うつら・・・としては目が覚める。
狭いベッドで大人二人が一緒に寝るのは、やはり無理があるようだ。
崎本は薄暗がりの中、目を凝らして隣に寝ている剛士の顔を覗き見た。
規則正しい寝息、くったりと力の抜けた肢体。
どうやら彼は自分よりも深い睡眠状態にあるみたいだったが、それだって安眠と呼ぶには程遠い。
隣のベッドの直樹と雄輔は、ぴったりと身体を摺り寄せるようにして寝ている。
雄輔がしがみ付いていたのが先だが、直樹もそのまま彼に身体を寄せていた。
彼らの場合は隣に誰かが居ることで安心できているのだろう。
年上のはずの二人の寝顔が、幼い兄弟が昼寝しているみたいだった。
平和そうな二人の寝顔を眺めながら、崎本はそっとベッドから身体を起こした。
一緒に居ようと引き止めてくれたのは嬉しかったが、剛士の事を考えると出て行ったほうが良さそうだ。
戦う場ではリーダーで、戻ってきたらブレーンの一員で。
そんな過労な毎日は彼を疲れさせているはずだ。
今だって目の下のクマが消えてない。
少しでもゆっくり寝させてあげたかった。
「おやすみなさい」
小さく呟いてベッドから抜け出そうとした途端、寝ているとばかり思い込んでいた剛士に腕を掴まれてベッドの中に引き戻された。
驚いている間に、組み敷かれるように剛士の腕の中に抱き締められる。
「ちょっと、つるのさん?」
直樹や雄輔を起こさないように、囁くような声で彼の戯れをけん制した。
出て行くなと言う意思表示だとしても、こんな体制ではお互いに寝付きにくいだけだ。
圧し掛かる剛士の身体を引っぺがそうと腕に力を入れると、彼は尚更強く抱き締めてくる。
何してくれるんだ?と少々訝しげに思った崎本の耳元に、剛士は優しく囁いてきた。
「ミキちゃ~ん、俺、次は男の子が欲しいなぁ・・」
あ、なんだ、寝ぼけて奥さんと間違えたのか(^^;
剛士の不審な行動の意味が分かって胸を撫で下ろした崎本だったが、コトはそれだけで済まなかった。
身体を密着させたままの剛士の手が、崎本の身体をまさぐるように動いている。
なんで?!と慌てて彼の手から逃れようとすると、本気の力で抑え込まれた。
つるのさん、さっき『次は男の子が欲しい』って言ってたけど、まさか・・・!!
「やっ!離して・・・!」
抵抗してみるが、あっさりと押さえ込まれる。
それどころか剛士の接触は過激になるばかりだ。
このままでは本気でまずい、と崎本の背中を冷たいものが走った。
「いや・・・・!!
野久保さん、上地さん、助けてっっっ!!」
崎本の叫び声に、ようやく剛士の意識も夢の世界から現実に戻ってきた。
(ようは目が覚めたわけである)
「へ?サッキー??なんで??」
潤んだ瞳の崎本が、抱えた腕の中からじっと自分を見上げている。
この事態が飲み込めずに目をぱちくりさせた剛士の頭に、等身大のぬいぐるみが投げつけられた。
「ちょっと雄ちゃん!暴力反対!!」
「うっせ!!おっさん、崎本に何してんだよっ!!」
「何って、ボキは大人しく寝てただけで・・・」
意気込んだ言葉が尻つぼみで消えていく。
なんたって目の前の崎本は、身体を強張らせて震えていて、着ているものも肌蹴て薄い胸元全開にして、目には涙を溜めて切なそうに剛士を見詰めているのだ。
これは、状況証拠が悪すぎる。
「え~と、ボキ、なんかしてしまいました??」
剛士の背中や額を冷や汗とも脂汗ともつかないものが流れ落ちた。
まさかまさかまさか口で言うのも憚るような事をしてしまったのか??
「・・・、大丈夫です。未遂ですから」
「未遂って、やっぱ悪さしようとしてたんじゃねーか!」
「剛にぃ・・・。ボクらが隣で寝てるのになんて大胆な・・・」
「ちがう!俺は潔白だ!!」
「その状況のサッキー目の前にして、よくそんなこと言えるな!!」
うっ。。。と言葉に詰まった。
どう見たって崎本は辱めを受ける寸前な状態で小さく蹲っている。
「さきも・・・」
「本当に、何もなかったですから。寝ぼけて奥さんと間違えてたみたいですよ?」
状況が悪かっただけで剛士に罪はない。
崎本はおどけたふうに微笑んで、ただの勘違いだって教えてあげた、だけど。
「あ、れ?」
剛士の顔を見ていると、涙が溢れて止まらない。
こんなことで泣いていたら剛士に迷惑をかけてしまう。みんなを心配させてしまう。
ちょっと人騒がせな思い違いじゃないか。
それなのに。
「本当に俺、なにもしてないのか?」
涙で歪んだ視界の向こうで、剛士が不安げに自分を見ている。
すごい辛そうな、苦しそうな顔をしている。
「だい、じょうぶです、ホントにホントに何もありませんでしたから。
なんか、ちょっと動揺してるみたいです、それだけです」
頭では大したことじゃないって分かっているのに、涙がどうしても止まらない。
いつからこんな、泣き虫になってしまったのだろう。
「サッキー」
柔らかく呼ぶ声は直樹のものだった。
呼ばれるままに振り向けば、そっと手を差し伸べてくれている。
「おいで」
まるで引き寄せられるに、その人の胸に収まった。
優しく包み込むように、ふんわりと彼の腕が抱き締めてくれる。
その緩やか過ぎる抱擁に絆されて、崎本は我慢する事を放棄して泣き続けた。
「ちょっと、驚いちゃったんだよね。
ビックリしすぎて、何でもないって分かったら安心して泣いちゃったんだよね。
頭で理解してても心が追い付かない事って沢山あるから、気にしなくて良いよ」
小さな子供をあやすように、直樹が崎本の細い背中を何度も摩ってあげる。
気にしないで沢山泣きなさいって、言ってるみたいだった。
もともと妹のコトで頭が混乱し、心も弱っていたのだろう。
そこにきて(寝惚けていたとは言え)尊敬してる剛士に手篭めにされかけたとなっては、精神的に受けたダメージは大きい。
気持ちの整理が付けられず、泣き出してしまっても当然だ。
「雄ちゃん、剛にぃ、悪いけど自分の部屋に戻ってくれるかな?
サッキーと二人で少し話がしたいんだ」
崎本と剛士がこのまま同じ部屋で一晩越すのはお互いにバツが悪いだろう。
こんな状態の崎本を一人にはできないし、ここは兄二人に退室願おうと直樹は思った。
「ヤダよ、オレはノックの傍に居る」
不機嫌に口を突き出して雄輔は反論する。
確かに雄輔は今回の件で部屋を追い出される謂れはないのだから臍を曲げられても仕方ないのだが、精神的に弱ってる崎本と自分の失態で凹んでる剛士を前にして、素直に言う事を聞いて欲しかった。
「雄ちゃん、我が侭言わないで」
「だって、今日はノックを一人にしちゃ駄目って、向井君が・・・!」
そこまで声にしてしまってから、雄輔は慌てて口を押さえた。
後悔したがもう遅い。
直樹の表情が見る間に固まって、彼の日焼けしてない白い頬から血の気が引いていく。
雄輔達には知られたくなかった。
一緒に戦う仲間にだけは。
続く