パソコン用と思われる簡単なデスクとチェア。反対側の壁際にシングルのベッド。
その間にはラグが敷いてあり、重そうなローテーブルが置いてあった。
あとは作り付けのクローゼットくらいか、と、大海は内覧よろしく部屋の中を観察している。
ここで待っててね♪と閉じ込められた部屋は、どーみても普通の私室のような作りだった。
いや、本当にテラの私室なのだろう、適度に荒れた感じがなおさらそれっぽい。
こんなところで待っていろと言われても、かえって落ち着かないんだよな。。。
大海はローテーブルとベッドの隙間に、小さくなって座り込んだ。
ベッドに腰掛けてても良いのだけど、テラの私室でそんなことをするのはなんか意味深すぎる。
「早く戻って来てくれないかなぁ」
手持無沙汰になってしまった大海は知らずに恐ろしい一言を、テラが聞いたら喜び舞ってしまいそうな言葉を呟いてしまっていた。
これも一目惚れ光線のせい、ということにしておいてあげてくれ。
抱えた膝に額をくっつけ、あ~あとため息を一つ零す。
きっと基地のみんなは心配していることだろう。
この部屋では携帯の電波も入らないし、変身ブレスも起動しない。
せめて無事だと伝えたいのだが・・・。
「たっだいま~~。待たせちゃってごめんね~~」
予想通りに浮かれた足取りで戻ってきたテラの両手には、コンビニやスーパーで見かける白いビニール袋が釣り下がっていた。
どうやら食料の買い出しに行っていたらしい。
「待ってなんていない!」
「強がんなくても、顔に『寂しかった』って書いてあるぜ?」
「それは!基地のみんなに心配かけて悪かったと反省してるだけだ!」
「じゃ、そうゆうことにしておいてやるよ
」
こいつ・・・・
まだ言い足りない大海などお構いなしに、テラはテーブルの上に酒やつまみの類を並べ始めた。
買ってきたものを皿やカップに移さずにそのまま並べる大雑把さは、大海を女生と見間違って疑わない彼らしい。
「いけるクチか?」
「・・・・、嗜む程度には」
上等上等と、眦を半月型に緩めた笑顔で缶ビールを一本渡された。
半ばやけ気味になっていた大海も、進められるままに手した缶を開ける。
大海の気分とは裏腹に、軽快な音を立ててプルタブが弾けた。
「な、隣に行っても良いよな?」
身を乗り出して強請ってくる姿に、一瞬、ドキと反応してしまう。
浮かれて緩んだ笑顔が可愛いと思うのは、あの忌々しい一目惚れ光線のせいだ。
こんなの、自分の本心な訳はない。
「駄目だって言ったって、こっちにくるつもりなんだろう」
気持ちの動揺と高揚を悟られないようにわざと冷たい口調で突き放すと、耐え切れなくなったテラが喉を鳴らしながら笑った。
「んだよ、本当はそっちに行って欲しいんだろ?やせ我慢するなって」
「ちがっ!どう言ったってお前が図々しく来るだろうと思ったから・・・!」
「はいはい、分かりました」
基本、人の話を聞いてないテラは、上機嫌なままで大海の隣に腰を下ろした。
少しでもテラが身じろぐと、肩が触れ合ってしまいそうな至近距離。
イヤだイヤだと頭の中で連呼していたが、知らずに頬が紅潮している。
その変化を横目で楽しみながら、テラは缶に残っていたビールを一気に呷った。
「だ、だいたいお前たちの目的は何なんだ?羞恥心を倒してどうするつもりだ?」
必死に威厳を保とうと挑発的な口調で問い質してみたが、いろんな感情をひた隠そうとしてるためか、声が震えて上ずってしまった。
その強がりが可愛くて仕方ないテラが、隣で怪しく身悶える。
「おい!!」
「いや、わりぃわりぃ。だって今更そんなことを知ってどうすんのかなって思ってさ。
あんたらは正義の味方らしく、売られた喧嘩を買っていればいいじゃないか?」
「そんな単純なことじゃないだろう?!」
強く言い返した大海だったが、テラと目が合いそうになると慌てて視線を逸らしてしまった。
彼の不思議な色を含んだ瞳を見ると、どうにも平常心ではいられなくなってしまう。
もっともっと、彼のことをよく見ていたくなってしまう・・・。
「それじゃ聞くけどさ、なんでひろみちゃんは正義の味方なんてしてるの?
命かけて守るほどの価値もないでしょ、こんな世界」
未だ含み笑いのままの大海をからかうような視線がゆっくりと絡んでくる。
いっそ真正面から詰って(なじって)くれたらいいのに、こんな風に上から目線になるのはカオス全員の共通点だ。
とにかく言葉負けだけはしたくない大海は、大きく息を吸い込んでから落ち着いて言葉を返した。
「俺は、自分に関係ないって言い訳をして、見えるモノも見えないフリで過ごすのがイヤなだけだ。
自分が出来るはずのことを見逃して放っておいて、取り返しがつかなくなってから、どうしてあの時に、って後悔するのはもうイヤなんだ」
「ふうん、さすが正義の味方だ、ご立派な回答だ。
光に属するものはいつもそんな真っ当なことばかりを言う」
返されたテラの言葉に、初めて冷めた断片が含まれていることに気が付いた。
「なんだよ、その光に属する者って・・・」
「別に、『コレ』って定義があるわけじゃないさ。ただ、光の中に居る奴らは、自分らがそうした明るい場所に居るってことすら気が付かないで、キレイごとを並べて信じて、それが全てみたいに生きている。
だがな、光の中に影が出来れば、そこには闇が生まれるんだ。
そんな闇の中に陥れられた者たちが、どんな思いで耀い場所に居る奴らを眺めているか知らないだろう」
光を帯びて様々な色を隠す淡褐色の瞳が、射るような鋭さで大海の色を薄くした顔(かんばせ)を見つめていた。
それは、ひろみではなく、『光に属する者』を見る侮蔑の眼差しであった。
「僕にしてみたら」
喉が、呼吸する空気すら張り付くように乾いている。
微かにだけど確実に見えてしまったのだ、彼らが負うている者の深さを。
「闇に属するからという理由だけで、外界との全ての関係を遮断できる君らが羨ましいよ」
大海の言葉をどう受け止めたのか、テラは紅色の薄い唇の端をニヤリと歪ませた。
彼らは時折、捕食者の顔になる。
狩ることが当然と言わんばかりの顔に。
「それなら、ひろみちゃんもこっちに来れば良い。楽になるぜ・・・?」
獲物を狙う眼差しを見せつけたまま、すっと彼の顔が近づいてくる。
冷たく、だからこそ綺麗な顔だ。
情に揺らいでないからこその、美しさが眼の前に迫る・・・。
「・・・・卑怯者!!」
寸前のところで、大海は間近に迫ったテラの顔を突っぱね返した。
完全に落とせると油断していたテラの首筋が、グギっと鳴ったのは聞こえなかったことにしておこう。
「これくらいでお前に懐柔されたと思われたら不本意だ!!
僕が大人しくしているのは、あの変な光線のせいだからなっ。正気だったら、お前なんか、お前なんか・・・!!」
悔しさなのか情けなさなのか、大海の目尻に涙が滲んだ。
一瞬、テラの世迷いごとに流されそうになった。
それが自分の本心なのか、一目惚れ光線のせいなのか分からない。
だけど揺れてしまったのは確かで、これくらいで気持ちが揺らぐ自分が情けなくて。
「ひろみちゃん・・・」
強くなりたい。剛士のように揺らがない男になりたい。
ただただ自分の選んだ道を疑わず、まっすぐに進める強さが欲しい。
悔しそうに嚙締めた唇が真っ赤に染まって、その行き場のない力がテラの胸にも響いてきた。
「そう、だよなぁ。他人が作った機械のおかげでひろみちゃんをモノにしたって、周りから笑われるだけだもんな・・・」
ちょっとは便乗しようと、あわよくば酔わせて自分の良いようにしてしまおうという下心は確実にあったけど。
そこまでしたら、男として甲斐性なしも良いところの腑抜けである。
「ごめん、な。あの光線の効果もどうせそんなに長くは続かないだろうからさ。
効き目が切れてから、本気でひろみちゃんのことを口説いて俺のモンにするよ。
だから、今日は何があってもこれ以上ひろみちゃんに手は出さない。約束する」
信じらんない・・・、と分かりやすい三白眼で睨み返す大海に、テラは勘弁してよ、と泣きそうな声を上げた。
「そりゃさ、闇側の人間だけど男としてのプライドくらいあんのよ?
ビールに目薬的な方法で落とすなんて卑怯なこと、絶対にしないから!」
「・・・、そこまで言うなら、一応信用するけど・・・」
出来れば、根本的に性別を取り違えてますと説明したかったが、今のテラでは何を言っても逃れるためのホラだと思われてしまうだろう。
そんなに女顔してるかな~、とまた違う落ち込みを始めてしまう大海だった。
「でもさ、せっかくだからこのまま飲みには付き合ってくれるだろ?
こんなに買い込んできたんだから、それくらいは良いよな」
ごり押しの強さは変わらないようだが、それくらいは付き合っても問題ないだろう。
建前上渋々と大海が了承すると、テラはさっきまでの厳しい表情とは一変、子供みたいにはしゃいだ笑顔を晒して冗談交じりに身体を寄せてきた。
ああ、またこいつを可愛いと思ってしまった。。。
厄介な光線を作ってくれたタナカを、心底恨む大海であった。
続く