◆9月7日『西の鬼』・村田佳穂先生の命日
きょう9月7日は汎日本易学協会の元大阪支部長をされ、今東光先生をして『西の鬼』と言わしめた村田佳穂先生の命日です。
いまから31年前の昭和58年【1983年】ことです、享年80歳。
ちなみに『東の鬼』は紀藤元之介先生でした。当時、紀藤先生は関東で活躍されていました。
◆きょうは村田先生を偲んで、『易学研究』に掲載された「師に訴えて問う」シリーズのなかから、職場結婚に関する占例について書かれたエッセイを紹介いたします。いまから47年前の昭和43年に書かれたものです。
【師に訴えて問う】
思惟の飛躍と得卦の間隙
村田佳穂
私のお弟子さんに、Aさんと申上げる某大学の教授がおられるのですが、その方のお嬢さん―B子さんの“結婚に関する話”を申上げたいと思います。
私はB子さんとは面識がないのですが、Aさんから時々聞かされますので、B子さんのことはよく知っているのです。某大学を卒業されて、ある会社に就職しておられるのですが、同じ会社のC青年と一年程前から交際を続けておられるうちに、その青年が好きになって仕舞われたらしいのですが、そのことをAさんに打開けられたので、Aさんにしたら可愛い娘さんのことで「纏るものならば、間違いのないうちに纏めたい」と思われて、先ず、会社の課長さんに会って、C青年のことを聞き合わされたところが、「頗るまじめな青年で“東大出”であり、会社としては前途に望みをかけている」との事であったのですが、更らに課長さんが「都合で仲人をしてもよい」と云われたので、課長さんがそう云われる位いだからとてAさんは、C青年に惚れ込んでしまわれたと云うわけで、B子さんに「Cさんの意志を確めてごらん」と云われたら、B子さんは「恥かしくて云い出せない」と云っておられたのですが、ある時にC青年が「生涯貴方を愛します」と契われたそうで、それ以来B子さんは、てっきり“結婚出来る”ものと独りぎめして、ほかの縁談には一切耳を傾けず「私にはもう決った人がありますので」と云って、断ってしまうと云うことになったのであります。
そうゆう訳で、C青年か、或は、親御さんから正式に“求婚の話”のあることを、「今日か明日か」と首を長くして待っておられたのであります。
その頃、Aさんがこられて、
「二人の結婚の可否」に、家人の三爻を得たとて、私の判断を求められたのであります。
その頃、Aさんがこられて、
「二人の結婚の可否」に、家人の三爻を得たとて、私の判断を求められたのであります。
☴
☲
風火家人三爻
☲
風火家人三爻
顔貌のかがやきや態度から受取られた事は、御自身が「吉占」と判断しておられて、私からも、同じ言葉を期待しておられる様子でした。
私は卦を一見して、楽観を許るさぬものを感得しましたので、
私は卦を一見して、楽観を許るさぬものを感得しましたので、
「『成否の占』はお採りになりましたか」
と訊いてみました。
と訊いてみました。
「その必要はないので採っておりません」
「どうしてですか」
「CさんがB子に『生涯愛します』と契われたことは娘から聞いて知っているのですが、私も一遍逢っておきたいと思いまして、この間三人で食事をとったのですが、Cさんは、『B子さんに対する、私の愛情の真剣さを信じて頂きたい』と仰言いましてね。僅か一時間ばかりお話しをしてお別れしたのですが、まじめな方という印象を受けました。そんな訳で『成否の占』をとる必要を感じないものですから」
「家人の三爻を、どう判断されましたか」
「結婚の占に家人を得た事を神妙と思いましたが、変じて益となりますので“良縁”と思いました」
・・・私が想像した通りだったのであります。
次は私とAさんとの問答であります。
(この場合のようにお弟子さんが採られた卦を説明するときは、お弟子さんも関心が深いので、くどいほど丁寧に説明する事にしていますので、御了承願上げます)
占的は・・・二人の結婚の可否。
卦は・・・・家人の三爻。
卦は・・・・家人の三爻。
☴
☲
家人の三爻。
☲
家人の三爻。
村田・・・結婚の占に「家人」を出されたことは、仰せ通り妙味を感じます。誠に結構です。内外卦に別けて考えてみましょう。内卦をB子さん、外卦をC青年とします。
内卦の離は、B子さんが「C青年の気持如何」と明察しておられる象で、外卦の巽=倒兌は「生涯愛します」と云って話しかけるC青年であります。その「愛の私語き」にほだされて、献身的になろうとする・・・B子さんの「純情」は、☲→☳となる動きで読めるわけですが、問題は『益に変ずるか否か』にあります。若し変ずると断定出来たら、貴方の仰言るように「良縁」とも「纏る」とも云えますが、貴方はあっさり「益になる」と云われますが、どうゆうわけでしょうか。
内卦の離は、B子さんが「C青年の気持如何」と明察しておられる象で、外卦の巽=倒兌は「生涯愛します」と云って話しかけるC青年であります。その「愛の私語き」にほだされて、献身的になろうとする・・・B子さんの「純情」は、☲→☳となる動きで読めるわけですが、問題は『益に変ずるか否か』にあります。若し変ずると断定出来たら、貴方の仰言るように「良縁」とも「纏る」とも云えますが、貴方はあっさり「益になる」と云われますが、どうゆうわけでしょうか。
A・・・変卦が益になりますので。
村田・・三変筮は爻位に重点をおく訳で、この場合で申しますと、三爻を得たことに問題を解く鍵があるわけなんです。家人の三爻・・・こいつは厄介な爻でしてね。加藤大岳先生も口が酸くなるほどに云っておられるのですが、三爻は、互体(二三四爻)「坎☵の主爻」に当っていて、それからの脱却が容易でないのです。そうゆう意味からもなかなか変じません。家人は大体、寛【おおらか=寛大】に流れる事を戒めて、厳を持すべきことを告げているのです【※1】が、三爻の爻辞をどのように解釈されましたか。
A・・・爻辞は採りませんでした。
村田・・若いころ私も同じような軽卒をしでかして来ましたから、よく判ります。失礼ですが、「良縁」と判断して「有頂天」になられたようですね。その貴方に対して三爻の辞は、誠にうってつけた「頂門の一針」と云いたい位いです。
爻辞を読んで下さいませんか。
爻辞を読んで下さいませんか。
A・・・家人嗃嗃。悔ユレバ厲ウケレドモ吉。婦子嘻嘻ハ終ニ吝ナリ!・・・判りました。確かに上調子になっていました。慎重に対処することにいたします。
村田・・そうですとも、慎重を持して悪い事はないのですからね。そして、お仰せ通りに三爻を変じて“益”たらしめて下さい。それから家人は【☵を☰で包む卦】の観卦も出来るわけで、乾中に坎を蔵していますので、表面の良さに迷わされぬことは肝要と云えます。
一ヶ月程してAさんからその後の顛末を伺ったのでありますが、私が秘かに憂いていた通り、「婦子嘻嘻ハ終ニ吝」そのままに、AさんBさんの夢は、カタストロフイーを以って、幕切れとなったのであります。しかも「破局」の原因が、余りにも私の想像を絶していましたので、唖然として言葉も出なかった次第であります。
◆顛末を申上げます。
C青年は相変わらず、B子さんを食事などに誘うのですが、「一歩進んだ話」は云い出さないし、実家からは何んの「沙汰」もないので、Aさんは、課長さんに逢えば様子が判かると思って、課長さんに逢われたのであります。すると課長さんは、
「C君は結婚式の打合せのために、休暇を取って実家へ帰っている。相手はB子さんと思っていた」と云われたのでAさんは、その翌日、実家へ出かけて行かれたのであります。
ところが数日後に迫った結婚式の準備のために取込んでいて、親御さんとは碌々話も出来ず、C青年と一室で話し合われたのであります。
C青年は相変わらず、B子さんを食事などに誘うのですが、「一歩進んだ話」は云い出さないし、実家からは何んの「沙汰」もないので、Aさんは、課長さんに逢えば様子が判かると思って、課長さんに逢われたのであります。すると課長さんは、
「C君は結婚式の打合せのために、休暇を取って実家へ帰っている。相手はB子さんと思っていた」と云われたのでAさんは、その翌日、実家へ出かけて行かれたのであります。
ところが数日後に迫った結婚式の準備のために取込んでいて、親御さんとは碌々話も出来ず、C青年と一室で話し合われたのであります。
その時の対談を、Aさんは次のように話されたのであります。
・・・Cさんは別段、悪びれる様子もなく、
「×日に結婚式を挙げる事になっております」と云われるので、
B子はどうなるのでしょうか、と、問いますと、
「これ迄と別に変わりません。B子さんは申上げたように生涯愛して行きます」と云われますので、
それではB子が可愛いそうじゃありませんか、と、云ったのですが、「なぜですか」と問われますので、
貴方と結婚出来るものと思いこんでいるのです。と、云いますと、迷惑そうな顔をされまして
「B子さんを“生涯愛します”とは云いましたが、“結婚する”とは一言も云っていません」と申されまして、
「結婚と愛情とは別ですよ。今度結婚する相手の親父は××会社の社長ですが、自分は未来の社長として重要なポストにつくことになるのです。それですから、B子さん独りは勿論のこと、親御さんのご面倒もみさして頂くつもりでおります」と云われまして、嘯【うそぶ】いておられるので吃驚【ビックリ】したのです。
B子はどうなるのでしょうか、と、問いますと、
「これ迄と別に変わりません。B子さんは申上げたように生涯愛して行きます」と云われますので、
それではB子が可愛いそうじゃありませんか、と、云ったのですが、「なぜですか」と問われますので、
貴方と結婚出来るものと思いこんでいるのです。と、云いますと、迷惑そうな顔をされまして
「B子さんを“生涯愛します”とは云いましたが、“結婚する”とは一言も云っていません」と申されまして、
「結婚と愛情とは別ですよ。今度結婚する相手の親父は××会社の社長ですが、自分は未来の社長として重要なポストにつくことになるのです。それですから、B子さん独りは勿論のこと、親御さんのご面倒もみさして頂くつもりでおります」と云われまして、嘯【うそぶ】いておられるので吃驚【ビックリ】したのです。
・・・この事はまだB子には話していませんが、ショックを思うと恐ろしくて、どう云ったらよろしいやら・・・
憤怒と後悔を、こめかみに漂わせて、おろおろされたのであります。
申上げるまでもなく、この話は、Aさん達の泣寝入りで終焉を告げたのであります。
申上げるまでもなく、この話は、Aさん達の泣寝入りで終焉を告げたのであります。
◆さて貴重なページを大分食いましたので、自己省察と感想を述べて、この稿を終わることにいたします。
先ず私の「占考と指導」についてでありますが、「あれでよかった」と思います。私としては「あれ以上の指導は出来ない」と思いますが、如何でしょうか?。
先生の厳しいと批判を仰ぎたいと思います。
先生の厳しいと批判を仰ぎたいと思います。
ああゆう指導を与えたにも拘わらず、ああゆう結末になったことは、どうしてかと考えますに、Aさんが私に判断を求められた時が「既に遅かった」と思うのであります。
破談になるケースはよくあることで、別段異としませんが、この場合は、もっと深刻なものがあると思うのであります。オーバーな想像になるかも判りませんが、B子さんが「恥しくて云い出せない」と云っておられた時から、C青年が「生涯愛します」と契ったと云うまでのプロセスに、飛躍があったと思うのですその飛躍が・・・B子さんをして献身的盲目的に「私にはもう決った人がありますので」と云わしめたと思うのであります。
Aさんが私に「卦の判断」を求められた時には「婦子嘻嘻、終吝」の“種”が蒔かれて仕舞った後で、発芽寸前だったと思うのであります。
C青年は言語道断で、私をして憤慨せしめますが、私はまた、Aさんに対しても憤懣を禁じえないのでありまして、こん度の件について一番悪いのは、Aさんだと思うのであります。
破談になるケースはよくあることで、別段異としませんが、この場合は、もっと深刻なものがあると思うのであります。オーバーな想像になるかも判りませんが、B子さんが「恥しくて云い出せない」と云っておられた時から、C青年が「生涯愛します」と契ったと云うまでのプロセスに、飛躍があったと思うのですその飛躍が・・・B子さんをして献身的盲目的に「私にはもう決った人がありますので」と云わしめたと思うのであります。
Aさんが私に「卦の判断」を求められた時には「婦子嘻嘻、終吝」の“種”が蒔かれて仕舞った後で、発芽寸前だったと思うのであります。
C青年は言語道断で、私をして憤慨せしめますが、私はまた、Aさんに対しても憤懣を禁じえないのでありまして、こん度の件について一番悪いのは、Aさんだと思うのであります。
一つは、占の「生兵法」をおかされたことです。「吉占」との甘い判断で、C青年の言動を総て“都合のよいように判断された”ことであります。私に「吉占」だと、得意気に云われたように、B子さんにも云われたと思うのですが、このことが、B子さんをして(恋は盲目と云いますが)一層“めしい”【=眼が見えないこと・盲目のこと、差別用語かな】にした事で、莞爾として“虎ロ”に近づかしめたと思うのであります。
二つは、C青年が云った「生涯愛します」を、何んの疑いもなく「結婚」に、ひっつけて考えられたことと、「東大出身」に眩惑されて、それに、「モラル」をくっつけて考えられた“甘さ”・・・にかられたことであります。
ところで、何がAさんをして「愚か者」にしたかを考えますと、B子さんが満27才(数え年29才)であったと云うことで、結婚に“あせり”があったと云えます。そこに“すき”があったと思うのでありますが、その“すき”にC青年が乗じたとも云えますし、AさんBさんをして、“過誤”をおかさしめたとも考えられるのであります。
世の多くの、年頃の娘さんを持たれる親御さん達に、この占話が“前車の覆轍”の戒めともなれば、幸甚とする次第であります。
哀訴せんばかりのAさんの願いを断わりかねて、「B子さんのため」に卦を起しましたら、
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大過→夬で、自殺の恐れなしと云いきれぬ卦の兆であります。僅かに初六「籍クニ白茅ヲ用イル時ハ、咎ナシ」に、指導の糸口がありそうで、考えあぐむ私でありますが、責任の「重且つ大」を思いますと、占法家と云う仕事は・・・老境に這入った私には、恐ろしい感じがいたします。
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大過→夬で、自殺の恐れなしと云いきれぬ卦の兆であります。僅かに初六「籍クニ白茅ヲ用イル時ハ、咎ナシ」に、指導の糸口がありそうで、考えあぐむ私でありますが、責任の「重且つ大」を思いますと、占法家と云う仕事は・・・老境に這入った私には、恐ろしい感じがいたします。
先生が著述の処々で、「草庵を結んで余生を楽しみたい」と述懐されておられますが、私のような貧乏人には、出来そうもありませんが、どこかの山麓に庵を結んで、自分の易を楽しみつつ、悠々自適の余生をおくりたい・・・そういう“夢”を見ることが、多くなっている私であります。
× × ×
以上、約半世紀まえの『易学研究』S43年2月号に掲載されたものです。
この頃から「生涯愛し続ける」ことと「結婚する」ということは違っていたのですね・・・というか、何時の時代でも何処にでもこういう人種は居るものですね。そういう人種が多いか少ないかのちがいでしょうか。
いまの時代なら「生涯愛し続けるナンテ噓です!そんなこと出来ない」「騙される方がわるい」
「この青年は親御さんをも含めて生涯めんどうをみますというのだから誠実」という人がいるかも知れませんね。
・・・こういう人種のひとは、女性を妻財と覿【み=見】ているのでしょうね(笑)
「この青年は親御さんをも含めて生涯めんどうをみますというのだから誠実」という人がいるかも知れませんね。
・・・こういう人種のひとは、女性を妻財と覿【み=見】ているのでしょうね(笑)
村田先生のご冥福をお祈り致します(合掌)