本作はフィクションです。
実在する人物・団体・法人等とはなんの関係もございません。
妄想の産物だと理解できる方のみ、読み進めてください。
・・・・・、なにげにBLです。
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急にぶり返した寒さのせいか、それとも平日だったからなのか、今日は客の引きも早く片付けもトントン拍子に進んで、わりと早い時間に店を出ることが出来そうだった。
店の裏手に置いてある通勤用チャリのサドルは、完全に冷え切っている。
当たり前だ、もう1時も回っているんだから。
つーのさんがお土産に持たせてくれた今日のお勧めサラダの残りを自転車の籠に入れて、さあ帰ろうとしたオレに後ろから呼び声が掛かる。
「ユースケ、これ、お駄賃」
はい、って輝さんに100円玉を握らされた。
お見通しなんだなぁって苦笑いを浮かべて、それでもちゃんとありがとうと伝えてオレは走り出す。
ノックが、オレの可愛い恋人が待っていてくれる部屋に向って。
自転車で飛ばせば5分くらいの距離。
だけどオレは少しゆっくりめに、早く咲き始めてしまった桜を見ながらペダルを漕いで行く。
ほら、見えた。オレのアパート。二階の端っこがオレの部屋。
まだ電気が点いてる。ノックが起きてオレを待っている。
オレはすぐ脇の『100円スタンド』の前で自転車を止めて、輝さんから貰った100円玉で珈琲を一本買った。
手の中のぬくい、を通り越して熱い缶を指先や頬にこすり付けて暖をとる。
さっさと帰れば良いのは分かってる、分かってるけど・・・・。
部屋の電気が消えた。
ノックがオレを待つのを諦めて布団に入ったのだ。
だから、もう少し。
ノックが寝てしまうまでここで待つ。
ノックが起きている間に帰ってしまったら、あいつはオレに付き合ってずっと起きているだろうから。
明日も朝が早いのに、オレに気を使って起きていようとするから。
だからあいつが寝付くまで、オレはここで待っている。
穏やかな寝顔が見れたらそれで良い。
朝、出かけに『おはよう』って言ってもらえたらそれで充分。
ささやかだけど、最大級の幸せをあいつはオレにくれる。
だから・・・。
「もう、いっかな?」
オレは残っていた甘ったるい珈琲を飲み干して、自転車に跨って力いっぱいこぎ始めた。
スピードはあまり出さず、だけど思いをこめるみたいにしっかりと。
噛み締めるように、ってのは、こんなことを言うのかな?
部屋は小さな灯りだけが残されてるだけで薄暗く照明が落とされていた。
テーブルの上にメモを見つけて、仕方なしに少しだけ電気を点ける。
『おかえりなさい、お疲れ様。
冷蔵庫にヨーグルトとプリンがあるから、好きなときに食べてね。
直樹』
頬が緩む。
自然と口元が弧を描く。
短く残されたあいつの文字すら、オレを幸せにしてくれる。
誰かに想われている、ということは、こんなにも居心地が良い。
静かに音を立てないように浴室に入り、ざっとシャワーを浴びて汗を流す。
本当お湯を溜めてあったまりたいところだけど、そこまでする気力が沸かない。
綺麗にはなったけど全然暖まらなかった身体を引き摺って、ノックの隣に潜り込んだ。
「雄ちゃん、帰ったの・・・?」
鼻づまりの寝惚けた声を聞く前に、オレはあいつのことを抱き締めていた。
だって、すっごく暖かい。
心の中までポッカポカになってくる。
「わりぃ、起こしちまった?」
「良いよ、起きてる雄ちゃんの顔、見たかったし」
とろんとした眠たそうな瞳でどこまで見えてんだが疑問だが、あいつはオレのことをジィって見詰めた。
なんかその遠慮ない視線がこそばゆくて、オレはあいつのことを胸の中に抱え込んだ。
「明日も早いんでしょ?もう寝なさい」
あやすみたいに背中をポンポンと叩いてやると、あいつは小さな声で一言だけ呟いて眠りに落ちていった。
たった一言。本当に微かに。
睡魔に負けて、まるで無意識に近い言葉だったと思う。
だけどそれがあいつの本心だとしたら、オレは・・・。
続く