ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第14番 嬰ハ短調 作品131
ブッシュ弦楽四重奏団
録音:1936年 ロンドン、アビー・ロードスタジオ
発売:ブッシュ協会(F60273) LP 独プレス
これは楽譜出版で有名なショット社が、自社の創立20年とベートーヴェン生誕200年を記念して、1970年にブッシュ協会と共同製作したLP。レーベル表記がなく非正規盤のように見えるが、独エレクトローラの製盤と思われる。第14番のみを表裏1枚に収録した贅沢なプレスのレコードである。
この録音は3種類のCDを比較しながら長く聴き込んできた演奏だった。戦前のブッシュ四重奏団のレコードは非常に音録りが鮮明だという評判を以前から耳にしていたが、各CDは復刻として粗悪ではないけれども凹凸が浅めで、昔のあらえびす、西条卓夫その他の諸氏が称賛していた音はこの程度では無いだろうと感じていた。LPを手にしたのはこの度が初めてで、今にしてようやく名曲の名盤たる所以を真に実感できた気がしている。
演奏そのものは「始めに美音ありき」というスタンスからは遠く、時に攻撃的な奏法も辞さない硬派な性格を持っている。しかし何よりも作品への、晩年のベートーヴェンへの共感が熱く、曲の根底にある静寂が雑念のない意思で表現されていて感動を呼ぶ。LPでは、加えて音色面の細やかな心づかいや、曲の威容に負けない包容力が感じられ、思っていたよりも遥かに気高い美しさに満ちた演奏であることが理解できた。
14番では他にも好きな演奏は幾つか思い浮かぶが、ベートーヴェンの魂を求めてこれほどに忘れ難い、清らかな面影を残す演奏は希少ではないかと思う。