長いようで短い夏休みが終わりましたニコニコ

1学期の息子の様子と就学の経緯を振り返ります。



通常級と校内の一般学童で1学期を過ごした息子でしたが、私が思っていた(というより、期待していたのかなぁ)よりも、圧倒的についていけず。



親、担任の総意で特別支援級に2学期から転籍、ということになりました。


息子の場合、特に問題になっていたのは次の点。



・ひらがなの読み書き、さんすうともに通常級についていけるレベルでない(さんすうのカラーテストはほとんど0点でした。でも、テストの時間に一生懸命、適当な数字で答えのところを埋めていました😭)


・全体指示では、きちんと伝わらない(返事はいいけど、じゃあ始め!となると「え、どうやってやればいいの!?」と大きい声を出し、近くの席の世話焼きの女の子が、「もー◯◯くん、こうだよ〜」と言いながら教えてくれる状況



・5時間目には寝てしまう



…………




こうやって書くと、よくも通常級でいけると思ったな滝汗と言われそうですね…。



これでも、保育園の6年間は、全く何も言われなかったんですよ…。

行事の時も、きちんとみんなと同じようにできていたし…(足が遅かったり、ダンスがみんなより拙いとかは年長のときはありましたが…)



また、秋頃に私の方から不安になって(ひらがなのあまりのできなさや数の数え方の拙さから)、園長先生、担任の先生に面談の機会をもらったのですが、先生の皆さん一致して、「◯◯くんは、通常級でいいと思う。今までちゃんとみんなと同じようにやってきたし、他の子と比べてすごく遅れてるとは思わない。できる子のマネをしてついていっているのに、小学校から急にみんなと違うところに入れなくていいのでは…」と言われたんですね。


私もその言葉にほっとして、また夫が彼の発達の遅れをその時点では全く受け入れていなかったこともあり、不安はありながらも、就学相談は受けなかったんです…。



保育園の先生たちは発達や特別支援教育の専門家ではないですからね…。0歳の時からまるでわが子のように可愛がってくれた先生たちだったので、身内みたいなバイアスもあったのかも。


また、息子の場合、できることをがんばる気持ちはあり、情緒は安定しているので、手厚い保育園では目立つことがなかったのかも。彼の場合、シンプルに知的な遅れの部分が大きい(と今は思う)ので、勉強的なことの少ない保育園ではそれほど困ることがなかったのもあるかもしれません。



今振り返ると、私は、就学についてちょっと間違えたのかなと思います真顔



けど、リカバリーのきく間違いだったと思ってます。



保育園でも家庭でも、


ゆっくりだけど個性の範囲、


と思われていた息子は、療育や公的支援に結びつく機会が少なかったです。



てんかんの持病で0歳から通院していましたが、通っている総合病院には発達の専門家はおらず、そこについてのアドバイスもほとんどいただけていませんでした。



唯一、年長の4月にてんかんの専門である静岡の国立病院に検査入院をした時、発達検査を受けました。

新版K式です。

結果は、DQ77でした。


そのときの静岡の心理士さんは、言葉を選んで「今のままだと来年度の通常級は難しいかも」とおっしゃいました。


医師は「一年生の間は通常級でもいいと思う。二年生になると急に勉強のレベルが上がるから、二年生から支援級というのもひとつ」とおっしゃいました。


静岡は定期的に通院できる距離ではないため、その後、受診できていません。



4月の発達検査の結果を受けて、市役所で受給者証の発行はしてもらい、民間の児童発達支援施設に通いはしましたが、信頼して相談できる機関とはつながっていませんでした。



今振り返ると、間違いも多かったのかもしれません。が、その時の私には精一杯でした。


1学期、大変だったと思いますが、息子はよくがんばってくれたと思います。


夏休みが近づく頃、お世話になっている校内の学童のスタッフからも、歯切れ悪く、「ほかに彼に合っている場所があるのでは」と言われるようになりました。ほとんど寝て過ごしているというのです。

てんかんもあるため、寝ているからといってほっておくこともできず、スタッフの手が取られている。校内の学童のため、利用児童も多い。ここは寝る場所ではない、と。



これでようやく、私は息子の現状を受け入れ始めたのかなと思います。支援級への転籍、受給者証の再発行、放課後デイサービス探しを初夏から必死で始めたのでした。