雄ちゃんを迎えに来た人は落ち着いていてスマートで、想像していた感じと全然違っていた。
雄ちゃんの幼馴染なんて聞いていたから、もっとやんちゃな人が来るかと思っていたのに(雄ちゃん、ごめん)、どこかの御曹司みたいな綺麗な人が現れたのには本当に驚いた。
この人は雄ちゃんの主治医さんでもあるみたいで、雄ちゃんを見るなりお小言が始まってしまったのだけど、怒られることすら雄ちゃんは嬉しそうにして聞いていた。
そーゆー二人なのだと、見ているだけで分かる暖かい光景だった。
ボクだけが駅まで雄ちゃん達を見送りに行った。
とても綺麗に晴れた日で、そこらの雪がやけに眩しく日光を反射していた。
キラキラと輝く大気の中に、雄ちゃんが佇んでいる。
懐かしむような瞳で、この景色を心に焼き付けている。
遠くも近くも、一片も洩らさずに覚えておくように。
孝太郎さんが腕時計と線路の彼方を交互に視線を走らせた。
もうすぐ、雄ちゃんを乗せる列車が来てしまう。
さよならの瞬間が・・・。
「ノク、お願いしても良い?」
寒くて頬を紅く染めた雄ちゃんの言葉が、ひとつひとつ白い息に変わって大気に溶けていく。
見慣れたはずのそんな姿を凝視していると、雄ちゃんはちょっこと首を傾げながら笑みを浮かべた。
「オレのこと、ずっと生きてるって思っていて欲しいんだ。
例えオレからの何の連絡も返事も来なくなっても、どこかで生きてるって、元気にバカやってるってそう信じていてくれないかな?
ノクだけはオレを思い出すときに、過去の思い出の中のオレじゃなくて、どっかで生きているオレを想像して思い出して。ノクの心の中に、いつまでも色んなことしてるオレを住まわせておいて欲しいの」
「雄ちゃん・・・」
「オレは、ずっと生きてる。だからノクは何も悲しまなくて良いよ・・・」
大きな手で、そっと頬を包まれた。
かまぼこ型に緩んだ眦、その真中の瞳にはボクの姿が映っている。
こんなふうに自分を見るのは初めてだ。
笑うことも忘れて保けて雄ちゃんの瞳の中のボクを見ていると、雄ちゃんは何かに弾かれたみたいに突然ボクの身体を抱きしめた。
力いっぱい、その両腕に想いの全てがこもっていた。
「許されるなら、ノクを一緒に連れて行きたい。
いつかなんて待たないで、今すぐノクも一緒に連れて帰りたい。
好きだよ、ノク。大好きだ。お前と過ごした毎日は、オレには特別だった」
抱き締められた雄ちゃんの肩越しに、孝太郎さんがボクらに背を向けたのが見えた。
目を背けられたというより、ボクらの時間を守るような立ち振る舞いに見えた。
寡黙な彼なりの、優しさだった。
「駄目だよ雄ちゃん。ボクにはまだここから出るのは無理だ。
でもいつか、ボクの準備が出来たら連れて行ってくれるでしょう?
そのときにまた迎えに来てくれるのを待っているから、今日は孝太郎さんと戻って。
雄ちゃんが迎えに来てくれるのを、ずっと待ってるから」
ね、と念を押すように唱えると、雄ちゃんはゆるゆると腕の力を弱めてくれた。
まだ名残惜しそうにボクの背中に腕が回っているけれど、ちゃんと雄ちゃんの顔が確認できるくらいの余裕が出来て、目を合わせたら叱られた子供みたいに、シュンってした雄ちゃんの顔。
我が侭を言ってたって自覚があったみたい。
「忘れたりしないから、ずっと雄ちゃんのこと考えてるから、だから、寂しくないよ?」
「すみません、オレ、子供みたいな駄々こねました・・・」
雄ちゃんが子供みたいなのはいつものことだけど。
そう言いながら噴出したら、雄ちゃんは拗ねたみたいに頬を膨らましてボクをやっと放してくれた。
ちゃんと覚えておくよ。雄ちゃんの胸の中がこんなにあったかだったって。
「雄輔、そろそろ良いか?もうすぐ電車が来るぞ」
あって顔を上げたら、列車がもうすぐそこまで来ていた。
雄ちゃんを連れて帰ってしまう列車が。
慌てて雄ちゃんが荷物を抱える。
そして、ボクを振り返った。
「ノク、オレ行くから・・・」
「うん、またね、雄ちゃん」
手を差し出すと、寸分の迷いも無い勢いで握り返された。
しっかりと大きな手を合わせる。
「ぜってー迎えにくっから。だから忘れんなよ」
「雄ちゃんこそ、向こうに戻ってもボクを思い出してね」
笑顔のままで手を放して、雄ちゃんは列車に乗り込んだ。
容赦なく扉が閉まって、ゆっくりと雄ちゃんごと動き出す。
扉のはめ込みガラスに、手の平とおでこをぴったりと引っ付けて雄ちゃんはボクを見ていた。
縋るように、でも笑顔だけは消さないでボクを見てる雄ちゃんを、ボクも必死で追いかける。
視界から完全にその姿が消えても、ボクらはずっと見詰め合っていた。
直樹どころか駅の形が見えなくなっても、雄輔は扉にひっついたまま動こうとしなかった。
よほど彼は雄輔の心の奥深くにまで入り込んでいたのだろう。
いつだって人を好きなる幼馴染だがここまでの執着を見せるのは特別な関わりがあったからに違いないと、孝太郎は先ほど別れたばかりの青年を思い起こした。
朴訥とした青年だった。
純粋培養されたような穏やかな佇まいは、いっそ浮世場慣れしていて現実味に欠けている。
それが尚更雄輔をひきつけたのだろうか。
「ってか、お前、公衆の面前で白昼堂々と告白とは恐れ入ったね」
「へ?何のこと?」
「だってあんなに力いっぱい『好きだよ』って言ってたじゃないか?」
一瞬孝太郎が何を言っているか理解出来ずに眉を顰めてたりしたのだが、ようやく彼が言いたいことの真意にぶつかった途端、顔を真っ赤に染めて慌てふためいた。
「っちがっ!そっちの意味じゃねーよっ!!
確かにノクのことは大好きだけど、そーゆー意味じゃねーから!
一人の人間として大好きだって言ったんだってば!!」
怪しい。
孝太郎は思い切り疑いの目で雄輔を眺めていた。
昔から女性にもモテる奴だったが、あまりがっついて女の子に近寄ったりはしなかった。
むしろベタベタとしてくる女性はウザイ!くらいな態度だったので、いきなりそっち方面に目覚めても不思議は無い。
だいたい、ベタベタくっつかれるのイヤとか言いながら、自分は男友達にやたら引っ付いて行くじゃないか。
長い付き合いで総合的に見ると、やっぱり疑いは捨てきれない。
「コーチン!心の声が駄々漏れだよ!!
オレらは本気でそんなんじゃないから!!!」
嫌味なくらい分かりやすい孝太郎の態度に、雄輔は頭を抱える。
人間関係の上下関係をあまり意識せずに生きてきたが、この人だけには適わない。
頭が上がらないと言うか、太刀打ちできないのだ。
「雄輔があの子を気になるのは分かるけどね。お前が好みそうな空気の子だったよ。
傍にいて居心地が良かったんだろうけど、それだけじゃない想いもあるんじゃないか?」
「・・・だってさ、オレはあいつを悲しませる。
過去の自分と必死に戦っているあいつを、オレなんかに関わったばっかりにまた悲しませる。
近くで励ましてやったら良いのか、遠くで微かな存在になっていたほうが良いのか、分かんないよ」
結局雄輔が嵌るところはソコだ。
優しすぎて、密かに寂しがりやの雄輔が抱えてる一番大きな問題。
最後まで笑顔を見せて共に居るか、離れてからそっと消えるのか。
その2択の間で心を揺らしている。
ならばいっそ、第三の選択肢を与えたほうが建設的だろう。
「俺は彼がどんなふうに生きてきたか知らないけれど、
あの子が過去の自分と戦ってるって言うなら、お前は未来の自分と戦うんだな。
簡単に諦めてくれるなよ、俺の沽券にも関わる問題なんだから」
余命一年?
それはそのときの診断だ。
未来は己の力で変えていくものだと教えてくれたのは雄輔じゃないか。
「絶対にお前は死なせない。
無様と言われようがなんだろうが、俺と一緒に最後まで悪足掻きしてもらうぞ。
覚悟しておけよ、雄輔」
高飛車なくらい自信たっぷりに笑うその人に、雄輔は思いっきり抱きついた。
一緒に戦ってくれる人がいる、その心強さ。
大丈夫だ、オレは最後までしっかりとオレらしく戦える。
そんで、
絶対にノクを迎えに行くんだ。
いつでもほっこりと、まるで灯みたいに微笑んでくれたノクに会いに行くんだ。
絶対に。
続く