基地の指令室には品川は神原などお台場基地に常駐する者はもちろん、別室チームの面々や汐留研究所から来た羽鳥やリアンたちまでが顔を揃えていた。
初めての実働を終えたばかりのサタアンのメンバーはメディカルチェックに回されていたが、さして時間もかけずに戻ってくるだろう。
これだけの大所帯だというのに、指令室には重苦しい沈黙が蔓延っていた。
戻ってくるべき人間が、オピニオンリーダーとも呼べる人たちが帰ってこなかったのだ。
そのどうしようもない現実が、一同の胸に重くのしかかる。
「私の知りうる限りの情報を皆さんにお伝えしようと思うのですが、崎本さんには後程改めてご説明という形でよろしいでしょうか?」
サタアンのメンバーが指令室に戻ったタイミングで羽鳥が口を開いた。
彼が危惧している大海は、基地まではなんとか平常心を保っていたのだが、バトルスーツを解除した途端、まるでネジが切れたようにその場に崩れ落ち、今は医務室に運ばれている。
自分自身を抱き締めるように小さく蹲り震えている姿は、気安く声をかけることも憚られるほど痛すぎる姿であった。
「俺が呼んでくる」
この緊迫した空気で声を出すのもそうとう勇気がいったのだが、親太郎は自分の中の根性を全て絞り出すようにして手を上げた。
やはり、大事なことは一緒に聞いていた方が良いと思ったのだ。
しかしそんな彼の精一杯の勇気も、西川に軽く一蹴され吹き飛ばされてしまう。
「やめなさい。崎本くんは今、やっと安定剤で落ち着いたところなのよ。
目の前で敬愛していた人を二人もなくすなんて、取り乱して当然だわ。しばらくはそっとしておいてあげなさい」
でも~~と踏ん切り悪そうにウジウジしていたが、西川の無言の威嚇でそれ以上の抵抗を抑え込まれてしまった。
本当は大海こそ中心になってこの話を聞くべきなのだが・・。
「せんせ、あまり親ちゃんにきつく言わないであげて下さいよ」
あっ、とその声に一同の注目が注がれる。
まだ青白い顔で、それでも仄かに微笑みを浮かべた大海がそこに戻って来ていたのだ。
「崎本くん、あなた・・・!」
「すみません、ご心配をおかけしました。でも、もう大丈夫ですから」
本当は全然大丈夫ではないということは、西川でなくとも分かっていた。
無理矢理薬で落ち着けて、その上で相当な強がりをしてここに居ることなど、誰の眼にも明らかな事実だった。
だが・・・。
「ではお話いたしますが、崎本さん、体調が万全でないことは間違いないのですから、辛くなったら我慢せずに申し付けて下さいね。あとで個別でご説明しても良いのですから」
頑固で意固地な大海のことだから、戻れと言っても素直には戻らないだろう。
ならば押し問答になって悪戯に神経を高ぶらせるよりも、本人の気の済むようにさせたほうが良い。
羽鳥はその空気を察し、大海の意に添うように提案したのだった。
「まずはこちらをご覧下さい」
そう言って羽鳥が画面に映し出したのは、カオス達と取り合いの状況になっている勾玉とパネル、そして剛士の剣だった。
「品川さんはすでにお気付きのようですが、これらはいわゆる『三種の神器』に形を模して造られたエネルギーの増幅装置です。この形にしたことに意味があるのか、ただの遊び心かまでは分かりませんが、これらの持つ力の増大さは説明せずともみなさんはご存じでしょう」
「ちょっと待って、それじゃやっぱりあの三つの武器は同じ目的で作られたってことなのか?」
「ご指摘の通りです。
詳しくは分からないのですが、これらはある特定の敵に対処するために、国の機関が極秘に開発した最終兵器なのです」
『特定の敵』というキーワードが告げられた時、その場に居た者は一様に驚きと不可解さを合わせた表情を見せた。
戸惑う周囲の動揺に気が付きながらも、羽鳥は淡々と話を進める。
一旦は最後まで聞いてくれと言わんばかりの、静かな強引さで。
「武器を作ったからには、それを扱う人間が必要になります。
その時点では国はそこまで考えていなかったようですが、この機会に便乗して名を上げようとした輩がおりました。
彼らは特定の人間が生まれ持った特殊能力に関しての研究を行っていましたが、研究対象の人物に戦士としての要素を取り込み、想定された敵を戦える戦士を送り出そうとしたのです」
「特殊能力を持つ戦士って、まさか、それは・・・!」
思わず声を漏らした大海に、羽鳥は視線だけで今しばらく黙っていてくれるようにと示した。
一通りに説明が終わるまで、話を進めさせてくれ、と。
「いわゆる『超能力』と言われるものの研究をしていた機関ですが、実績が芳しくなく、いつ政府からの援助が断ち切られるか危うい団体でもありました。
そうした中で可能性のある能力者を戦士として育成し、『敵』が出現した時に国のために戦わせ、自分たちの研究成果を見せつけると共に、国に貸しを作ろうと目論んでいたのです。
政府側も彼らの動向に問題点を感じながらも静観していました。」
何せ、せっかく開発した武器も使いこなせる者が現れなかったら意味がありませんから。
・・・、この時点では政府と研究機関の利害関係は一致していたのです。しかし」
誰かの息をのむ音が聞こえた。
彼の説明はあまりに空想的で突飛であった。
しかしその説明は今まで謎だった部分にピタリと当てはまり、否応にも事実と認めざるを得なかった。
「誰もが予想もしなかったところから、新しいヒーローが現れたのです。
彼らは戦闘能力もさることながら、一般大衆から絶大な人気を得て、一躍時の人にまでなろうとしていました。
人気と実力を兼ね備えたニューヒーロー。
これから出現する『敵』と戦うには、これ以上ないうってつけの人材が現れたのです。
彼らに音頭を取ってもらった方が、国民からの賛同と協力を得やすい。
そう判断した国側は、以前から人権的・人道的に問題があると指摘されていた例の研究所を封鎖して切り捨て、彗星のごとく現れた次世代のヒーローにその任を負わせようとシフトチェンジしたのです」
それ以上は、羽鳥の言葉を借りなくても分かった。
次世代のヒーローと期待された者たちこそ羞恥心で、切り捨てられた戦士候補生たちがカオスだったのだ。
「だからあんなに『羞恥心』に敵対心を・・・」
「羞恥心にしてみたら、逆恨みも甚だしい話なのですがね」
ふう、と羽鳥は大きなため息とともに苦笑を漏らした。
「さて、ここからは私が直に関わった話がもう少しだけ続きます。
『来るべき敵』の存在は国家のトップシークレットでしたので、紳助さんもこのお台場基地を立ち上げた頃は全くご存じありませんでした。
羞恥心が活躍するようになり、国から改めて説明と協力を迫られ、『三種の神器』の武器を預かったのです。
ただ、それらを使って全てを羞恥心の三人に背負わすことには、どうしても抵抗があったのでしょう。
彼は密かに三つの武器をバラし、別のシステムを開発するようにそれぞれに指示したのです。
また一所(ひとところ)に全ての武器が集約されていることに危険性を感じ、最強の力を持つ勾玉を汐留の研究所とともに私に託されました。
あの方が何も語らずに消息を絶ったのは、国からの追及が基地の人間に及ぶのを回避するためだったと思われます。
いざというとき、残された者が知らぬ存ぜぬで逃げ通せるように・・・」
「それじゃ、あんたは紳助さんの居所を知っているのか?」
「残念ながら、私もそこまでは存じておりません。
ただ何かの時には、あなた方の力になるように、と。それだけですなのです」
続く