以下の文面はフィクションです。
実在する人物、団体、組織等とは一切関係がございません。
似てる人が居ても、それは偶然の一致です。
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どこに行けばいいの?と尋ねると、直樹は嬉しそうに地図を雄輔に差し出した。
使い込んだその地図帳はページの端々がボロボロで、カラーペンで道やポイントを辿った跡があちこちに残っている。
その中で、一番鮮やかな色の印が記されている場所、そこが今日の目的地らしい。
この日は直樹の撮影場所まで雄輔が車で送迎してあげる約束をしていた。
太陽がテーマだというだけあって、地方に出て行きたいらしい。
車の荷台に詰め込まれたそれなりに多い荷物を見て、車を出してあげると申し出たのは正解だったな、と雄輔はちょっとばかし自慢げな気持ちでハンドルを握っている。
助手席の直樹はずっとニコニコしてて、窓の外の景色を見ながら雄輔になにかしら話しかけていた。
目に映る事が全て始めての物ばかりの直樹。
通り過ぎるひとつひとつが、彼にとっては掛け替えの無い特別な物なのだ。
随分と郊外まで車を走らせて、人気のない高原の入り口の駐車場に車を停めた。
そこからは二人係りで荷物を運んで、見晴らしが良いところまで登っていく。
生まれたての芝生に切り取ったように蒼く突き抜けた空。
まるでピクニックみたいだな、とあまりに牧歌的な雰囲気に、雄輔は浮かんでくる笑みが止められない。
「雄ちゃん、ここでお昼にしよう!」
パタパタと定番のピクニックシートを広げた直樹は、嬉々とした顔を晒しながら大きな鞄の中から水筒やら弁当箱やらを取り出し始める。
これじゃ本当にただのピクニックだ。
「おい、撮影は良いのかよ?」
「もっと上で撮るつもりだから、先にこっちでおなかを満たしておこうと思って♪
それに日が傾いてから撮り始めたいんだ。それまではゆっくりしよう」
さら・・・と初春独特の澄んだ風が直樹の前髪を揺らす。
春の日差しの暖かさと、目覚めたばかりの土の冷たさが交じったしなやかな風。
雄輔はサングラスを外してポケットに仕舞うと、直樹の隣に腰を下ろした。
はい、どーぞ、と雄輔にお手製の弁当を広げて、朗らかに笑う直樹。
まるで絵本を広げたように、穏やかで健やかな時間が目の前に流れていた。
「こんな人気のないところに、知り合ったばかりの男と二人っきりって、ノクは恐くないの?」
「恐いって、何が?」
前振りのない突然の問いかけに、直樹は苦笑するよりも噴出してしまった。
聞かれた内容があまりにも突拍子なさ過ぎる。
真面目に聞いた事を笑われてしまった雄輔は、ちょっと顔を強張らせて声を張った。
「だってさ、ノクは前にオレと会った事を覚えてないんでしょ?
もしかしたら周りに人が居ないのをいいことに、ノクに危害を加えるかもしれないんだよ。
なのに、なんでそんなに安心しきった顔して笑っていられるの?」
真剣に必死にそう問う雄輔は、直樹がこんなに雄輔を信頼してるのが不思議でしょうがなかった。
まだ出会ってそんなに時間も経ってない。
そんな男と二人で遠出なんて、何が起こるか分からないのに。
イジワルな質問をした雄輔のほうが泣きそうな顔をしてる。
こんな人だから、安心して頼っているのに。
直樹はおかしくて、それ以上に嬉しくてほっこらした笑いが止められなかった。
「確かにね、前に雄ちゃんに会ったときのことなんて全然覚えてないよ。
でも、今日、雄ちゃんに会ったときからずっとワクワクドキドキしてるの。
楽しくて嬉しくて、なんだか浮かれちゃってるんだ。
きっとね、頭では覚えてないけど、気持ちとか心とかそうゆう本能みたいなとことで覚えていて、この人は大丈夫って教えてくれてるんだと思う」
困惑した、迷子の子犬みたいな顔をした雄輔の頬をそっと指で辿る。
車を運転してくれてるときは格好良い『大人の男』だったのに、こうしてると本当に子供みたいに稚い。
「一緒に居るとね、無条件に心が『この人のこと、大好き♪』って反応してる。
だから恐くもないし、疑ったりなんてしないよ。
それとも雄ちゃんは、ボクに何か危害を加えようって考えてるの?」
「んなこと、考えてるわけ無いじゃん!オレ、これでも刑事だぜ!?」
「だったら問題ないでしょ?ボクは、雄ちゃんと一緒に居れるだけで楽しいよ」
ふんわり緩んだ眦で、雄輔の小動物みたいな瞳を覗きこんでくる。
柔らかな視線のはずなのに、じぃっと見詰めてくる強さは恥ずかしいくらいで、雄輔は言葉を失ってただただ赤面しながら俯いていた。
「ほら、このくらいで照れちゃう人に悪いコトなんて出来ないよ。
ほんっとーに可愛いね、雄ちゃんは」
「うっせ!ノクに可愛いなんて言われたくないです~。
あ~あ腹減っちゃった、このお弁当食べちゃうからね」
照れ隠しで勢い良くお弁当をかっこむ雄輔を、直樹はずっと笑いながら眺めていた。
噎せる雄輔にお茶を差し出してくれたり、ほっぺに付いたご飯粒を取ったりしてくれた。
直樹に優しくされるたびに、雄輔は鼻の奥がツンとつままれるように痛んで仕方なかった。
直樹に優しくされてすごく嬉しいのに、直樹は雄輔にどんなことをしてくれたか忘れてしまう。
一緒に居れるだけでどれだけ自分の心が救われてるか、伝えても伝えても直樹は忘れてしまう。
こんなに儚いひと時が幸せなのに・・・。
「オレもノクのこと、大好きだかんな!」
「え~、それってお弁当作って来てあげたからでしょ?」
「もー!そんなんじゃないって!!」
忘れてしまうなら、会うたびに伝えてあげる。
覚えて居れる最大限で、ずっとずっと伝え続けるから。
だから、安心してオレの前では笑っていて。
お前の笑顔が、真正面から躊躇わずに全力でぶつけてくれるお前の笑顔が、オレに忘れてたことを思い出させてくれた。
人は笑っているだけで幸せになれる、そして幸せな笑顔は見ている人も幸せにしてくれるって。
そんな当たり前でささやかなことを、お前は思い出させてくれた。
あったかい心の温もりを、取り戻させてくれた。
だから、お前が笑顔でいれるように、オレは出来ることならなんでもするよ。
ノクの笑顔が、オレを救ってくれるから・・・。
続く。