雷が落ちたのかと疑うような閃光が、辺り一面を包み込んだ。
窓にまで伝わる爆音に驚いて振り返った雄輔の眼に、目の前のビルから黒煙が上がっている様子が飛び込んでくる。
ゾッと、背筋に冷たいものが走った。
「お前・・・!」
「なんでもかんでも、俺たちのせいにするなっ」
サンを問い詰めようとした途端、額を思いっきりいい音で叩かれた。
それは俗にいう『突っ込まれた』という所作によく似ている。
「まったく、これだから正義の味方を自負する奴らに対峙するのはイヤなんだよ。
悪いが俺らは何も手出ししていない。恐らくガス爆発の類だろう」
改めて確認すると、ビルから黒煙は上がっているものの火の回りは遅い。
見てくれだけを整えた古い雑居ビルのようだから、どこかしらの老朽化が問題なのだろう。
「爆発したのは二階だが、非常用の外階段が取り付けられている側面はほぼ無傷だ。
上層階の奴らも落ち着けばすぐに降りて来られる。後はその道のプロの出番を待つのが常套手段というやつだ」
冷静に状況分析するサンの意見はもっともだった、が、そんな言葉など耳に入れもせずに雄輔は煙と炎を上げているビルに向かって走り出していた。
基地から離れたこの地では、変身することもままない、生身の体のままで。
逃げ出して来る人たちと逆流するように、雄輔は一階まで煙が充満し始めたビルに駆け込んで行った。
彼の暴走ともいえる行動を制止する権利のある人間は、まだ現地に到着していないのも悪かった。
バトルスーツも着用出来てない状態でこんな無茶が許されるわけはないのだが、目の前で他人の命に係わる事態が起こっているのに何もせずに放っておくわけにはいかない。
外階段は避難してくる人が大挙しているので、危険が増すのを承知で内階段から上がって行った。
爆発に巻き込まれ、逃げ遅れた人がいる可能性も高い。
「だれか・・・、誰か居ませんか!」
被害の激しい二階に辿り着くなり、大きな声で呼びかけた。
あちこちで上がり始めた火と、燻る煙が雄輔の行く手を遮ろうとする。
もう一度大きく呼びかけようとして、熱気交じりの煙に喉が噎せ返った。
当たり前だが、こんな現場では生身のままで大声を出すことも呼吸を荒げることもむやみには出来ない。
多少の事が、直接の危険となって雄輔の身に跳ね返ってくる。
許された時間は、少ない。
焦る雄輔の背後から、ふいに伸びてきた手が彼の口元を押え付けた。
周囲の状況へは注意を払っていたが、自分に対して完全無防備だった隙を突かれたことに、雄輔は一瞬動顛しかける。
こんなところで攻撃でもされたら、ひとたまりもないじゃないか・・・!
「・・・、そのタオルで口元を保護していろ。少しは楽に動けるだろう」
「へ?」
雄輔の後ろを取ったのは予想通りバトルスーツを着用したサンだったが、彼が意図することは予想から外れていた。
考えなしに火事場へ突入した雄輔を見かねて、わざわざ助け船を出すために現れてくれたのだ。
これで驚くなというほうが無理であろう。
「なんで?」
「勘違いするなよ。お前たちを倒すのはあくまで俺たち『カオス』だ。
俺たちが手を下す前に勝手にくたばるなんて事態を見過ごすわけにはいかないだけだ」
面倒な屁理屈を捏ねるものだが、助けられたことには変わりない。
素通りしても良いことに介入させて手を煩わせたわけなのだから。
「とりあえず礼は言っておくよ、ありがとう」
「礼を言われる筋合いじゃないな。いずれお前たちの息の根を止めるのは俺たちなんだから」
殊勝な雄輔なんて北極にペンギンくらい珍しいのに、サンは一蹴するように鼻先で笑って済ませてしまう。
その高飛車な態度が様になっているのだから、なおさら気に喰わない。
「俺らで遊んでいる場合じゃないぞ、太陽戦士。
この奥で生体反応が二つあるが一方は相当弱っている。付いて来い」
何故お前が主導権を握る(-"-;)
文句を言いたいのはやまやまだが、生身の雄輔より様々な機能を携えたバトルスーツを着用しているサンのほうが明らかにこの現場では役に立つ。
今の雄輔には脅威になる火の粉など、ものともせずに爆破跡を突き進むサン。
その後ろを追うのが一番安全な方法というのは情けないが、二次災害なんて事態を避けるならば意地やプライドになんて構っていられない。
何より、助けを待つ人が居るなら、手段よりも救出する結果が第一なのだ。
「おい、生きてるか」
思い遣りの欠片も感じられないサンの呼びかけだったが、それに対して小さなうめき声が帰ってきたのを雄輔もサンも聞き逃さなかった。
駆け出そうとする雄輔を制して、サンがゴーグル越しに正確な位置確認をする。
吹っ飛ばされた大きな調理台の影、そこになんとかして倒れた仲間を抱き起そうとしている男の姿が確認できた。
「た、頼む、手を貸してくれ・・・!」
訴えかけた男は意識はしっかりしていたが、肩に大きな負傷をしているようだった。
その怪我のせいで倒れた同僚を運び出す力に及ばず、ここで四苦八苦していたらしい。
「お前は?一人で動けるのか?」
「一人でなら、なんとか」
「それなら心の字、お前がこっちの倒れた奴の面倒を見て下まで降りろ。
最上階に人が取り残されている影が見えるから、俺はそちらへ回る。
どうやら非常階段に通じる扉がどうかして開けられず、右往左往しているようだ」
おおかた、外階段の踊り場に荷物でも置きすぎて扉の開閉の邪魔をしているのだろう。
そとから回り込んでドアをぶち破れば簡単だ。
「待てよ、だったら俺も・・・!」
「生身のお前が付いて来たら足手まといだと言っているんだ。今は自分の力の範囲で出来ることをしろ!」
真実を言い渡された雄輔に、それ以上何も反論できるわけがない。
悔しさ、いや、力及ばないことへの情けなさを瞳に滲ませて、倒れている男をそっと背に負ぶった。
「・・・、大丈夫、すぐに外へ連れ出してやるからな」
気遣いの言葉をかけながら、それでも俯きそうになるのは、負ぶった彼を落とさぬよう、足元に力を入れて踏ん張ろうとしているからだ。
決して、あんな奴に負けたのが悔しくて落ち込んでいるわけじゃないから。
「心の字」
その背中に、憎らしい声が放り込まれる。
「・・・お前があのバトルスーツを纏っていたら、俺なんて出る幕も無かっただろうな。
気が付いていたか?額に付けられた無垢の鏡のようなあれは・・・」
振り返ったとき、もうサンの姿はなかった。
もしかして、慰められた?
あんなに敵対視している俺に向かって?
それとも優位に立っていることを強調して、俺を貶めているだけのことなのか?
こんな状況で考えたって、酔狂のようなあいつの言葉の真意は分からない。
ただはっきりしているのは、今回ばかりは正しい方法で助けられたということだ。
雄輔がどうにか怪我を負った二人とビルから脱出に成功したころ、サンのほうも非常階段の扉の開放に成功したらしい。
我先にと慌てふためいて逃げる人たちに紛れ、サンは姿を晦ましていたのえ詳細は分からないが、いきなりドアが開いたというのだから、そうゆうことなのだろう。
雄輔とサンの密かな活躍(どちらも立場を大っぴらに出来なかったので、現場が混乱しているうちに逃げた)のおかげで、幸いにもこのガス爆発での死者は出ずに済んだ。
荒っぽいサンがドアを蹴破った際に、巻き添えを喰って軽い怪我をした者もいたようだが、一刻を争う人命救助の場ではそれも許される範囲での暴走と言える。
今回の一件で思いがけずにサンのパーソナルな部分を垣間見た雄輔だったが、彼らへの謎が余計に深まり、頭より心の整理がつかずに悶々としていた。
雄輔に勝手に死なれては困る、という建前を晒していたが、人としての理を無視するような奴らではないことが分かった。
そんな奴らが、なぜ羞恥心を狙うのか?
雄輔の知らぬところでの因縁でもあるのだろうか?
それに、最後のあの言葉。
前半部分ばかりが気になってしまっていたが、何やら意味ありげなことを告げていた。
サンが示していたのは、恐らく新たに装備された起動システムで、太陽光を無駄なく集積・吸収して効率よくエネルギー転換させるための装置だと説明された。
その新システムに、何が別の意味があるとでも言わんばかりの口ぶりだった。
雄輔には知らされてない、未知の力が隠されているとでも。
『そもそも』にまで思考が及びそうになって、雄輔は頭を振って考えることを止めた。
余計なことに気を捕らわれている場合じゃない。
自分が信じている正義を貫けばそれで良い。
分かっている、分かっているけど、でも・・・。
雄ちゃん、一緒に頑張ろうね。
強烈に、あの笑顔に会いたいと思った。
いつでも見失いそうな自分を見つけてくれた、あの無償の笑顔に。
続く。