『四百三十円の神様』(著/加藤元)
七つの日常を切り取った話から成る短編集。
巻末に作者自身のあとがき解説があるのだが、別の話のオムニバスだった話や、本人の体験が元となっている話などがある。
これを読むと知らなかった事情が知れるのだが、知らずに読んだ方が先入観なく読めて良かったと感じることもある。
私は作者の私念を知ってある話の読後感が気まずいものに変わってしまった。
なので作者のあとがきは最後に読むか、いっそ無視することをお勧めする。
表題作となっている『四百三十円の神様』は行きずりに牛丼を奢った相手から『神様』と感謝されることから物語が始まる。
また『ヒロイン』は一人の少女が古い銀幕スターの女優に強い憧れを抱く話だ。
他にも不眠症に悩まされる男性の話などがあるが、小さなきっかけで新しく一歩を踏み出す、そんな瞬間が時には淡々と、時には力強く描かれている。
様々な時代の『九月一日』を巡る話は、教訓めいてはいるが大人の醜悪な差別意識が子供に感染する様に胸が苦しくなる。
最終話の『鍵は開いた』も自分の身近にもこのように話が通じない人がいる、と誰しも共感するだろう。
個人的には『いれずみお断り』の獣医と巳之吉さんとの事務的かなやりとりが好きだった。事務的なのは表面だけで、胸の内では様々なことを考えている。型どおりに進んで行く事態を仕方ないなとゆるく受け止める感じが好きだった。
どの話の主人公も特別な人ではない。
そんな人たちが日常に起こったささやか出来事から自分を見直す瞬間が切り取られている。
詠み手も読むたびに身近な誰かを、そして我が身を振り返る地に足着いた短編集だ。
ただし、途中で挟まれる『腐ったたぬき』だけは異質な存在である。
どう異質かは読んでご確認頂きたい。
『腐った』の意味が分かる人はお友達だ。
