ぽっかりと、心の真ん中に穴が空いたみたいだ。
足りない気がする。大切なものがそこから抜け落ちていってしまう気がする。
ああ、そっか。
持っていかれたんだ。
感情の基点みたいなところを、雄ちゃんに持っていかれてしまったんだ。
だから気持ちの抜け殻みたいなボクは、どうしようもない寂しさに襲われてしまうんだ。
ボクがペンションに戻ったのは、早くもお日様が山のむこうに沈んでからだった。
薄暗がりの中を歩いてくるボクを、二階の窓からめざとく見つけたえーととうーたんが
もどかしいくらいの心許ない走り方で出迎えてくれた。
「ぼっくん、おかえり!!」
って、満面の笑みでちっさい手を思いっきり広げてボクにしがみつく。
お目当ては、ボクよりもお土産のお菓子みたいだったけど(^^;
お母さんに見せてから食べるんだよって、一言注意して紙袋ごと渡してあげた。
嬉しそうに受け取って、しっかり紙袋を抱えて、だけど反対の手はボクを捕まえていて。
早く早くって、ボクのことをおうちに導いてくれる。
全てを拒絶したボクを、諦めずに辛抱強く見守ってくれていた人たちの元へ。
ペンションは一番忙しい時間だったので、ボクも荷物を置いたらそのまま働くつもりだった。
制服代わりのブルーのエプロンを身につけて、剛にぃがいるキッチンへと顔を出す。
厨房をとりしきる剛にぃは、眉間にしわを寄せて沢山のお鍋と戦っていた。
「剛にぃ、手伝うよ」
声をかけると、剛にぃは驚いた顔でボクのほうを振り返った。
まるで虚を付かれたように、有り得ない物と遭遇したようにボクを凝視している。
「なに?ボクの顔に何か付いてる?」
あまりの真剣な眼差しに、思わず吹き出しそうになるのを堪えながら聞いた。
言い方は悪いけど、あの三白眼を見開いて穴が空きそうなくらいボクを見ているのだ。
笑いそうになっても当然だろう。
どんな答えくれるのかとボクがニコニコしながら返事を待っていると、
剛にぃは一息大きく吐き出して、目の前のコンロの火を止めた。
きっちりと蓋を閉めたお鍋の中身は、余熱で充分に調理が進みそうだった。
「雄輔と・・」
「え?」
火の消えた五徳をじっと見つけたままで剛にぃが呟く。
とても寂しそうに。
「こっちに帰ってこないで、雄輔のところに行っちまうかなって、覚悟してたから」
ふうっと肩で息を吐き出して、改めて剛にぃがボクを振り返った。
その面には労わるように優しい、だけど彼に似合わない気弱な笑みが浮かんでる。
「おかえり、直樹」
「・・・、ただいま」
話すべきことは沢山ある。
話したいことも聞きたいことも、お互いに頭で整理しきれないくらい持っていた。
でも今それを言葉にしたら、きっと止められなくなってしまうから。
語ることではなく、感情が止められなくなることを二人とも察していた。
「帰ってきたばかりで悪いけど、これを小皿に盛り分けてくれないか。
数はそこの宿泊名簿のコピーで確認してくれ」
「OK。ここに書いてある全員分で大丈夫?」
「102号室の佐々木さんとこはお子さんが小さいから、子供用にしてあげて」
あえて事務的な会話に切り替えることで、感傷的になりそうだった空気を払拭させた。
地雷を先に踏んでしまったのは剛にぃだ。
軽率にそんな言葉を洩らしてしまうほど、彼はボクらを心底から心配していた。
手際よくお皿を並べて、そこに剛にぃが作ってくれたオカズを盛り分ける。
剛にぃはその場をボクに任せて、もう他の作業に移っていた。
ボクが余計な思想に陥らないように、やるべき事を次々と与えてくれる。
それは昔から変わらない彼なりの優しさだった。
剛にぃの気遣いが分かっているボクも、与えられた仕事に集中して働く。
身体を動かして、違うことに集中している間に気持ちが楽になっていく。
重たいものが少しだけ、胸の真ん中から外れた気がした。
でも、
後で話を聞いてもらってもいいでしょう?
ちゃんと全部終らせるから、今日だけしか引っ張らないから、
ボクが抱えてるどうにもならない寂しさを、彼方にだけは吐露しても良いでしょう?
ボクと彼をめぐり合わせたのだから、話にくらいは付き合ってくれるよね。
ねぇ、剛にぃ。
来年に、続く!