-----2021年春先。年中暑い中国南部。


牛肉の脂と炭の煙が混じった香りが


汗と共に肌にまとわりつく。


空は少しくすんだ青。


クラクションが鳴りっぱなしの交差点。


空気はいつも砂っぽい味がする。



中国は広東省深圳(シンセン)市の


狭いマンションの片隅で封鎖される所から


この物語は始まる。






私の名はsett(セト)。


もう中国には4年半になる。


焼肉屋を店舗展開している日系会社で勤めている。



時はゼロコロナ政策の真っ只中だ。



毎日強制的に行われる


PCR検査にはウンザリしていた。


毎日テーマパークのアトラクションレベルの行列だ。



1本の試験管に10人の検体を入れ、


陽性が出たら10人道連れ方式だ。


兎にも角にも人数が多過ぎる。



深圳市には東京都の約1.2倍程の人口が居る。


1,700万人強だ。


その人数を毎日強制PCRするんだから


そりゃそうなる。


でしょうね。と。



陰性の証明が毎日無いと


スーパーにもレストランにも入れない。


もちろん地下鉄やバスなんかも全て不可だ。


アプリで管理され、


1日サボろうもんならゾンビ扱い。


48時間という数字から72時間に変わり、


画面の色も青から黄色になる。



『お前は黄色だから近くに寄るな!


病院へ行って個人検査を受けて青にしてこい!』



といった具合に腕を鼻にあて、嫌がる。


それを1,700万人が真剣にやる。


凄い国だといつも感心する。


日本では絶対に真似出来ない


強制力と統率力。 


情報規制と情報操作。



そんなある日、


住んでいるマンションから1人陽性が出た。


殺人事件でも起こったかの様な騒ぎだ。


一帯のマンション群は瞬く間に封鎖。


仕事に行く準備をしていた私も


当然、自室に閉じ込められた。



封鎖の対応は神速なのに、


その後の対応がゴミ。


流石中国クオリティといった所か。



買い出し不可は勿論の事、


デリバリーの食糧も届かない。


届けられないのだから配達側もなす術がない。


マンション群の入り口付近の棚に、


まるでお供え物の様に食糧が大量に山積みされ、


直射日光の熱気で腐敗していく。


そんな状態の中、


部屋に1週間閉じ込められる事になる。



こんな事もあろうかと、


当然の様に準備してある1ケースの水と


ダンボール1箱の保存食を少しずつ摂取する。



私はこんな事では死なない。


想定内だ。








48時間程たった2日目に


謎のルールが追加される。



1週間の内、


3回まではデリバリーを取りに


エントランスまで出て良いといった内容だ。



このルール。何の意味があるのか。



ダメならダメで


エントランスまででも出たらダメだろう。


3回出て良いなら


エントランスまでは何回出ても良いだろう。


1週間で何食必要か分かってんのか。



と突っ込みたくなるが、


門番の守衛達も当局に言われるがままの駒だ。


ダメの一点張りで会話にはならない。


彼らも仕事だ。


悪いのは彼らではない。





『覆水盆に返らず』





私の好きな言葉だ。



起きた事を誰かや何かに当たっていては


何の解決にもならない。


なんなら時間とエネルギーの無駄である。


常に自分にベクトルを向け、


俯瞰し、


小さい判断を瞬間瞬間で間違わない様に。


よりベターな判断ができる様に、


冷静を保つ。










会社が止まり倒産したり、


封鎖に耐えきれなくなって


窓から飛び降り自殺する人や、


食糧が足りなくて発狂している様な動画が


生々しくSNSで流れてくる。


当たり散らしているのか、


何故か猫まで降ってくる始末。


日本の様なモザイク規制は一切無い。





1週間で沢山考えた。


今まで生きてきて、


こんなに自分と向き合った事は無かっただろう。



『いつまで続くんだろう』



『2週間になったらだるいな』



『2ヶ月になったら食糧持たないな』



『水は最悪沸かして飲めばいいけど、


もし水や電気が止まったらどうする?


作り置きしておこう』



『あれ?今昼だっけ?夜だっけ?』



『何曜日?数える意味ある?何曜日でもいいや』



『何の為にこんな事に耐えてるのだろう』




簡単にマイナス思考が始まる。


危ない危ない。


極限下では本当に


簡単にメンタルが折れそうになる瞬間がある。




部屋はキッチンの無いワンルームだった。


ベランダはベランダと呼べない、


洗濯機が1台ギリギリ置けるスペースだけで、


その奥には柱、柱、柱。


各階各室、


所狭しと並べられたエアコンの排熱と排水で


独特のカビ臭い匂いと熱気で息苦しさが漂う。


日本の建築デザインの素晴らしさが良く分かる。


日光なんて勿論入って来ない。


病気にならない様に、


洗濯機の先から見える少しの景色を眺め


メンタル維持。


足踏みや筋トレで、


少し汗をかく事を続けた。


当然湯船なんてのは存在しない。


よくある海外式の


シャワーとトイレが一緒になってるアレだ。


半身浴が出来ないから汗をかく方法が限られる。




自分と向き合った数日の間に、


いくつか真理に触れた気がした。



『真理』とは


判断内容が待つ客観妥当性。


いついかなる時も不変であり、


正しい物事の道筋。



とある。




自然と、


『何の為に働いているのか』


『何の為に生きているのか』


を整理していた。



一般的には


『家族の為』


『子供の為』


『幸せになる為』


『金持ちになる為』


といった所だろうか。



では


幸せとは?


金持ちとは?



当然人によって価値観は違うだろう。




ビジネス界のとある偉人が


死ぬ間際にこう言った。



『私は世界が認める成功者の1人で、


富と名声を得た。


私の様になりたいか?


と聞くと、世の経営者は皆、


なりたい。と答える。


だが、死ぬ間際になって


ようやく気付いた事がある。


死して持って行けるのは


【想い出】だけだ。


富や名声など何の役にも立たない。


大切な人をもっと大切にしなさい。


大切な人との時間をもっと大切にしなさい。』


と。




これを見て私は思った。


人じゃなくても良いんではないか。


と。



私は人間があまり好きでは無い。


むしろ嫌いだ。



『自分さえ良ければ良い。』



という生き物だからだ。


自己犠牲や利他心なんてものを持つ人間は


ほんの一握りだ。



心が清らかな人がいても、


周りが浴びせる言葉は感謝ではなく、


『あいつは偽善者だ。』


となる。


見栄を張り、強欲で、嘘を着飾る。


その嘘を隠す為にまた嘘を重ねる。


それが人間だ。




こんな事を言う偉人も居た。


『本当の貧困者は


持っている物が少ない人の事ではなく、


今ある物に感謝や満足をせず、


強欲にただひたすら求め続ける者の事だ』


と。




話を戻すと、


大切な【人】を大切にしろ。


大切な【人】との時間を大切にしろ。


の話。



この【人】


の部分を、


人間嫌いな私は


【地球(自然)】


に置き換えて考えた。


『大切な地球』


って大袈裟過ぎるな。


と思い、


『大好きな地球』


を大切にしたいなと素直に思った。



私は自然が好きだ。



山が好き。


川が好き。


海が好き。


森が好き。


動植物問わず、


そこに生きる生命が好き。





これを私の生きる意味にしようと決めたのだ。




episode1

-完-


次回

episode2

『地球の守り方』


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