『凍りのくじら』(著/辻村深月)
読み始めて「しまった」と思った。
想像してたよりも話が重い(暗い?)。そして物語の起伏が薄い。
帯に【『ドラえもん』愛が詰まった辻村ワールドの大傑作!】と書いてあったので、もっとファンタジックで暖かな内容かと思っていたが、これはガチンコの純文学だ。
エンターテインメント性の高い本を求めていた私の趣向とは明らかに方向性が違う。
とは言え、過去の経験から知っていることもある。
最初は私に不向きと思っている本でも、最後まで読み進めるとあっと驚くような感動が待っていることがあるのだ。
辻村さんの作品なら落胆するような終わり方はしないという確信もある。
今は期待と違う展開でも、粘り強くお付き合いするべき本に間違いない。
間違いない、のだろうけど・・・。
そっと背表紙を見る。
分厚い。
いつも読む文庫の二冊分くらいありそうだ。
実際ページ数を確認したら、普段の文庫本が300ページ前後のところ、この本は550ページ越えの大作だった。
(凶器か?ってくらい分厚い文庫本を出してる御大もいるので、業界的には『通常』の範疇かもしれませんが)
挫けずに最後まで読み切れるかな、と日和ながらとにかく読み進めた。
結果を述べれば、最終局面の山場には感情を激しく揺さぶられるシーンが待ち構えており、このために長い道のりを読み進めてきたのだと理解できた。
ラストも明るい未来に向かっていく気持ちの良い終わり方で、読後感も良かった。
回りくどいと思った途中経過も最後に繋がる伏線だと一気にわかる。
このページ数には最後の感動を味わうために必要なタメなのだ。
今回の登場人物は内部の掘り起こし方が鋭利に切り出されている。
主人公の芹沢理帆子の目を通し解析された人物評価がエグイくらいに鋭いのだ。
どこにも属せないという理帆子の評だからか、友人だろうが元カレだろうが容赦ない。
人の、本人には見えてない醜いところまで的確に表してくる。
その冷静な分析が理帆子の孤独を浮き彫りにしているようで悲しい。
これだけ長い話なのだが、ストーリーらしいストーリーがない。
理帆子の周囲と周囲の人たちが丹念に描かれていくばかりである。
強いて言えば、理帆子がジリジリと追い詰められていく過程の話なのだ。
何に追い詰められているのか。
当たり前に過ぎる時間の経過、それによる当然の変化。
取り残されていく自分と壊れていく元カレ。
非現実に逃げたかったのだろうかと思えるほど、理帆子は緩やかに無情に追い詰められていく。
流されるように現状を受け入れ受け流してきた理帆子が、最後に能動的に動き出すシーンには確固とした彼女の決意と信念がある。
そこが彼女の新たな『生』の始まりだと、そう信じたい。