
 
「せやなあ。やってみんと分からんからな。」
 
「けどね、おっちゃん、やっぱり何度も押し寄せる。後悔。」
 
「それでこそ人間やがな!人間や!それでええねん!!分かったふりして、すましたふりして、何ともないような顔して、傷ついてないような顔して生きるなんて死んだも同然や。」
 
おっちゃんのことばにまた涙が落ちた。
 
また、私はこれを繰り返すかもしれない。
 
この想いをぶり返すかもしれない。
 
でも、それでいい。