以下の文面はフィクションです。実在する人物、団体、組織等とは一切関係がございません。
似てる人が居ても、それは偶然の産物です。
妄想と現実を混同しないように気をつけましょう。
ちなみに、今回は(やっぱり)基本がBLです。
苦手な人は避けてくださいm( _ _ ;)ドウモスミマセン
しょせん素人が書いてるモノなので、過剰の期待はしないで下さいね~~。
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淡い白の壁は、純白ではなく生成りの色合いに似た優しいものだった。
黒かと思っていた家具や梁のラインも、実は深みのあるダークブラウンだと知る。
大きな、カーテンを要してない窓から零れる自然光に晒されたその部屋は、記憶の中に残っている無味乾燥とした空間とは随分違っていた。
もっと機能重視の、味気ない場所だと思っていたのに。
直樹の目の前では、来客である彼を持て成すためにサイフォンがコーヒーを点てている最中だった。
部屋には香ばしい香りが充満しており、部屋の主である男はフラスコの下からアルコールランプを取り外すタイミングを楽しげに待っている。
フラスコに溜まっていた水が吸い上げられるように上部の漏斗へ上がっていく。
いったん蓋を開け、竹べらで中身を撹拌しているうちにフラスコの内部が空になった。
底を温めていたアルコールランプを取り外すと、漏斗に上がっていたコーヒーがフラスコへ降りてくる。
まるで科学の実験のような作業。
「どうぞ、ミルクと砂糖はお好みで」
ブランド名は分からないが、ボーンチャイナのシンプルなカップの内側で、琥珀の珈琲がゆっくりと揺れていた。
同じシリーズで揃えられたミルクピッチャーと砂糖壺が、直樹が手を伸ばしてくるのを行儀よく並んで待っている。
相変わらず洗練された人だな、と直樹は彼を、塩沢を半ば恨めしい気持ちで眺めた。
「サイフォン式は初めて?」
「テレビとかで見たことはありましたけど、本物を見るのは初めてです」
「そう、僕はもっぱらコレなんだけどね、輝は断固としてドリップ派なんだ。
味ブレも少ないし見てて楽しいのに、彼女は興味がないらしい。
男のほうがこうゆう機械的な物が好きなのかな」
さりげなくだけど、彼は当たり前のように輝を呼び捨てにした。
やはり雄輔の言うように、彼と輝は特別な関係になっている、ということなのだろうか。
「でも嬉しいね、わざわざ野久保くんのほうから連絡をくれるなんて。
もうとっくに忘れられてると思っていたよ」
にっこりと微笑むその仕草が、いかにも良い人を演出してます、と言わんばかりに型どおりなのが直樹は昔から気になっていた。
良い人のふりをしているんじゃなくて、良い人のふりをしている悪い奴ですよ、と公言しているみたいワザとらしく笑うのだ。
「どうして輝さんにプロポーズなんてしたんですか?」
「正面切って聞いてくるね」
「だって、塩沢さんは全部お見通しなんでしょ?だったら知りたいことを聞いたほうが早いじゃないですか」
そりゃ確かに、と塩沢はおかしそうに笑った。
直樹にそこまで言い切られることが嬉しいみたいだった。
「そうだね、それじゃ簡単に経緯から話しておこうか。
君に振られた後も何度かあの店には顔を出していたんだ。もちろん、君やあの坊やが居ない日にね。
そのうち他の店も見てみたいってことで、月に1~2回程度余所に出掛けて飲むようになった」
当時から他愛のない話しばかりだったよ、と彼は苦笑いを浮かべた。
色気なんて全くない、お互いの話に突っ込んでばかりのやり取りだった、と。
「野久保くん、僕はね」
急に声のトーンを変えて語りだしたので、直樹も身構えて彼の言葉に耳を傾けた。
塩沢は直樹なんかが解析できないような複雑な思考回路を持っていそうだったので、どれだけ理解しようと神経を集中させても足りないような気がしたのだ。
改めて顔を引き締める直樹を見て、塩沢はゆっくりと語りだした。
「物事は全て始まりがあれば終りが来ると思っている。
人との付き合いも仕事も、それこそ、僕自身もいつかは必ず『死』という終りがくるって。
だけど、なんだろうね。
何かの区切りが付く度に、彼女に会って報告したくなってる自分がいた
彼女には僕が始めて終らせた物の結末を、聞いておいて欲しいって思うようになったんだ。
輝はどんな話でも冷静に聞いて、最後にそりゃ良かったねって呟くだけなんだが、その一言がね、みょうに心地よく響くんだよ。
終わって消えたと思っていたものを、もう一度見つけて貰えた、そんな気さえしたんだ」
完全な僕の一歩的な考えだけど。
塩沢はそう呟きながら、満足そうに眼を細めた。
直樹も、彼の言い分がわからないでもなかった。
商売柄もあるだろうが輝は聞き上手で、彼女に話を聞いてもらえるだけで自分の頑張りを認めて貰えたような気になれるのだ。
でも、それだけのことで彼女を独占したいと思うのは、果たしてどうだろう?
「それ、は、結婚するほどのことなんですか?愛してもないのに?」
その問いかけにも、塩沢は狼狽する気配など微塵も見せなかった。
彼の出した結論は結果であると、そう確信している落ち着きがそこにあった。
「たしかに僕たちの間に恋愛感情のような愛はないだろう。
だけどささやかなことだけど、僕は彼女を必要としている。
自分がくたばるときに、輝が『よくやったほうじゃないの?』って言ってくれたら、俺は自分の生き方に悔いを残さずに逝けるだろうよ」
年老いて、思うようなことが何一つ実現できなくなって、命運が尽きるのをただ待つだけの身になったとしても、彼女がその言葉を唱えてくれると思えば、誇りとプライドだけは捨てずにいられるだろう。
「最後の最後まで彼女に認めて貰えるだけの男で居たいと思っているし、そうであり続けるつもりだ。
これが、俺のこれからの生き方の指標だよ」
何を、言えるだろう。
彼は己の最後の一瞬が、輝と共にあることを願った。
それは果てしなく遠く、まるで絵空事にように現実味のない未来だ。
けれど彼にとってそれは、必ず実現すべき未来であり、その未来を得るために生きるのだと、何の疑いも挟まずに誓っていた。
ほんの些細なことで揺れてしまう自分が、いったい彼に何を言えただろう?
「輝さんを、泣かせないで下さい」
「・・・、僕に言わせれば、君らのほうがよっぽど彼女を泣かせていると思うけど。
まあ、それは良いとして、怒らすことはしても泣かせるようなことはしないよ。
そのくらいの分別は僕にもあるからね」
フフフ、と意味ありげに塩沢が笑った。
あまりに彼が余裕綽々な雰囲気で構えているので、輝さんを本気で怒らせたら相当怖いよ、と進言する気も失せてしまった。
そのうち、分かることだろうが。
「良いね、君たちは」
突然の言葉に、なにが?と直樹は怪訝な顔を浮かべた。
「だって、事実上は結婚してるのに、まだ恋人同士みたいだもの」
そうなのかな?と直樹は首をかしげた。
恋人だったときのほうが、もっとお互いに対して必死だったように思うけど。
直樹の心中まで読み取れているように塩沢が小さく笑う。
だから肯定も否定もできず、ただ黙って冷め始めた珈琲をすするしかなかった。
続く